女。
割れた、黒い風船。
なびく 白い髪。
弾け飛んだ風船から飛び散る血飛沫が、僕に。
脳が理解できない速さで起こる惨劇に、臭いに、吐き気がして膝をつく。
視界に広がる境内の土は、あさ黒く湿っている。
目の前で弾け飛ぶ姿は、まるでスローモーションのようにゆっくりだった。
スイカに輪ゴムをたくさんつけて割れる動画、よく流れてきてたな。
頭の端で浮かんだ言葉が妙にハッキリ脳内をめぐる。
綺麗に弾けた肉片は、黒い土をあかく塗り直す。
そんな赤い世界で揺れる白は、ひらりひらりと優雅で。
口を押さえて吐き気を堪える。
こすった瞳が捉えた白は、やけに淡々としていた。
巫女のような服装に身を包んだ少女の後ろ姿が誰かを斬りつけていた。激しく飛び散る鮮血と、この世のものとは思えないような悲鳴が鼓膜を刺す。
刀から血を振り切るように払った少女がふらりと振り返った。
「あーあぁ、呼ばれちゃったねぇ」
返り血に濡れた頬が小さくわらう。
その時僕は意識を手放した。
みゃあ。
ねこの声がする。
ここはどこだ?ぼくはなにをしていた
耳元で聞こえる猫の声が意識を呼ぶ。妙な心地だった。ぬるま湯に全身浸かってしまっているかのように体が揺蕩う。
体の周りが液体に包まれているような感覚の中、はっきりとした肌を持つ手が頬に触れる。
「起きなくていいわ、坊や。ゆっくりおやすみになって」
耳触りのいい女の声が響く。
頬に触れた手は軽く頬を撫でるとゆっくりと下に降りていく。
細い指が首に触れる。途端、息が急に苦しくなった。
息が、できない
「だいじょうぶ、坊や。母の手はつめたくて気持ちかろう?少し服を緩めてあげるからゆっくりおやすみ」
喉がどんどん締め付けられていく。
しかし意識は妙に落ち着いていて、焦りが消えていく。
かあさんか。そうか、ぼくは熱でもだしたか。
ぼんやりと口を動かす。音は出ない。眠くなってきた、意識がゆっくりと霧散するように朧気になっていく。
すこしねむれば、ましにもなろう。
こんどのかぜはいきぐるしくてたまらない
首元に触れただけの冷たい手がなだめるように肌を撫ぜる。女が笑っている気がして、猫の声はもう聞こえなかった。
途端、
先程猫の声が聞こえた方向から叩きつけるような風が吹いた。強い声が頭に直接叫びかける。
「お前のかあさんでーべーそーー!!!!!!」
はぁ!???っと叫んで弾くように起き上がると、そこは和室のようだった。
何が起こったか分からないまま目を擦ると、手が震えていることに気づく。
柔らかな光が射し込む和室は何も恐怖を感じさせない。
畳から慣れ親しんだイグサの香りがして、気持ちを落ち着けるように深呼吸した。
無意識のうちに手が首にまわる。
さっきの夢、まるで本当に、
「死んじまうとこだったな」
声が聞こえて肩が跳ね上がった。
ばっと勢いよく振り向くと、開いた障子に寄りかかるようにして、巫女服の少女が立っていた。
途端に先程の自分が見た光景を思い出して、へたりこんだまま後ずさる。
「そんなに警戒するな。だれが呼び戻してやったと思ってるんだ」
機嫌の悪さを隠そうともしていない声で、少女がこちらを睨む。
何が起こっているのか理解が追いつかない。
自分は神社へ来て、階段を駆け上がったら凄惨な殺人現場に出くわした。
そして夢にうなされて、起きて見たら目の前に殺人鬼。どれが悪夢だか分からなくなってきた。
障子にもたれたままの少女は百面相する僕をじっと見ていたが、ふと目を閉じるとため息を吐いた。
それだけでも肩が跳ねる。でかい男が少女相手に何びびってんだと思わなくもないが、殺人鬼だぞ、生きる為の反射だ。
そう言い訳をしつつ、逃げるために視線を不自然に部屋へと走らせていると、説明するから、と疲れたような声がした。