第15章:今、静かな場所で生きていく
一週間ほどで、妻と子どもは退院した。
当時住んでいた家は日当たりが悪く、床にはうっすらとカビが広がっていた。
生まれたばかりの子どもをそのまま置いておくのは心配だった。
不便ではあったが、実家へ戻ることにした。
実家は古く、傾き、今にも倒れそうな家だった。
けれど南西向きで、陽当たりだけはよかった。
日が差し込むだけで、少し救われる気がした。
引っ越し業者などいない。
荷物を少しずつ運び、再びあの家での生活が始まった。
整っているのは、初盆のために直した一部屋だけだった。
風呂も、台所も、手を入れなければ使えない。
生活費を切り詰め、毎月買えるだけの地板を仕入れた。
一枚ずつカンナをかけ、
傾いた柱に合わせながら、妻と二人で壁を張っていった。
子どもは布団に寝かせ、その横で作業をした。
ある夜、子どもの泣き声で目が覚めた。
灯りをつけると、薄い髪の頭に小さな金色の蟻が無数に集まっていた。
ミルクの甘い匂いに引き寄せられたのだろう。
殺虫剤は使えない。
手で払い、布で拭き、何度も確かめた。
あのときの焦りは今でも忘れられない。
数年ぶりの集落の空気は、父がいた頃とは違っていた。
親戚も従兄弟も、どこかよそよそしい。
体の中に異物でも入ってきた様な接し方をされた。
従兄弟は、法事に来てくれなかった。
集落の人と道端で話すと、父の悪口ばかり聞かされた。
酒の席で、お前の親父を殺したかったとも言われた。
五十戸ほどの小さな集落で、ほとんどが親戚同士だ。
噂はすぐ広がる。
私たちは、よそ者扱いだった。
私は自営業で長く生きてきた。
気が短く、人付き合いも苦手な性格。
濃い人間関係の中で、うまく立ち回ることができなかった。
妻はバスで町へ出て、アルバイトをしていた。
往復の時間も長く、体力的にも楽ではなかった。
二年近くかけて内壁を張り続けた頃、
集落の集まりで小学校の閉校を知った。
家の前に小学校がある。
それが実家に戻った理由の一つだった。
来年度から、四十分かかる学校へ統合されるという。
その場で反対はしたが、決まったことは変わらなかった。
集落に小学校がある事も実家に戻った一つの理由だった。
車がなければ保育園にも通えない。
いくつもの現実が重なり、実家を捨てる決断をした。
生活保護には家賃の上限がある。
その範囲で探すしかない。
田舎は賃貸が少なく、家賃が高い。
妻の勤め先の経営者がアパートを持っていた。
上限内で貸してもらった。
集落から離れたとき、正直ほっとした。
そこは不便な所で、子供を保育園に行かせる事が出来ない。
市営住宅は抽選だった。
何度も申し込み、四回目でようやく当たった。
保育園は市営住宅の近くにあった。
二歳半で保育園に入る事が出来た。
子どもは相変わらず、高熱を繰り返した。
嘔吐し、脱水で救急車に乗ることも何度もあった。
病院に着くと、すぐ点滴をし数日間の入院になる。
妻は度々の付き添いで、アルバイトを辞めるしかなかった。
大晦日に入院し、私一人で正月を迎えた年もある。
保育園生活にやっと馴れた頃
発達が半年ほど遅れていると告げられた。
一歳の頃、あまりハイハイをしなかったことを思い出した。
その時、何も気にしていなかった自分を少し責めた。
座ったまま移動し、急につかまり立ちをした。
そのまま歩き出した。
毎日かなりの距離を歩いていた。
週に一度、リハビリに通った。
目に見える大きな変化はなかったが、
子どもは少しずつ言葉を覚え、笑うようになった。
やがて年長になった。
市営住宅に入ってから、実家には一度も戻っていない。
交通の都合で日帰りできない。
電気も水も止めたままで実家に泊まる事も出来ない。
あの家は、時間が止まったまま残っている。
私は外に出ることが減った。
月に一度の通院以外、家にいる日が続いた。
気持ちが沈む日を過ごしていた。
ケースワーカーに相談すると、
福岡に戻ることを勧められた。
父の七回忌も終わっていた。
実家に行く事も出来ない
対馬にいる意味を何度も考えた。
子どもが小学校に上がる前。
その時期に合わせ、福岡へ戻る決断をした。
福岡に戻って九年になる。
子どもは元気に学校に通い、
勉強は苦戦しているが、毎日机に向かっている。
健康でいることが何よりだと思うようになった。
私は糖尿病になって二十八年。
合併症も抱えている。
それでも、三人で暮らしている。
福岡の片隅で、
今、穏やかな日々を過ごしている。
実家はそのままだ。
一度も戻っていない。
頭から消えることもない。
今はただ、目の前の時間を重ねている。
後書き
最後まで読んでくださった方がいると信じて、後書きを書きます。
私は六十八歳です。
自分の人生を振り返ってみても、「あの頃は良かった」と思える時期は正直ありません。
それでも、いつか自分の人生を文章にしてみたいと、ずっと思っていました。
書くことで、自分の中で何かが整理できるのではないか。
そんな思いで、今回初めて物語という形にしてみました。
少しだけ、気持ちが穏やかになった気がしています。
今も、生きる意味がはっきり分かっているわけではありません。
ただ、十四歳になった子どもがいます。
できるだけ長く、その成長を見ていたい。
せめて成人するまで。
できることなら、その先まで。
それを願いながら、今日も生きています。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。




