4話・俺達が、とんでもない勘違いをしている件
涙目で、ちょっと拗ねたように唇を尖らせている『アレイゼン』。喧嘩をした時にアレイゼンがよく見せる顔だった。……でも、これ、中身はゼレミレア、なんだよな?
心配そうな表情で、自室のベッドに座らせている『ゼレミレア』は、心配しつつもどことなく頼りがいのある顔や振る舞いをしている。だから、中身がアレイゼンであるのは見て取れる。
アレイゼンが分裂しているわけはない。なので、この、泣き虫拗ね顔の『アレイゼン』はゼレミレアでやはり間違いはないはず。
だが――
訳がわからない。
「……嫌がらせ、ではなかったのか?」
「……わかりません」
眉間に皺を寄せながら『アレイゼン』――ゼレミレアが口を開いた。
「当主の座については――」
「それは、違います。それならわざわざお兄様と入れ替わったりはしません」
俺はあらためてそれらを確認する。
……まあ、そうか。
考えてみれば、ゼレミレアの気質なら、そのまま女当主として君臨するだろうし『もっと早く手を打っている』だろう。……俺の親友が五体満足で生きている事は、奇跡かもしれない。
なお、五体は満足だが、現在このとおり、中身は入れ替わっている。
「ではどうして――」
それをゼレミレアにたずねようとしたところで、アレイゼンがそわそわし始めた。
「ぼ、僕は席を外した方がいいかなー?」
「何故だ。お前は当事者だろうが」
「と、当事者といえなくはないけど」
いえなくはない、で済むか。
お前は妹の体で一生を過ごす気か。俺は勘弁だぞ。今で十分問題なのに、以降も――となると、なおさら問題が出てくる。
しかし、アレイゼンはちらちらとゼレミレアの方を見ている。
「……お兄ちゃまがいないほうが、いいだろう?」
「もちろんです」
口を尖らせたまま、ゼレミレアが返事する。何故、アレイゼンはほっとした顔をするのか。何故ここで逃げようとする?逃がさんぞ。――しかし、俺が動く前に、ゼレミレアが『ゼレミレア』のドレスの端をつまんで、アレイゼンの退室を止めた。
「ですが――お待ちください、お兄様。ロウトウェルと二人だけで、話ができるとも思いません」
「なんだと?」
俺が口を挟むが、ゼレミレアは俺を見ず、兄のアレイゼンを見上げていた。
「ですので、一緒にいてください。お……お兄ちゃま」
「……わかった」
……二人の、こんな兄妹らしい様子を見るのは、小さい頃以来だ。俺が知らないだけなのだろうか。まあ、見た目は逆なので、ややこしいが。
「魔術の成果を試したかったのもありますが――」
「ミィ。その話はややこしくなる。そこはいいから、ロウトウェルに、ちゃんと話しなさい」
……聞き捨てならない切り出し方をされたが、そこは本題ではないらしい。信じよう。
「ロウトウェル。貴方は――私を『押しつけられる』のでしょう?」
「――!」
俺は、アレイゼンを見た。
話したのか。
アレイゼンはわずかに首を振った。そこの真偽はどうでもいいだろう。ゼレミレアがその事実をすでに理解している事で、もう十分かもしれない。
「……おいおい、正式に婚約の話は出るはずだ。日を待って『俺がゼレミレアに婚約を申し入れる』事に」
ゼレミレアの奇行は、貴族間ではそこそこ有名だった。
奇行といっても色々あるが、『意に染まず自身で勝手に行動を起こす』――それだけでも『貴族の令嬢にはふさわしくない異常行動』とされてしまう。『魔術に傾倒』も、十分奇行ではあるが。
それでも、貴族の令嬢――いずれは貴族の妻、貴族の母となる存在には、そちらの方が『都合が悪い』のだ。
だから、中流貴族で特に派閥で面倒な事になっていないアレイゼンの家であるが、婚約云々の話に関しては思わしくはなかった。ゼレミレアがいる事で、アレイゼンも、本人に問題点はなく容姿面においてはかなりの利点があり、通常なら幼いうちに貴族の婚姻相手なんて決まっているはずなのに、上手く話が進んでいない。
……なので。俺は幼いうちから、アレイゼンの両親に言い含められていたのだ。『どうかゼレミレアと一緒になってほしい』と。もともとおば様から気に入られていたというのもあるが。
「俺は、アレイゼンとは幼馴染で親友だ。親友の娘と婚姻関係を持つ。……貴族ならさほどおかしな事ではないだろう」
ゼレミレアのプライドを折らないように気をつける。……正直言えば『押しつけられた』以外にない。
だが、誰であれ、ある程度の損得や、逃れられない人間関係で婚姻関係を持つものだ。貴族とは、そういうものだと思う。
「ま、まあ、そんな言い方しなくても!ロウトウェルってば、照れ屋だなあ!?」
「……照れ屋?」
口を挟んできたアレイゼンに、俺がムッとした顔で言い返す。それではまるで、俺が場を取り繕っているみたいだ。ゼレミレアに素直になれない、みたいに。
アレイゼンの家と繋がりを持つのは、俺の家にとっても利益がある。だから婚姻の話は内々とはいえ既定路線で承諾している。理由があるからだ。ゼレミレアに好意があると思われるのは我慢しがたい。
「惚れた腫れでくっつくなんて、平民でもあるまいし。そんなのは、寝物語の話だ」
寝ぼけた事を。
俺はそう思ったのだが、アレイゼンはゼレミレアのドレス姿で『あっちゃあ……』という顔をしている。ゼレミレアに至っては泣き出した。
「は!?どうしてだ!?」
アレイゼンの泣き顔なんて見飽きているが――中身はゼレミレアだ。そのゼレミレアが泣くというのがわからない。こいつは小さな頃から、転んでも眉を吊り上げるだけの女なんだぞ?
「な、なんで泣くんだ!?」
「嫌です!そんなあなたとは、絶対一緒になりたくありません!」
「こ――こっちだって、おば様から頼まれさえしなければ――!」
「ロウトウェル!――ミィも!」
アレイゼンに言われて、俺とゼレミレアはびくりと体を震わせた。
アレイゼンは、ベッドに腰かけ涙を零すゼレミレアの前に立つと、膝を折ってゼレミレアの固く握られた手を取った。
「違うよね?ミィ。お前は賢い子だから、ちゃんと話せるね?」
今のアレイゼンはゼレミレアの姿で、如何にも愛され令嬢といった容貌だが――そのまとうオーラは、完全にアレイゼンであり――普段のアレイゼンでもそうそう見せない、しっかりした『兄』の姿だった。
「はい……話します」
ゼレミレアも、素直に頷く。むしろ、こちらの方が俺には衝撃だった。コイツ、兄の言う事を素直に聞く事出来るのか。
ともかく、アレイゼンはいつもの柔らかい表情になる。そしてゼレミレアの前から立ち上がり、俺達から少し距離を置く位置に立った。
「……僕からロウトウェルに説明せずすむみたいで、よかったよ」
さあさあ、どうぞどうぞと手で合図をしてくる。
俺は何やらわからぬままに、再度ゼレミレアと相対する。たとえゼレミレアでも――むしろ、泣かないはずのゼレミレアに泣かれてしまうと、調子も狂う。まして姿はアレイゼン。アレイゼンの泣き顔には弱い。
「……そんなあなたとは、絶対一緒になりたくありません」
……結局それか?
俺は、仕方なしにしなければならなかった婚約の申し込みをする前に、お断りをされたのか?ああそうか。癪ではあるが、こちらとしては願ったり叶ったり――
「私の事を愛して下さらない方と、これから先、一緒に暮らす事になるのは――つらいです」
「……ん?」
なんだ……それは。
ちょっとその……よくわからない。それではまるで――
「俺に愛されたい。そう言っているように聞こえる……が?」
口に出しながら、俺は困惑した。
そういう事のように聞こえる、思える。
まさかそんな。ゼレミレアが。
平民でもあるまいに。好きの嫌いのなんて。――いや、ゼレミレアは貴族の令嬢らしくない娘だった。ならば?
で、でも、ゼレミレアだぞ?恋の愛のなどと――
そう思うが、目の前の『アレイゼン』――ゼレミレアの頬は、赤く染まっている。この二か月でかなり慣れてきた、挑発的な『アレイゼン』の腹立つ顔は一切なかった。
「……」
「な、何か言え。ゼレミレア。お前、いつでも俺達に余計な事しか言ってこないくせに――」
俺達に。
そうか?
いや、俺達に、ではあった。俺とアレイゼンが一緒にいると、ゼレミレアは小さい頃いつも割って入ろうとしてきた。『本が読める』と自慢してきたり、剣劇遊びであろうと『私もできる』と言い張って。年を重ねれば俺とアレイゼンが二人でいるだけで『まあ仲のよろしい事』と皮肉ばかり――
「……あれ?」
俺とアレイゼンに、ではあるが――俺のいない時は、どうなのだろうか。アレイゼンはゼレミレアにそれなりに手を焼いているようではあったが、妹を可愛がっているのは確かで、兄妹仲は、それほど深刻ではないようだった。
俺に、この女はあたりが強かった。昔から、今に至るまで。
……『俺に』だけ。
『俺達に』、ではない……のか?もしや、アレイゼンは、俺に巻き込まれていただけ?
「俺の事、嫌いなんじゃなくて――」
「私は――ロウトウェル、貴方を嫌いといった事は、一度だってありません」
「……!?」
俺は、アレイゼンを振り返った。
アレイゼンは、居心地悪げに少しそっぽを向いていた。これらを聞くのは『マナー違反である』とでもいうように。
「……ゼレミレア、お前……お前は――!」
……わかりにくすぎる!
いや、俺が悪いのか!?でも仕方ないだろう。幼い頃からずっとだぞ、ずっと!それに、一度は殺されかけた事だって――
……待て。
「昔、食べさせられた、あの変な色の焼き菓子だが……」
「それは……も、申し訳なかったと思っています。謝ったではないですか。……貴方からの許しは、いまだ、得ておりませんが」
毒菓子。
あれはまさか……
「薬草を、たくさん入れたのです。体にいい薬草を。……こ、恋のおまじないを、少しして」
……毒が検出されないわけだ!
「待て。整理をしたい」
俺一人が混乱しているだけのような気がする。アレイゼンは知っていたのか。だったら何故そのあたりを俺に説明してこなかった?――まあ、嫌か?妹の恋愛話なんて。今回ばかりは見るに見かねて助け舟を出したようだが。
しかし――
「……ロウトウェル――ロウトウェル、様」
『アレイゼン』が俺を潤んだ瞳で見上げている。
その姿はアレイゼンのものなのだから、可愛くて当たり前だ。俺はずっとそう思っていた。
けれど、しかし――今日目の前にいる『アレイゼン』は、今までのアレイゼンよりも、ずっと可愛く見えた。何が違うか。
『アレイゼン』ではあるが、アレイゼンではないからだ。
この中身はゼレミレアで。
ゼレミレアである分だけ、俺は可愛いと感じている、だと――!?
「ロウトウェル様は、お兄ちゃま――お兄様と、幼い頃からずっと仲良くしておいででした。お兄様が女であればよかったのにと笑顔を向けていらっしゃるのも見ております。ですから……私がロウトウェル様にできる事といえば、このぐらいしかないと……」
「このぐらいしかない!?」
女のアレイゼンを準備して、俺に何を期待しているんだ、この女は!
「……時間をかければ、お兄様をお兄様のまま、女性にする事も出来たかもしれません。しかし、婚約申し入れの日取りまでにその魔術が完成するかもわかりませんでしたし――『ロウトウェル様に心底から愛されている私の姿』を目にできるならと。私の我儘でした……」
我儘はそこだけではないと思う。
ゼレミレア。お前は、巻き添えにされる俺や兄のアレイゼン、その他諸々の人生を何だと思っているんだ。そもそも、どうして俺がアレイゼンとわかっている人間を心底から愛すなどと。俺は、この女からどんな風に見えていたんだ。
――そこまで考えて、俺も、思った。
俺は、今までゼレミレアをどんな風に見てきたのかと。
ゼレミレアはわかりにくいし不器用だし思い込みが激しい。でも――
俺もそう、なのか?
ゼレミレアの気持ちをわかってやろうと、もう少し考えられていれば――ここまでおかしな事にはならなかったのか?
「ゼレミレア……」
「ロウトウェル様……」
「――とりあえず。言いたい事はわかった。お互いに大きな誤解を抱えている事もわかった。だから――アレイゼンを戻してやってくれ。つまり、お前もだ」
咎めるような目。結局はアレイゼンなのかと。そうではない。
「……俺は、『親友相手』に、愛を囁く気も無ければ、婚約を申し込む気もない」
それはもちろん中身がアレイゼンである『ゼレミレア』に対してもだが――
いくら中身がゼレミレアでも、今、目の前にいるゼレミレアの外見は『アレイゼン』なのだ。本人の主観ではその自覚は薄いのかもしれないが。
俺は、少し緊張して『アレイゼン』の手を取った。
何でこんな事に。
まあ、婚約申し入れの予行練習と考えよう。乗り気でないままに考えたとしても、もっといい口説き文句があるのではと考えていたんだ。ここで使い捨ててしまえ。
「――ゼレミレア。『君の姿』をした、『君自身』と語り合い、良い道を歩みたいと考えている」
だから。とりあえず。
……そのおかしな魔術をさっさと解いてくれ。
――二か月余りにも及ぶ周囲の説得が、まったくの見当違いで無駄だったとは、おば様達も思わなかっただろう。
※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!
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