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第14章:終わりの先に、ひとつの命



妊娠二ヶ月だと分かった。


何も考えていなかった。

私が五十三歳。妻は三十七歳だった。


本来なら喜ぶべきことなのだろう。だが、すぐに不安が先に立った。

妻はつい先日、手術を受けている。妊娠に気づかないまま、麻酔もしていた。


今考えてみると、父の死は胎児がいる事をわかっていたのか。

施術の前日に死ぬ事で、手術を中止させる為だったのかと感じている。


胎児への影響はないのか。

障害の可能性は高くならないのか。


産婦人科で何度も尋ねた。だが、医師は断定しなかった。

「大丈夫とも言い切れないし、問題が出るとも言えない」

その繰り返しだった。


私自身も糖尿病で、複数の薬を飲んでいる。

精子への影響はないと言われたが、完全に安心はできなかった。


もう一つの問題があった。

私たちは生活保護を受けていた。


その立場で子どもを持っていいのか。

育てていけるのか。


ケースワーカーにも相談した。

「出産は問題ありません」と言われた。

制度上は問題がない。だが、気持ちの整理は別だった。


何日も話し合った。

答えは出ないまま時間だけが過ぎた。


担当医から、早く決めたほうがいいと言われた。

最終的に決めるのは、私たち二人だった。


考えても、先のことは分からない。

産むことにした。


決めたあと、予定日が父の初盆と重なっていると知った。


さらに、子宮筋腫のため自然分娩は難しいと言われた。

帝王切開になる。

陣痛が来る前に手術する必要がある、と説明された。


日程は限られていた。


悩んでいる余裕はなかった。

初盆までに、実家をどうにかしなければならない。


屋根は雨漏りがひどく、柱も腐り始めていた。

このままでは人を迎えられない。


幸い、今の大家が大工だった。

事情を話し、頼み込んだ。


本来は二人仕事だと言われた。

金はない。

私たちが出来ることは全て手伝う条件で、引き受けてもらった。


車はない。

大家の軽トラックで通った。

妻は助手席。私は荷台に潜り、テントをかぶった。


まず瓦をすべて剥がした。

赤土を落とす。

妻も屋根に上がった。


蛇の抜け殻がいくつも出てきた。

屋根裏に住み着いていたらしい。


腐った部分を解体し、建物を減らした。

下地をすべて剥がし、新しく組む。

その上にトタンを張った。


打てる釘はすべて自分で打った。


途中、大工が一ヶ月ほど来られない時期があった。

横壁の難しい部分が残ったままだった。

雨が降ると、家の中に水が落ちた。


五月の末、ようやく屋根が終わった。

初盆まで二ヶ月半しかない。


内装が残っていた。

床は抜け、天井は落ち、壁はむき出しだった。


数日分の食料を持ち、一日一便のバスで通った。

泊まることはできなかった。


内壁は地板を使った。

一枚ずつカンナをかける。

傾いた家に水平を出し、胴縁を組み、板を打ちつける。


素人には難しかった。

板はまっすぐ収まらない。

思うように進まない。


夜遅くまで作業した。

喧嘩も増えた。

妻が家を飛び出したこともあった。


それでも続けた。


初盆には、ぎりぎり間に合った。

その頃、妻の腹は大きく張っていた。

いつ陣痛が来てもおかしくない状態だった。


医師からは、早めに入院するよう何度も言われていた。


十五日、初盆が終わった。

十七日に仏を送り、その日の夕方、妻は入院した。


十八日、帝王切開で子どもが生まれた。


体重は二千八百六十グラム。

五体満足で生まれ、大きな異常は見当たらなかった。

とりあえず保育器に入れられたが

今にも寝返りをしそうなくらい、元気に動いていた。


その姿を見た時

見た目は元気そうに見えても、脳に障害はないだろうか

健康で何事もなく育ってくれるのだろうか


安堵よりも先に、これからの不安が来た。

仕事もなく、いまだ生活保護のままだった。


妻は開腹のついでに子宮筋腫の摘出も行っていた。

赤ん坊が出てからも、手術は続いた。


手術室の灯りが消えるまで、時間は長かった。

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