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理想的恋愛主義者減量中  作者: 夜霧ランプ
8/10

何してんの?

 支配者の都合に合う子。それを、世の中では良い子と言う。私は、ずっと母親と言う支配者の都合の良い子だったのだ。髪が細くなってくる年齢まで、ずっと「お母さんの良い子」だったのだ。

 本来は反抗期が来るはずの高校時代も、良い子で居なかったからババアが死んだと思ってしまってから、私はずっと良い子であり続けた。与えられるものは「良い物」だと思っていた。そう言う呪いにかかっていた。

 私は、脂が無くなったことによってたるみがちになった顔面と頭皮のマッサージをしながら、考えた。

 母親のあの反応からして、保険金をかけられている可能性はどんどん色濃くなってきている。だが、あまりそれで大騒ぎすると、「拒食症と精神錯乱を起こした」と言って、然るべき病院に放り込まれて、体重が元に戻るまで大量に飯を食わされかねない。

 此処は、大人しく、日常の事と、体の維持だけを自発的に考えるのが優勢か。

 汗をかいたおかげか、今日の体重測定ではリバウンドしかけていた体重が90kgに戻っていた。この数ヶ月で10kg以上スムーズに痩せて来ていたのも奇跡なので、1ヶ月の間は90kgをキープして、リバウンドをしない事を心がけよう。


 80kgに到達した頃、私は身体の軽さを痛感するようになっていた。筋肉がついて来たおかげもあるのだろうが、体を動かすのが気持ち好い。

 そして、今までと違う腹の減り方をするようになった。炭水化物と肉が、非常に食べたくなるのだ。筋肉を作るために肉が食べたくなるのは分かるが、炭水化物が食べたいのはどう言う事だろう。

 ローカーボダイエットとかでは、炭水化物を抜いたほうが良いと言う情報も聞く。しかし、食パンや麺やパックご飯が異様に美味い。ポテチとかと同じで、脂肪が喜ぶから美味しいのだろうか?

 この、炭水化物と筋肉の関係は、しばらく謎のまま私の頭の中に残された。


 ボトルベルによる筋トレと、腹筋運動、背筋運動、ウォーキング、そして会社の休み時間はラジオ体操まで取り入れて、私は余暇の間はほとんど体を動かし続けていた。

「木下さん、最近痩せましたよね」と、女性の同僚に声をかけられた。「どうやって痩せたんですか?」と、気軽に。

「食事制限をして、運動をしました」と、私は何の参考にもならない返事を返した。それをやったら大体の人は痩せると言う方法だからだ。「でも、最近、やけに米とかパンが食べたくて仕方ないんですよ」

 そう話を広げると、「筋肉がついて来たからじゃないですか?」と、その同僚は言う。「筋肉って、糖質をため込むんですよ」

 へー、そうなんだーと思って、「へー。そうなんだー」と返した。

 なんでも、その同僚も日常的にダイエットをしていて、55kgと言う、どう考えても痩せる必要のない体重を保っているのに、もう2~3kg落としたい、と言う気持ちを常に抱えているらしい。

「なんかの雑誌の意見調査で書いてあったんですけど、50kgもある女は、男性に女として見てもらえないんですよー」と、彼女は言う。

 50kgも? と思って、私は、「そう言う意見調査に答える男ってさー、よっぽど女性に弱弱しく居てほしいんじゃない?」と答えた。「もしくは、答えた男がみんな、『50kg』がどれだけ軽いか分からないデブだとかね」

 そう言うと、その同僚は明るくアハハハと笑い声をあげた。つい数ヶ月まで100kg越えのデブだった奴が言うのだから、リアリティがあるジョークだろう。


 何回かの停滞期とリバウンド期を経て、体重が減らない間は肉質を変えようと思って筋肉をいじめた。筋肉と言うのはその時の限界を超えるごとに、筋肉痛に成り、筋肉痛が去ると、さらに強くなっている。

 なんとなくそんな気配を感じたので、私はどんどんアクティブに体を鍛えた。

 スポーツに興味はない。ルールが細かすぎて、動作に制限がかかるからだ。そこで、ウォーキングではなく、ジョギングを始めてみた。

 ジョギングと言っても、そんなに速く走ろうと思っていない。ウォーキングから、若干フォームを変えた程度だ。それでも、「歩く動作」と「走る動作」では、使う筋肉が違うらしい。

 心地好い運動から帰って、シャワーを浴びようと廊下を歩いていると、母親がキッチンに続く扉の前で、手を後ろに組んで、やはり仁王立ちになっていた。

「邪魔。どいて」と言うと、「邪魔?」と、母親は顔を伏せたまま言う。「邪魔なの。そうなの。じゃぁ、もう要らないわよね」

 はい? と思って、「はい?」と声に出した。

 母親は、後ろ手に持っていた包丁を、自分の首にあてがって見せた。「私はもういらないんでしょ? じゃぁ、もう死んだって良いでしょ!」と、叫び出す。

 私は、ボケーッとしたまま、状況が理解できないでいた。たぶん、母親は「喉に包丁をあてがう」と言う行動で、「私は自殺するから、止めてちょうだい。止めるために私の言う事を聞いてご飯を大量に食べて太ってちょうだい」と、言いたいのだろう。

「何馬鹿なことしてんの?」と言って、私は「とーさーん!」と、父親を呼んだ。「とーさん。あんたの妻が、死にたいってさー!」と。

 父さんも、なんだか状況がよく分かって無い風に廊下に来た。そして、妻が「自殺しますよ」のポーズをとっているのを見て、「何してんの?」と、緊張感無く聞いた。

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