第13章:まさかの知らせ――永遠の別れと後悔
老人ホームに入っている父が、救急車で病院へ向かっているらしい。
その知らせを受けたとき、同じ病院に入院していた叔母と妻とで、到着を待っていた。
父は、私たちが入院していることを知っていた。
これまでも、何かあれば救急車を呼び、入院するために運ばれてくることがあった。
今回も、そうだと思っていた。
だが、救急車が到着し、担架が降ろされた瞬間、考えが揺らいだ。
救急隊員が、父の胸を強く押していた。
心臓マッサージだった。
「まさか……」
そう思いながら、足が前に出た。
父はそのまま処置室へ運ばれた。
しばらくして、医師に呼ばれた。
室内でも心臓マッサージは続いていた。
心臓は、すでに止まっているという。
「どうされますか」
その言葉が、何を意味しているのか、私にはその時の状況が理解できていなかった。
そう聞かれたが、そのとき私の口から出たのは、まったく別の言葉だった。
「明日、妻の手術なんですが……どうにかなりませんか」
医師がその言葉を聞いたのか、聞かなかったのかは分からない。
心臓マッサージは止まり、死亡確認が行われた。
その言葉が、何を意味しているのか、その時の私は分かっていなかった。
水曜日。
父はいつものように病院へ来て、歩いて診察を受け、タバコも吸っていた。
何も変わった様子はなかった。
それから三日後の、土曜日の急死だった。
長年、父を診ていた内科医は言った。
癌は全身に広がっていたのだろう。
苦しまなかっただけ、よかったのではないか。
確かに、左脇腹を押さえて痛がることはあった。
膵臓癌が悪化し、転移していたのだと思った。
母が亡くなってから、一年十か月。
その日は、母の命日でもあった。
私の人生に大きな影を落とした父は、あっさりと母の元へ行った。
悲しさはなかった。
それよりも、悔しさが強く残った。
翌日は葬儀になる。
そうなると、妻の手術はどうなるのか。
そのことばかりが頭にあった。
妻の担当医から連絡が入り、手術を中止することもできると言われた。
だが、一年近く待って、ようやく決まった手術だった。
中止すれば、次がいつになるか分からない。
私は、予定通りの手術をお願いした。
ただ、手術には家族の立ち会いが必要だった。
私は葬儀を行わなければならない。
代わりに、入院していた叔母に立ち会いを頼んだ。
私は病院から外出許可をもらい、福岡にいる長男に連絡をした。
二人で、父の葬儀を行うことにした。
親戚が十数人集まり、夕方には長男も到着した。
通夜の席で、老人ホームの職員が当日の様子を話した。
早朝五時十分。
父は「眠れない」と言い、ベッドに腰かけていたという。
十分後に様子を見に行くと、床に座り、ベッドにもたれかかっていた。
声をかけても反応はなく、すでに心臓は動いていなかった。
妻は、翌日の手術のため、早めに病院へ戻った。
父の遺体は棺には入れられず、布団に寝かされたままだった。
生前、そうしてほしいと、父自身が葬儀社に伝えていたらしい。
眠れないまま、朝を迎えた。
火葬場で棺を炉に入れた。
母のときと同じように、タバコを吸いながら、立ちのぼる煙を見ていた。
そのとき、叔母から連絡が入った。
妻の手術は、無事に終わったという。
火葬を終え、誰もいない実家に骨を置いた。
翌日、私は病院に戻り、妻と再会した。
また入院生活が始まり、クリスマスが過ぎ、術後の経過も安定し、二人で退院した。
後になって、直葬という方法があったことを知った。
それを聞いたとき、強い後悔が残った。
父の葬儀を、あの形で行ったことを、今も悔やんでいる。
四十九日の法要も終わり、納骨を済ませた。
だが、初盆はすぐにやって来る。
田舎では、しきたりが重い。
集落の人々は、必ず初盆の家を訪れる。
雨漏りがひどく、腐りかけた家を、どうにかしなければならなかった。
どうすればいいのか。
そう考えていたとき、これからの人生を大きく変える驚きの出来事が・・・・・




