5話・俺が、大変な事になった件
「万事、丸く収まったねえ!」
アレイゼンがニコニコ笑っている。
アレイゼンだ。正真正銘アレイゼンだった。
……何を当り前のことをと思われるだろうが、この二か月ほど、俺はとても難儀したのだ。
……可愛い。天使だ。うん、いつもどおりのアレイゼン。
女であればどれほどよかったか、とは今も思う。
でも、外見がアレイゼンではなかったのもあるが、女?になってもアレイゼンはやはりアレイゼン。男だ。歩き方とか笑い方は、どうしたって男だった。いかに可愛かろうと、だからそれ以上どうだという事はなかった。
「ロウトウェルが、僕の義弟になるのか。いやあ、感慨深いね!」
「……おい、アレイゼン、浮つきすぎだ。何を今さら。昔から、決まっていた事だろう?」
アレイゼンの母親であるおば様から、俺は小さい頃から『くれぐれも』と言われてきたのだ。アレイゼンは隣で鬼気迫る母親の顔を見ていたのだから知っているだろうが。
しかし――
「……なんだ」
アレイゼンがにたにたと俺を見ている。
「いやあ?愛を知った男の余裕には勝てないなあと」
「あっ……愛だと!?」
そうだよう、愛だよう。アレイゼンがにやにやにたにたしている。ここしばらくずっとこんな感じで揶揄ってくる。
「そ……そうだな。お前の妹が、何やらずいぶん前から俺にご執心だったそうだからな!?」
「そうそう、僕の口から言うのはルール違反だと思っていたけど、つらくて――ねえ、ロウトウェル。開き直るならちゃんと開き直りなよ。顔、真っ赤だよ?」
「真っ赤ではない!」
鏡を持ち出してくるのは却下する!アレイゼンの鈴でも鳴らすような軽やかな笑い声が、やけに耳障りだった。
……どうしてこんな事になった?ゼレミレアのせいだ。
別に、何がどうであろうと、ゼレミレアとは婚約するつもりだった。
アレイゼンを義兄と呼ぶ事になるのは複雑だが、親戚づきあいをするのにアレイゼンの一家は何も問題はなく、うちの家からすれば利の方が大きい。
だから、生意気で腹立たしいゼレミレアを妻にしなければならないという、ほぼ唯一にして最大の負の材料も我慢できると思っていた。
なのに。
あの女が俺を『好き』だなんて事が判明してから、おかしくなった。
どうすればいいのか、どうしてやればいいのか、よくわからない。
あの神経質そうな顔、人を小馬鹿にした態度。――そのキツイ性格自体は生来のものらしく、以降もそう変わりはない。
「ゼレミレアに、挨拶するでしょ?」
「……おば様方に挨拶するだけでいいだろう」
「なんでー?せっかくうちに来たのに?ゼレミレア、ロウトウェルの顔を見たいと思うけど?」
「あの女が、そんなしおらしいものか」
……会いたくない。本当に、会いたくないんだ。
けれど、アレイゼンの屋敷に遊びに行き、ゼレミレアと挨拶をかわすその時に。
――俺は勝手に、意味を読み取ろうとしている。
『今、俺を見たのか?何故?』『もしかして笑ったか?何故?』『どういうつもりで、俺に語り掛けてくる?何故?』
勝手にこじつける理由は――『俺が好きだからか?』だ。
……馬鹿馬鹿しい。
何より――
今までゼレミレアの事は、『アレイゼンの妹なんだから顔は綺麗に決まっている。そこは褒めてもいいところだ』と偉そうに評価をしていた。
ゼレミレアは、別に何か変わったわけでもない。数か月や数週間で何が変わるというのか。髪の編み込みや着ているドレスが変わるぐらいのわるぐらいの変化しかないはずなのだ。
なのに――ああ、なのに!
「でもさ、自分から会いに行った方がいいと思うよ?だって――」
そこで、アレイゼンのばあやが室内に入ってきた。来訪者を告げている。外部からの来訪者ではない。俺はそのやり取りが耳に入って、びくりと体を震わせた。
アレイゼンに『追い出せ』と口だけで合図する。
しかし、この部屋の主は意地悪く笑った。コイツ、面白がっている。なんて親友がいのない奴だ。
「入ってもらっていいよ。……遠慮なんてしなくていいのに。どうぞー、ミィー?」
ああ、やはり。昔から、屋敷に来れば、必ずこうなった。難癖をつけに、俺達が遊ぶ邪魔ばかりしに来ていたと思っていた、あの女が。
「お、お邪魔かしら……?」
――ゼレミレアが。
「挨拶も無しに、おかえりになるつもりでしたの?失礼ではないかしら?」
なんて腹立たしい。俺はアレイゼンと遊ぶために屋敷に来ただけだ。妹のお前なんか知るものか。以前はそう本気で思っていたのに。
今ではその憎まれ口すら――可愛いと、思ってしまう。
「……先ぶれも無しに御令嬢の元に訪れるのは、かえって無礼と気を遣ったつもりなのだが」
「それ、ミィの顔を見て言いなよ。ロウトウェル」
うるさい。黙れ、アレイゼン。
「……今さらではありませんか」
以前なら、ここでゼレミレアが俺を鼻で笑っていたように見えていたが――眉間に皺はよせている。でもそれは、拗ねているだけだ。『せっかく来てくれたのに、どうして』と。『やはりお兄様ばかりかまわれるのか』と。
それをどうしてもっと早くに気づけなかったのか。そこの歯がゆさはあるが――
なにより、ゼレミレアから好きと思われているのが判明した。そのとたんこんなに都合よく評価を反転させる俺自身が許せない。
なんだ?俺はコイツを嫌っていたんだろうが。なんでこんな、そんな――
生意気なのは変わりない。言い方が悪いのも変わりない。
俺の心づもりが変わっただけ。
それだけで、この女が可愛いと思ってしまう自分が情けない。こんなに動揺する自分が、不甲斐ない。
愛の恋のなんて馬鹿らしいと思っていたのに。それが我が事になったとたん、この様だなんて。
「ミィ。今度は先ぶれを出すらしいし、そんなにあらたまった事をするなら、いい手土産も持ってきてくれるかもよ?おねだりしときなよ」
アレイゼンが俺にもたれかかりながら、ゼレミレアに適当な事を言っている。調子に乗っているな?あとで見ていろ、アレイゼンめ。
「私の求めるようなものを、ロウトウェル様が準備できるとは思えません」
……中流貴族風情では手に入るものではない、って事か?同じ中流貴族同士で何を偉そうに。まあ、魔術に関わるおかしなものをありがたがる気は知れない。価値などないからお前が欲しがるものなど手元にはない。
……よしよし、この感じだ。昔の感じが戻ってきた。ゼレミレアに可愛さも可愛げも――
「何もなくとも――ただ、ロウトウェル様がいらっしゃるだけで、私は別に良いのです」
「――!?」
「ロウトウェル!?」
「ロウトウェル様!?」
アレイゼン以上に、仔猫以上に、可愛らしい存在なんてあってはいけない!俺の許容量を超えてしまう!しかもそれが、よりにもよって、ゼレミレアであるだなんて――屈辱以外の何ものでもない。
ゼレミレアの顔が、見れない。
アレイゼンの顔や仔猫なら、いくらでも見ていられるし、頬擦りだってしたっていいぐらいなのに。
……可愛すぎて、直視できないなんて。
「お、お兄様?いったいどうなされたのですか、ロウトウェル様は!」
かがみこんだ俺の頭上で、動揺するゼレミレアと、笑いをこらえきれないアレイゼンの気配が感じ取れた。
「んー……まあ、色々あるんだよ。ロウトウェルはお子ちゃまだから」
「……アレイゼン、あとで一発ぶん殴る。」
「怖い事言わないでよ」
「それもこれも、ゼレミレアのせいだ……」
「私の!?」
「酷い事言うなあ。……ミィのせい?だったらさ、ロウトウェル。ミィとの婚約、取りやめる?」
「お兄ちゃま、何を――」
「それは嫌だ!」
ああしまった。ゼレミレアに言わせるべきだった。
そう思った時には遅かった。
何もかも不甲斐ない、情けない。けど――
悔しいが、ゼレミレアが可愛く見えてしまうのは、もう認めるしかないようだ。
本編はこちらで以上ですが、あと一話、オマケのお話があります。その後の三人のお話ですので、よろしければ、そこまでどうぞ!
※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!
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