第11章: 故郷――納骨、そして決別
対馬の桟橋に降り立った私たちを待っていたのは、休息ではなかった。
新たな試練の始まりだった。
島に着いて間もなく、彼女の体に異変が現れた。
階段を数段上がるだけで息が切れ、喉から肩甲骨の奥にかけて、誰の目にも分かるほどの腫れがあった。
診断は、バセドウ病だった。
「この島では手術はできません」
医師の言葉に、私たちは来たばかりの航路を引き返し、福岡の病院へ向かった。
一時間に及ぶ手術で摘出されたのは、大人の拳ほどもある二つの塊だった。
幸い、手術は成功した。
十日ほどの入院の後、経過観察のため対馬の病院へ転院することになったが、その直後、今度は父が「具合が悪い」と騒ぎ出し、同じ病院に入院することになった。
私は、小学五年生以来となる実家で、ひとり暮らしを始めることになった。
天井の抜けた古い家。
ネズミ、ムカデ、ヤモリ、そして、私が何よりも忌み嫌う蛇。
福岡では考えられない生き物たちが、当たり前のように入り込んでくる。
恐怖で夜は電気を消せず、熟睡することはできなかった。
昼間でも真冬の冷えが家の奥まで染み込み、ひとりでエアコンをつける贅沢も許されなかった。
私はただ、無心で家の周りの草を刈り続けた。
それが、孤独を紛らわせる唯一の方法だった。
一か月後、彼女と父が揃って退院し、三人での生活が始まった。
世間体もあり、私たちは十二月十二日という覚えやすい日に婚姻届を出した。
そして、島に戻ってきて、どうしても果たしたかったことがあった。
母の一周忌に間に合うよう、納骨をすること。
「金がないので、できるだけ安く作ってほしい」
集落の左官屋に頭を下げ、三か月。
ようやく墓が完成した。
納骨のため、先祖代々の遺骨を掘り出すことになった。
曾祖父、曾祖母、祖父、祖母、母、母の実母、そして一歳で亡くなった妹。
七柱の遺骨だった。
母の骨壺を掘り起こすと、中には水が溜まっていた。
冷たい水の中に沈む母の姿を思い、思わず涙が落ちた。
次は、一歳で土葬された妹だった。
年月が経ちすぎていて、どれだけ掘っても何も出てこない。
父は「もういいだろう」と言った。
だが、私は諦めなかった。
よだれ掛けの一部でもいい。
哺乳瓶の欠片でもいい。
母と同じ骨壺に入れてやりたかった。
泥にまみれて掘り続け、諦めかけたその時――
奇跡のように、当時のままの哺乳瓶と、よだれ掛けの一部が姿を現した。
彼女が丁寧に洗い、それを母の骨壺に納めた瞬間、
母と妹が並んで笑っている光景が、はっきりと脳裏に浮かんだ。
胸が、熱くなった。
だが、長年の願いが叶った安堵は、すぐに現実に塗り潰された。
父は、完全に酒に溺れていた。
昼に目を覚ましてから朝に眠るまで飲み続け、酔えば決まって虚言を吐いた。
「あの政治家は俺に相談してくる」
「あの橋も、あのトンネルも、俺が造った」
彼女が機嫌を取れば取るほど、父は傲慢になっていった。
その姿に、私の中の嫌悪は限界に達していた。
過去の虐待の記憶が、酒の臭いと共に蘇る。
ある夜、私は耐えきれなくなった。
車に積めるだけの荷物を詰め込み、彼女を連れて実家を出た。
別の地区で空き家を借り、父が通院で留守の隙に、家電を運び出した。
数日後、残りの荷物を取りに戻った私を待っていたのは、別人のように痩せこけた父だった。
台所には、二つのインスタントラーメンの空袋。
食べず、飲まず、酒だけを流し込んでいたことは明らかだった。
一瞬、胸が揺れた。
だが、私は家を後にした。
父はその後、福祉の手によって再び老人ホームへ戻された。
島に病院は一つしかない。
ある日、歩いて病院へ向かっていると、老人ホームの車に拾われた。
後部座席には父がいた。
感謝の言葉はなく、「運転は俺のほうが上手い」と吐き捨てる。
飲酒運転で免許を失ったことなど、忘れたように。
急な坂、鋭いカーブ。
ハンドルも握れない老人が、世界を見下ろしていた。
その横顔を見て、私は確信した。
この男は、変わらない。
負の連鎖を断ち切るには、心の中から完全に切り離すしかない。
対馬の厳しい冬が、静かに、再び私たちの生活を白く染め始めていた。




