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俺と、親友と、その妹がとんでもない!  作者: 神空うたう


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3話・親友の妹が、人生を謳歌している件



 俺の親友、アレイゼンが妹のゼレミレアの使った魔術?で中身が入れ替わってもう二か月になる。


 魔術を使ったのはゼレミレア。

 聞いた事もない魔術だ。なにより家中の恥を外部の魔術師等に知らせるわけにもいかない。現場にいた俺はともかくとして。

 ――解決方法は変わらずゼレミレアに口を割らせるしかない。が、周囲の説得をことごとく無視。



 それどころか、『アレイゼン』として人生を謳歌し始めている。



 貴族の男達が通わされる学校で、アレイゼンの話題は事欠かなくなった。


「――聞いたか?アレイゼンの奴、歴史家の先生と国史で論激してたって」

「――アレイゼンが剣術試合で二位になったってのは聞いたけど、今度はそれか?どうしたんだ、彼は」


 また、ゼレミレアは『アレイゼン伝説』を増やしているているようだ。貴族の子息間の噂話に、俺はため息をついた。

 ……目立ちすぎだ。何考えているんだ、ゼレミレアは。アレイゼンが完璧人間みたいになりつつある。……それだけの能力を有していたのか、アイツは。

 『可愛いだけのお嬢様』が似合わない奴とは思っていたが。それにしても、極端すぎる。


 周囲は『アレイゼン』の事を、能ある鷹が爪を隠していた!――と、勘違いしている。アレイゼンの何を見て来たんだ。そんな事、あるわけないだろうに。……まあ、兄と妹が入れ替わっているなど普通は考えないか。




「おい、どうする。アレイゼン。元に戻ったら戻ったで、お前、苦労するぞ」


 近況報告も兼ねて、俺は今日もアレイゼン達の屋敷に来た。近況報告というか『アレイゼン無双』についてだ。


「ロウトウェル……僕はね?元に戻れるなら、苦労だって覚悟するさ……」


 『ゼレミレア』が物憂げな顔で俺を見た。――中身は、俺の親友、アレイゼンだ。

 こうして眉をひそめていると、元のゼレミレアっぽくて、少し安心する。


 しかし、その手元には刺繡途中のハンカチらしきものがある。部屋自体はアレイゼンの部屋だが、少しずつ上手くなってきている刺繍などが増えている。最近は服まで作り始めようとしているようだった。誰の部屋だか、わかったものじゃない。ゼレミレアの部屋も、こうではない。でも、『貴族令嬢の部屋』に塗り替わりつつあった。


「……アレイゼン、別にお前、そういう暇潰し、していた事なかったよな?」


 刺繍や裁縫が趣味だという記憶はない。


「だって外に出られないし。兄として、ゼレミレアの為になる事でもしてあげようかなと思うと、こういう事しか……」


 まあ、ゼレミレアはそういう慎ましやかな事をしている印象はない。

 いつも難しい本を抱え、かと思えば、髪を束ねて体を鍛えていた。それで何をするかといえば、俺達を馬鹿にしてくるのだが。ゼレミレアがいまだ手をつけていない事といえば、こういう『貴族の淑女に求められる』こまごまとしたものばかりだ。


「……それならよかった。アレイゼン、お前までゼレミレアとして生きていくつもりかと思った」


 親友を失いたくはない。


「ミィだって、ひととおり僕の生活を楽しんだら、『元に戻りましょうか、お兄ちゃま』って言い出すはずだよ。きっと」

「……そうか?」


 もう二か月だぞ?

 十分楽しめていると思うが?飽きが来る頃だろう。……戻るつもりがあるならば。


「こ、怖い事言わないでよ、ロウトウェル」

「……ゼレミレアの奴、本気で、アレイゼンと入れ替わるつもりかもしれないぞ?」

「大丈夫だよ。……き、きっと」


 アレイゼンの目が泳いでいる。


 事態は深刻だ。アレイゼン達の両親やばあやによるゼレミレアへの説教や説得も、当初ほどの焦燥感や必死さが失せている感じがある。

 まあそうだ。

 『貴族の娘』としては奇矯な行動の多かったゼレミレア。しかし、中身がアレイゼンになった事により、『ゼレミレア』は、穏やかで愛らしい少女となった。アレイゼンは、妹を思ってこうして貴族の子女らしい事までやり始めている。

 対して、人の良さと愛らしさは抜群だが、それ以外は――言ってはなんだが凡庸だったアレイゼン。しかし、中身がゼレミレアになった事により、『アレイゼン』は、文武両道、利発な青年となった。悪目立ちもしているが、その才気あふれる様子は、俺達中流貴族だけでなく上流貴族の耳にまで入っているという。

 つまり――



 『理想的な状態』……なんだよなあ。



 アレイゼンとゼレミレア。二人が逆だったらよかったのに――などとの冗談は昔からあったが、それがいざ現実になると……なかなかに残酷だ。


「まさか……ロウトウェルが、元に戻ってほしくない、なんて思ってるんじゃないよね?」

「そんなわけないだろ!?」


 ――反射的に答えてしまうのが、なんだか嫌だった。俺らしくもない。まるで図星を指摘されたからみたいだ。

 疑念の目を向けているアレイゼン。

 ゼレミレアの、『それ以上口を開けば呪い殺す!』みたいな殺気はないにしても、堪える。


「……あのさ、ロウトウェル。本当に、違うんだよね?」

「あ……当たり前だろ」

「そう?だったらいいよ」


 納得してもらえてよかった。


「だとしたらそれはそれで……ロウトウェルの目がさ……なんか時々……気持ち悪い時がある。ミィがこんな目で見られていたのかと思うと、ミィがロウトウェルに怒る気持ちもわかるっていうか……」

「俺は、ゼレミレアをそんな目で見た事はない!」


 ――いや、待て。その言い方だと、俺は『中身のアレイゼンに対して』よからぬ思いで視線を向けている事にならないか?

 だけど、アレイゼンが危惧しているようなやましい目をゼレミレアに向けている――そう思われる方が我慢ならない。俺は別に、あんな女――




「あらあら。口喧嘩ですの?仲のよろしい事で」


 男の声。アレイゼンの声だ。つまり――


「ゼレミレア!」

「ミィ!」


 俺と、アレイゼン――声はゼレミレアだが――ともかく俺達は、部屋の入り口を見た。

 天使の面影は残っているが、怜悧で刃物のように澄んだ空気を纏わせた『アレイゼン』姿のゼレミレアがいた。

 俺達を見て、鼻で笑っている。


「……元々俺とアレイゼンの仲はいいが、癇に障る言い方だな?ゼレミレア。アレイゼンを元に戻せ。もう十分だろう」

「元に戻せ?貴方には今の状態の方がいいのでは?」


 アレイゼンの顔で見下されると、腹が立つな?ゼレミレアでも腹は立っていたが。

 兄妹であろうと、アレイゼンはアレイゼン、ゼレミレアはゼレミレア。別個の人間だ。他人の顔でそういう表情をするな。


「いい訳ないだろう、ミィ。お兄ちゃまを元に戻しなさい」


 アレイゼンも加勢してくる。しかし、ゼレミレア姿で凄んでも、ただただ可愛いだけだった。……元のアレイゼン姿でも、迫力はないと思う。


「そんなに当主になりたかったのか?けどな、ゼレミレア。お前は優秀かもしれないが、それだけでなれるものでもないんだぞ」


 文武に長けていて問題になる事はない。

 ただ、人や立場によって求められるものは違う。俺達中流貴族は、目立ちすぎてはいけない。もちろん野心を持っていずれは上流貴族へ――なんてのもあるかもしれない。ゼレミレアはそのつもりなのだろう。きっと。

 けれど、アレイゼンはアレイゼンで、役割がある。ふんわりほわほわなこいつは、貴族間の緩衝材だ。油断を誘うのか、うっかり気を許してぽろっと零す者が多いらしく、意外と情報通でもある。

 俺達ぐらいの中流貴族は、そういった情報をどれだけ持っているかで、つく派閥、見切りをつける派閥を察知し、立ち回らなければならない。


 ゼレミレアは、優秀ではあるが、基本的に人へのあたりが強い。まして、今の超人みたいなアレイゼン無双。今、アレイゼンは『孤高の天才』になりつつある。


 それでは、いざという時の立ち回りが非常に難しくなる。ゼレミレアは賢いようだが、万能ではない。わずかな判断材料でそれを判断できるなどと、奢っているのだろうか。



「……当主?」



 『アレイゼン』が眉を吊り上げた。こういう顔をすると、中のゼレミレアが透けて見えてくる。……ほっとしてしまうのが、忌々しい。


「そんなもののために、お兄様と入れ替わったとでも?」

「違うのか?」

「ほら!ミィはそんな子じゃないんだよ!違うってさ!ほらー!ほらあー!」


 どっちの味方をする気だ、アレイゼン。


「当主になるなら、そんな手を使わずとも、いくらでも方法はあります」

「ほ――わああ……」


 ぴょこぴょこ跳ねて喜んでいたアレイゼンが、その手を下ろしてしおしおと大人しくなった。……可愛いな。ゼレミレアをへこませる事が叶えば、ああいう感じになるのか。


「当主の話についてはそっちの家の問題だが――」

「そこまで興味はありません。お兄様が目も当てられない愚物となるなら、私が代わって立ちますが。お兄様は、そこまで愚かではありませんし」


 だってよ、アレイゼン。よかった……か?

 しかし――


「なら、何だってこんな事を。嫌がらせか?それとも、自分ができるってところを、見せびらかしたかったのか?つくづく嫌な女だ」


 俺の言葉に、くわっとゼレミレアが目を見開いた。思わず一歩、後ずさる。



「望むとおりにしただけなのに……」



 ゼレミレアが、絞り出すように声を出す。


「誰も彼も、私達が逆であればと言っていたではありませんか。望むとおりにしてあげたのに、何が不満ですか」

「それは……」


 本人の知らぬところだけでなく、俺も、冗談で当人の目の前で言った事はある。アレイゼン達の両親の様子を見ても、正直、その本音めいたものは感じ取れる。

 年頃なりに、俺でも色々自己について考える事はある。

 まして、昔から人より利口だったゼレミレアは、ずっとそんな『言葉にされたもの』『言葉にされなかったもの』を感じ取っていたのか。

 ……いや。だからってこれは、極端すぎでは?その才能を、こんな形で発揮せずとも――




「ああ、そうですか。貴方は金髪でふわふわの髪のお兄様が良かったんですものね!?」


 ――は!?


「……『お兄様を、そのまま女性にしろ』と、そういう事なのですね!?」


 どういう事!?


「そうですよね、いくら中身がお兄様でも、私は、嫌なんですよね!?」


 いやいやいや――


「待て待て、ゼレミレア、お前いったい何を言って――」

「貴方が望むとおりの、女のお兄様を魔術で準備するほどの力は、私には――」

「ロウトウェル、僕にそんな事を望んでたの!?」

「望んでない、望んでないぞ!?」



 何を言い出すんだ、この女――!?



※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!

  毎日一話ずつ更新中。


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