彼女は。
彼女は第一に、私は殺人鬼じゃない。と強い口調で言った。
信じられるか、そんなの。と警戒したまま睨んでいると、
彼女はどこからか、刀を取り出した。
一瞬だった、振りかぶられた鈍色の鉄が体を斜めに斬りつける。
死んだ。これは絶対に死んだわ。
思ったより痛みないな、と血だらけであろう自身の体を見下ろすと、シミひとつ付いていない白いシャツが見えた。
「えっ、俺死ん…なんで!?」
いや絶対に切られていた。
マジックかと思うほど唐突に現れた日本刀のようなものは、一気にこちらに距離をつめた彼女によって確実に体を通過した。
「この刀は妖刀で、人は切れない。だから私は、人は、殺してない。」
言い聞かせるように強く強調して少女が言った。その手にはもはや刀は握られておらず、まるでVRのホラー映像でも見ているのではないかと脳が混乱するほど理解できない状況に、目眩がした。
訳は分からなかったし、理解もしたくは無かったが、こうして体感してしまえば受け入れざるを得ない。
思い返せば確かにあの瞬間自分は殺された人を見た訳ではなかったし、悲鳴は「この世のものでは無いような」声に聞こえた。
あの時は全く違和感を感じていなかったが、よくよく考えたら人の声ではなかったように思うし、脳内に直接響くような声だった。
改めて少女を見上げると血なんて全く付いてもいないし、やけに見目が整っているだけの子供だ。
力が抜けるような感覚がしたが、今はともかく話を聞かねばならない。
こちらが警戒を解いたのを察したのか、数歩後ろに下がり障子にもたれ掛かると、そのままずるずると座り込んだ。
「あなたも悪いんだぞ。わざわざ人避けの術まで掛けてあの時を選んだのに、ふらふらやってきちゃってさ」
先程までのやけに高圧的な口調が少し崩れ年相応を感じさせるような不貞腐れた声は、事の始まりをぽつぽつとと語り始めた。
彼女は滅魔師と呼ばれる職業であること。
今日はこの神社の住職に頼まれて、奥の祠に住み着いた呼女と呼ばれる妖怪を退治しに来たこと。
呼女は人を呼び寄せて取り憑き、取り憑いた相手を殺した後、その体を乗っ取るという性質がある。
住職や巫女はもちろん人が近づかない様に術とやらを使い、人払いをしていた。
そして祠から呼女を引きづり出して、ようやく祓うぞ!という時に、なぜか後ろから物凄い勢いで僕がやってきたらしい。
これにはさすがに驚いて一瞬呼女から目を離した隙に、呼女が僕に取り憑いた。
僕はその場でぶっ倒れるわ、呼女が入っていた元の肉体が炭になって破裂するわで大混乱だったようだ。
「あの、なんかすみません…」
彼女の疲れたような顔をみて小さく言う。全く嘘を言っているようには見えない。
その歳でそんな仕事を、とかなんか記憶と違う、とか色々と疑問はあるが、とりあえず謝らないといけないという気持ちが勝った。
僕の謝罪を受けた彼女はもういいよ、とひらひら手を振ると、こちらをじっと見つめて真剣な声で言う。
「お前がその時見たであろうものは呼女の幻覚だ。呼女は自身が襲われていたり、傷付いているところを人に見せ、同情や救いたいと言う気持ちを抱いたものに干渉することができる。そしてその者の夢に入り込み、精神を壊してしまう。肉体を自分のものにするために」
背筋に冷たいものが走った。
そうだ、あの時。
いけない、と思ってはいたのに何かを探すように足が無意識に駆け上がった。
そこでアレを見た。そして、そのあとの夢。
どう考えてもおかしいし、呼女の力によってあの場所に呼ばれたと考えると辻褄が合う。
そもそも、あの場所へ行こうと思ったきっかけがおかしな足音。
その時点で、本来の僕であれば生垣の奥を覗こうとは思わなかっただろう。
突然夢が覚めていくような感覚に襲われ、彼女の言っていることは真実で、これは現実だと頬を叩かれた気がした。
「ここからが本題だが。お前の体の中にまだ呼女はいる」
次は本当に殴られたかと思った。
え?まだ僕の中にいる?
「お前が先程見た夢は私が無理やり呼女の干渉を邪魔して起こしたが、別に祓った訳じゃない。このままだと次に眠ればお前は死ぬ」
精神が、と付け足して少女は立ち上がる。
「だからお前を寝かせる訳にはいかない。完全に呼女に乗っ取られていれば刀で切れば炭になってしまいだが、まだ中にいるだけの状態では刀で祓えないし最悪精神を壊すきっかけになりかねない」
あれ?なんか今すごい物騒なこと言いませんでした?さっき僕のこと死なないとか言いながら叩き切ってましたよね?肉体的には死なないけど精神的に死ぬ可能性あったんですか?
頭の中を疑問と怒りが瞬時に渦巻くが、ともかく寝たら死ぬという核爆弾級のインパクトがなんとか怒りを抑え込む。
自分のデッドがウォーキングなんて笑えない。
しかも最後は炭になって爆散するなんてどんな地獄だ、絶対成仏できない。
情報の一つ一つの重量のでかさにもはや脳はただ情報を通過させるだけのベルトコンベアに成り下がり、考えることを放棄した頭は、喉乾いた、という小学生並の感情だけを残して機能を停止した。
一気にここまで書きましたが、続きを全く思いついてません。
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