第10章: 因果の果てで、別れに区切りを打つ
がんセンターからの電話は、日常を一瞬で切り裂いた。
手術中、父の体は通常の麻酔量では制御できず、過剰投与が行われたという。
その影響で麻酔からうまく覚めず、父は錯乱状態に陥った。
点滴や呼吸器の管を力任せに引き抜き、病室のベッドを廊下へ引きずり出す。
制止する看護師を振り払い、病棟を混乱に陥れ、ついには院内でタバコに火をつけた。
「……これ以上は対応できません。今すぐ連れて帰ってください」
受話器越しのその言葉に、目の前が揺れた。
仕事を終え、急いで病院へ向かうと、個室の前には徘徊防止用のセンサーマットが敷かれていた。そこだけ空気が張り詰めていた。
父は私の顔を見るなり、低く濁った声で泣き叫び、意味の通らない言葉を吐き続けた。
理性は完全に剥がれ落ち、何か別のものに憑かれているようだった。
もはや病院に置いておける状態ではなかった。
私は看護師長に頭を下げ、傷口の処置や注意点を教わり、退院の手続きを進めた。
担当医は言った。
「五年以内に、がんは再発するでしょう。ただ、この状態では……」
言葉の続きを、私は聞かなかった。
車に乗った途端、父は吠え始めた。
「酒だ。酒を買え」
その声は、家に着くまで止まらなかった。
その夜、地獄の蓋が開いた。
父の錯乱は激しさを増し、私と彼女の二人では抑えきれなかった。
やむなく、元妻との間の息子たちを呼び寄せた。
酒もタバコも止められ、父は怒りを行き場なく撒き散らす。
私たちは息子たちと共に、なだめ、抑え、耐え続け、ようやく父は眠りに落ちた。
安堵したのも束の間だった。
畳が、父の足元からゆっくりと濡れ広がっていく。
信じられない量の失禁だった。
それと同時に、嘘のように父は正気を取り戻した。
排尿と共に、頭を侵していた何かが抜けたようだった。
翌日、次男に配送車を任せ、私と長男で父を対馬の病院へ送り届けた。
見慣れた病室に収まった父は、ひとまず落ち着いた様子を見せた。
嵐が去った直後の、不気味な静けさだった。
だが、運命は間を与えない。
次に届いたのは、私が最も恐れていた知らせだった。
ライダーの一人が交差点で事故に遭い、意識不明で搬送されたという。
病院へ駆け込んだが、「身内以外は面会できない」と拒まれた。
冷たい廊下で、私は立ち尽くすことしかできなかった。
数日後、彼は意識を取り戻した。
だが、そこから二年に及ぶ入院生活が始まった。
ようやく彼が現場に戻り、胸を撫で下ろした矢先――
今度は、ずっと覚悟していた知らせが届いた。
「……母さんが、逝ったぞ……」
父からの短い電話だった。
喉に痰を詰まらせ、抗うこともできずに逝ったという。
私は対馬へ向かった。
特養の一室で横たわる母を見ても、涙は出なかった。
あの日、声も動きも奪われた母を見た時から、この日を覚悟していた。
――やっと、楽になれたんだな。
六十歳で自由を奪われ、七十三歳で尽き果てるまでの十三年間。
食べることも、動くことも、話すこともできず、ただ生かされていた時間。
だが、棺に釘が打たれた瞬間、涙が溢れた。
そこに「いる」だけで、私を支えてくれていた存在が、完全に消えたのだ。
火葬場で棺が窯に入るのを見届け、手を合わせ、深く頭を下げた。
――母さん、やっと自由だ。
何度も心の中で繰り返しながら、立ち尽くした。
葬儀を終え、福岡へ戻った頃から、私の中で何かが変わり始めていた。
長年しがみついてきた事業。
必死に守ってきた看板。
そして、故郷には、再発を抱えた父が一人、酒に沈んでいる。
長男として、妹たちにこれ以上迷惑はかけられない。
私は、十八歳から十年間ついてきてくれた一人のライダーに話をした。
「対馬に帰る。この会社を、お前に譲りたい」
彼は戸惑いながらも、「やります」と答えた。
名もなき若者だった彼に、すべてを託す。それでいい。
看板が残るなら、私の意地は報われる。
残された最後の関門は、彼女の両親への挨拶だった。
対馬へ行くということは、彼女の人生を共に背負わせることになる。
震える手で頭を下げ、「結婚を前提に」と伝えた。
温かい料理と、思いがけない承諾。
その瞬間、福岡での三十六年に及ぶ戦いは、静かに幕を閉じた。
十五歳で独立し、裏切りと屈辱の波を渡り続けた日々。
住み慣れた街に別れを告げ、彼女と二人、対馬行きの船に乗る。
だが――
桟橋の先に待っていたのは、安息ではなかった。
想像していた通りの、次の試練が、そこには待っていた。




