7話 宿
光が収まると、そこは綺麗な木造の部屋だった。
フローリングの床に肌触りの良いベッドが2つ、3つの椅子に円形のテーブルが1つ。風呂とトイレも別々に備え付けられている。
街の中心部からは少し離れた場所にある宿だが、それでも雑貨屋や鍛冶屋など主要な店が近くにある立地の良い宿のようだ。
気になるところと言えば――。
「良い部屋だね!」
「まさかと思うけど……ルビーと同室なのか?」
「イヤだった?」
「イヤとかじゃなくて……うーん」
ルビーも一緒の部屋にいる事だろう。
なんでも召喚者と召喚士は不測の事態が起きてもいいように、原則一緒に行動する決まりなのだそうだ。
「とりあえず誰がいるかの確認がてら、挨拶だけしておくか」
「そうしよう!」
大宮は部屋を出て、まずは隣の部屋をノックしてみる。
「はーい」
幼い女の子の声がしてしばらくすると、ドアが開いた。
「あー、部屋間違えたか……?」
「その服……召喚者さんですね!」
「まさかとは思うけど君は……」
「召喚士のポニーです! よろしくです!」
えへんと胸を張る少女の見た目は9歳くらいだろうか。
こんな小さな子供にも召喚させるというのは、いくら国の為とは言ってもどうなのだろうか。
「大宮仁だ。見たところ君は……その、そんなに小さいのに戦わないといけないのか?」
「失礼ですね! これでも20なんです!」
「20!?」
「もしかしてドワーフ?」
ルビーがポニーを見て手をポンと合わせる。
「そうです! 魔法が苦手な種族だからってナメちゃいけないのです!」
「相当努力したんだろうね……」
「そういやルビーは何歳なんだ?」
「ん? 17だよ?」
「という事は私が一番の年長者ですね!」
自信満々と言った様子でフンとポニーは鼻を鳴らす。
「あのぉ……ポニーさん……」
「そうだ、私の召喚者を紹介するですよ! 彼女は――」
「渡辺さん?」
メガネをかけ、腰まで伸びたサラサラの黒髪。
もじもじしながら縮こまってこちらを覗き込んでいるのは、大宮のクラスメイトの渡辺愛で間違いないだろう。
「なんだ、知り合いなんですか?」
「あまり話した事はないけどね」
「わ、私……あの……その……」
小心者でどこのグループにも属さない。異世界召喚で勇者を、というのであれば一番かけ離れている人物と言っても過言ではないだろう。
「言いたい事があれば言ってくれて構わないよ?」
「た、戦いなんて……無理で……」
「まぁ、そうだろうなあ」
「能力も戦闘向きとはとても言えなくてですねぇ、訓練もどうしたものかと悩んでおりまして!」
「あうぅ……」
渡辺は今にも罪悪感で潰れてしまいそうだ。
「ちなみに能力って?」
「お料理……です」
「特技じゃなくてその……何か超能力的なさ」
「それが料理なんですよ。どこでも食材が出せるようなんです」
「そんな能力だと厳しそうだねえ」
ポニーとルビーは腕を組んで困ったと言わんばかりの視線を渡辺へと向ける。
「案外それ、バカに出来ないんじゃないか?」
「「「え?」」」
大宮の言葉に3人の視線が大宮へと向く。
「渡辺さんは料理が好きなの?」
「えっと……休みの日はよく……」
「歴史の授業で先生が言ってた受け売りだけどさ、戦争において飯の問題って結構大きな問題だったらしくてな。少なくとも俺達の世界では、だけど」
戦場で美味い飯を。そう聞くとバカらしく聞こえるかもしれないが、意外とどの国もそこに本気で力を入れている。
彼女自身が戦力にならずとも、彼女の飯の力で士気が大きく向上出来るのであれば、それはチート能力と言ってもいいだろう。
「ゲームで言う所のバッファー、って感じじゃないかな?」
「なるほど。そう言われてみると確かに中々の逸材と思えますね!」
「今度渡辺さんの飯、食わせてよ。気になるしさ」
「えぇと……はい……」
俯いてもじもじする渡辺は、ある意味で前の世界と全く変わっていないようだ。
「何々、誰か来たん? って大宮やんか!」
「笹島か」
大宮達の話声が聞こえたのか、渡辺の向かいの部屋からポニーテールの女子生徒が出てきた。
彼女は笹島玲奈。関西の出身らしく、クラスの中心的グループに属している女子だ。
気が強い面はあるが、誰にでも平等に接する為、クラスをまとめ上げる中心的存在とも言える。
「やれやれ、もう少し大人しくした方がいいんじゃないかい?」
「ええやん別に、それにちゃんとこっちの服着とるんやしさ」
笹島が出てきた部屋から遅れて顔を見せたのは、メガネをかけた青年だ。
「僕はルイス。よろしくお願いするよ」
「俺は大宮仁だ。よろしく」
ルイスは落ち着いた雰囲気……というよりは、キザったらしい男だ。
「後2人いるんだっけか?」
「あー、あいつらは今は訓練とやらに行っとるで。気合入っとったでなあ」
「ちなみに誰なんだ?」
「上島兄弟」
「あー……」
上島兄弟。上島英一と上島英二。クラスを代表する変人兄弟だ。
とは言っても、ある意味でこの世界に一番向いているとも言える。
何といっても彼らは中二病のナルシストでいて、それを潔く全開にしているのだ。
「言うて大宮も割とこういうの好きそうやけど」
「まぁ多分好きな方だろうけど、流石にあの兄弟には負けると思う」
「まぁせやろな! ウチらも訓練とやらをせないかんのやけどなあ」
「あの2人についていけばよかったんじゃないか?」
「流石に鬱陶しさが勝ってしもてな、良かったら大宮、ウチと組まんか?」
笹島は拳を大宮へと軽く突き出す。
「なら渡辺さんも、後衛でも最低限は身に着けておいたほうがいいだろうしさ」
「あぅ……でも……」
「アイ、ここで組まないと私達2人だけで訓練しなきゃいけなくなるですよ?」
「大丈夫なん? 渡辺さん荒っぽいの苦手ちゃうん?」
「うぅ……」
渡辺は相変わらず縮こまっている。
「でも訓練は必須でしょう? 最低限の戦闘の基礎は我々が教えつつ、基本的には彼女を護衛するという形でいいのでは?」
ルイスが顎に手を当てて首を傾げる。
「ええんかなぁ、それで」
「いいんじゃないか? そうじゃなければ組んでもいいって領主も言わないだろうし」
「ほんならそうしよか、渡辺さんはそんでもええ?」
「うぅ……はいぃ」
「万が一の時は私が守るですよ! だから安心するです!」
ポニーが渡辺の背中を叩く。
この日はその後、召喚者3人を中心に雑談をして過ごす事となった。