お互いをネコみたいに拾って
今日は黒姉の“月曜真っ黒シリーズ”はお休みです<m(__)m>
きっかけは行きつけの“地酒処”だった。
何となく顔は見知っていたが店主催の『蔵見学バスツアー』で、店主の粋?な計らいで隣同士の席となった。
女だてらに独り飲み主義の私は、『“クラブやスナック”みたいに女に金を払って飲むヤツの気が知らねえ』とのたまうカレと妙に気が合って(まあ、バスツアー中、飲み続けてる事もあって)バスを降りる頃にはハグしあって、地酒処での再会を誓った(笑)
ところが次の金曜もその次の金曜も……カレは地酒処に一向に現れないので、交換したアドレスに初めてメッセを入れてみた。
「別に取って食いはしないから来なよ!」って……
でもやっぱり返事は無く……
『マジで避けられてる??』とちょっと不愉快になっていた火曜日の夕方、スマホが鳴った。
『ようやく落ち着いて、今、地酒処に居る。良かったら来ない?』
えー!!火曜から??と思ったが……私もちょっと飲みたい気分だったしOKした。
地酒処に行ってみると、今日のカレはスーツを着たビジネスマンで……バスツアーの時よりスリムに見えた。
「ちゃんとした格好すると着ヤセするんだね」
と声を掛けたら
「ヤバいなあ~やつれて見える?」と思いがけない答えが返って来た。
「いったいどうしたの?」と私の目の前に置かれたガラス製の冷酒カラフェをカレのお猪口に差してやるとぐい吞みされた。
『えーっ?! 少しは味わってよ!』
冷酒カラフェの中身が…その日の目玉の『上きげん KISS OF FIRE』だったので、私は心の中で少し愚痴ったが……カレとのその後の縁を思うと、何とも意味深な銘柄だった。
その“貴重な酒”をぐい吞みしたカレが発した言葉
「オレ!“家なき子”になっちまった!」に……
私は2度呆れた。
一つはカレの行動が社会人としてあるまじきものだったから、もう一つは……カレと同棲していながら他の男に入れ込んで、挙句の果てに自室に引っ張り込んでの逢瀬を楽しんでいたオンナの行状について聞いたから。
カレの言う事が嘘とは思えかったので、私は呆れながらも問い質した。
「家から叩き出されて今、どうしてるの? 住民票とかは??」
「荷物は会社の倉庫に隠してカプセルホテル住まい。住民票は実家に置いたまま」
「実家どこなの?」
「秦野」
「小田急の?? だったら全然通えるじゃん!! 実家帰んなよ!」
「実家とは……縁切った! これ以上、金をむしられるのは御免だからな!」
「だったらなぜ住民票置いてるの??!!」
「肩代わりした借金が来月にはキレイになるんだ! そうしたら印鑑証明書も必要なくなるから抹消して転出する」
「転出するってどこへ?!! オンナの家の住所を使うつもりだったんでしょ?!!」
こう言うと、カレは黙り込んでしまって私達はしばらく無言で盃を重ねた。
ふと目をやると表の暖簾が翻っているのが見えた。
今年初の木枯らしのせいだろうか……私はあと何時間かしたら帰るであろう“半分空”の部屋を想い、更に懐を寒くさせた。
同居していた甘えん坊の妹は、その依存先を私から“オトコ”に振り替えて、さっさと出て行ってしまった。
しかし妹との“ダブルインカム”だからこそ無理して購入したマンションのローンはそのまんまだ。
酔った勢いを借りて私はとんでもない提案をカレにしていた。
「マンションのローン、きつくてさ! 一番広い洋間貸すからローンの支払いに協力してよ!カプセルホテルに儲けさせるより待遇は良くするからさ!」
「いいのか? 見知らぬ男を住まわせて!」
「いいよ! 今までだって私の留守中に妹のオトコが出入りしてたしさ」
「いやいやそういう意味じゃなくて!!」
「えっ?! エッチなサービスはしないよ!! 洗濯機やお風呂も……使っていいけど弁えてね!! 当然、毛とかの変な痕跡はNG!!」
私の“返し”にカレは吹き出して……今日初めて笑った。
そして二人はシャンパンの代わりに発泡にごり酒の4合瓶を景気良く開けて“家飲み友達の契り”を交わした。
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カレとの同居を始めてから、会社帰りの酒販店巡りがますます楽しくなった。
カレはカレで出張へ行くたびにこれはと思う地酒を仕入れて来た。
『今度はどんなお酒を試してみよう!!』
一人より二人の方が体にも懐にも優しいし、同好の士と家呑みできるなんて最高の環境だ!!
妹と同居の時は……お互いが付き合っているオトコの事でちょっとした諍いがあったりした。
でも今はそう言った事は無い。
カレは“あの女”と別れた以降、何もなさそうだったし、私の方は“慢性期に成り果てた”不倫のお付き合いで……オトコとは月に一度のデートが精一杯!!
もしあのまま妹と同居していたら……私の胸の内はドス黒い僻みに染められていたのかもしれない。
カレは本当に気さくでイイ奴で……『こんな人を棄てるなんて元カノは何て見る目が無い女なんだ!!』と憤りもし、実際、口に出して言ってしまうと
「それはオレが借金もちだから」とカレ
「それはもう過去の事でしょ?!ご実家とは縁切ったんだし!!」と私
「そうは言っても親族である事には変わらないから見限られても仕方ないよ」
こう自嘲するカレにそれ以上何も言えなかった。
『こんないい人だから、カレそのものを見てくれる女の人がきっと現れる!!その時がこの家からの卒業だね』
私は胸の内でこう呟き、同時に湧き起こる寂寥感を揉み消した。
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こんな生活が幸福過ぎたのだろうか……
私は自分の身に降りかかっていた裏切りに全然気付いて居なかった。
いや、私も不貞行為の片棒を担いでいたのだから言える立場では無い!!
私が紙媒体しかない古い資料を探しに書庫に入ったら……私の後輩が私と“同じ事”をされていた。
その瞬間、私は自分が“消費されるだけの立場”だと思い知らされてた。
“男”に対し、私達が何をどうあがいても無駄だった。
特に私は……この会社に居るしか無い!!
だって、カレはもうすぐ居なくなる!!
ローンはまだまだ払い続けなければいけない!!
悔しいけれどこれが現実!!
とにかく今日一日は“資料の件”はうやむやにして乗り切った。
定時になり、何事も無かったように挨拶を交わして会社を出ると、たまにしか行かない遠方の酒販店へ向かった。
なにか珍しいお酒が見つかるかもしれないし、家に帰るまでに気持ちを整える時間も稼げる……
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体は芯まで冷え切ったけれど思いがけない収穫があった!!
『上きげん KISS OF FIRE』をゲットしたのだ!!
私はシャワーだけで済ましてしまったけど、もうすぐ帰って来るカレの為にお風呂にお湯を張った。
髪を結びバスタオルをマフラーにして、いつもよりちょっと贅沢な家呑みの準備に取り掛かる。
程なく帰って来たカレを
「寒かったでしょ!! さっきお湯を張ったからまずは温まって!! 熱かったら水で埋めてね!」とバスルームへ追いやり、何を聞かれても絶対泣かないようにしようと固く心に誓った。
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「あの記念すべき『上きげん KISS OF FIRE』をゲットしたの!! だから今日は頑張っちゃった!!」
こう言って、カレに『上きげん KISS OF FIRE』のボトルを見せる。
好物のお酒を前にした時のいつものノリで……尻尾をブンブン振ると思っていたのに!!
カレは黙ったまま……初めて私の頬に触れた。
お風呂上がりの手がとても温かい。
私の頬は……こんなにも冷え切っていたのか……
「あずささん! 何があったの?」
その一言に私は簡単に崩れ、さめざめと泣いてしまった。
不覚にも随分泣いてしまって……カレのTシャツを涙でベシャベシャにして、お料理もすっかり冷ましてしまった。
いっそ、カレからも愛想をつかされてしまった方が楽になれるのかもしれない。
寒くなってしまったのか……鼻を啜り上げるカレの胸にまだ居座りながらも……私は反省して……意を決して顔を上げたらカレの瞳が潤んでいた。
「えっ?! どうして?!」と心の声が漏れ出てしまったら
カレは涙を隠すことなく声を絞り出した。
「当たり前だろ!! オレの大切な人が泣いているんだから!!! ……キミにとっては迷惑かもしれないけど!!」
私、もう声も出す事すらもどかしくて……カレにいっぱいキスしてた。
この日……かつて私を拾ってくれたようにカレが私を拾ってくれて
私達は一つのベッドで丸くなって眠りについた。
まるでずっと昔から……いつもそうだった様に
おしまい
いつも時間切れですみません<m(__)m>
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