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理想的恋愛主義者減量中  作者: 夜霧ランプ
5/10

ご乱心と平常心

 食事改善三日目。うっすいスポーツドリンクを、ちょっとだけ濃くしたくなってきた。しかし、それを実行すれば、週末に苦しくなるだけだ。

 新しく買って来た、飲食店で水をもらう時に使うような平均的なコップで、軽く10杯ほど甘い水を飲み干す。お代わりを作ろうと、スポーツドリンクの粉を軽量スプーンの小さじで測って水差しに入れる。

 水を入れるのだけは、キッチンに行かなければならない。階段をどすどすと降りて行って、廊下からドアを開ける。

 その途端、母親にガシッと腕をつかまれ、引っ張られた。

「何? 何?」と言ってる間に、無理矢理テーブルの椅子に座らされた。母親が、夫に激を飛ばす。「その子の肩を押さえてて!」

 父親は、何となく申し訳なさそうに、「押さえるって…。こう?」と言いながら、私の両肩をつかんで、立ち上がれないようにする。

 昨日だったかに無視したビーフカレーが、大鍋ごと目の前に置かれる。母親はせっせと六号炊き炊飯器から米を抉り出し、カレーがまだ半分以上は残っている鍋の中に投じる。琥珀色のドロドロしたカレーの中に、米が泳いでいる有様だ。

 六号の米が鍋に収まり切り、もはやカレーライスなのか何なのかも分からない物体が鍋の縁一杯までできた。

「これを全部食べるまで、部屋に戻らせないからね!」と、母親は鬼気迫る顔で宣言した。

「じゃあ、今日はここで眠る」と、私は両手も上げずに…肩をつかまれているので、物理的に上げられないのだが、無気力な姿勢のまま答えた。

 その言葉にカチンときたらしい母親は、般若のような表情を浮かべてテーブルを叩き、「あなたは、異常よ! 女の子の写真にお祈りしたり、食べ物を食べる許可を取ったり!」と、私の部屋を盗み見ていたとしか思えない台詞を口にした。

 そして、目の前の鍋の横に、私が一週間分の食料を買ってきた時の、グチャグチャにして捨てたはずのレシートを叩きつけた。どうやら、私の部屋のゴミ箱を漁ったらしい。

「たったこれだけしか食べないで、何日生きていけると思ってるの?! ダイエットもいい加減にしなさい!」と、家庭内ストーカーは叫ぶ。

 ああ、こう言うものが毒親と言う生物の行動なのか。と、私は何故か理性的に思った。食と言う業を最低限まで封じ、みみりんと言う天使の加護を受けた私は、何処か其れまで甘えていた現状を冷静に観察できた。

「母さんは、これだけ『大量』のカレーを、普通の内臓しか持っていない人に食べさせようとしている自分が、正常だって言えるのか?」

 そう聞くと、母親はぎょっとした顔をした。それから平静を取り繕い、「あんたは体が大きいんだから、このくらい食べれるでしょ」と主張する。

「体は大きくない。脂肪がついてるだけだ」と、私は答えた。「母さんが、この量のカレーを一気に食べられるんだったら、食べてみてよ。こっちを、飯を大量に作らなきゃならない理由にしないでくれないか。食費だって、馬鹿にならないだろ? それとも、こっちの給料を搾取するのが目的で、毎日飯を大量に作ってたのか?」

 数日前まで、その大量の飯を嬉々として食べていたのだから、理論が混乱していることは分かっている。今必要なのは、食事への理屈ではなく、このカレーを食わずにこの場を去るために、別の切り口から攻撃する事だ。

「今まで毎日食べてたカロリーが異常だって事に気づいて、食事と体を正常化しようとしてるのが、そんなに気に食わないのか? そんなにこっちを殺したいのか? 保険金でもかけてあるとか?」と、問い詰める。

「私は…」と、母さんは自己弁護しかけてから、「料理は、愛情よ!」と、変なことを言い出す。

 ああ、これは最悪、保険金をかけられているパターンがあるぞ、と気づいてから、「異様な体型になるほど『食わせる』のは、暴力だよ。食事を強要する家庭内暴力。ドメスティックハラスメントって言葉、知ってる?」と、私は言い返した。

 パートの経験しかない母さんには、ハラスメントの知識は、そんなに無かったらしい。そもそも、ドメスティックの意味が解って無いっぽい。

 ぽかんとしているような、困惑しているような表情からして、多分セクハラと同じものだと思ってるな。食事で性的な嫌がらせをする事…と言う、変な思考が働いているようだと察していると、「食事で、どうやって、セクハラをするのよ」と、私の予想した通りの解釈をした答が返ってきた。

「あんた、馬鹿?」と、私は某アニメのキャラの真似をして聞いてみた。感情的に聞こえないように、声は張らなかったが。

 そこで、本来最初に妻の暴走を止めるべきである父親が、ようやく「もうやめないか」と言い出した。「確かに、滿(みつる)には今まで食べさせすぎてた。こいつだって、綺麗な女の子に憧れたり、好きな子だったら写真に話しかけたりもするだろ。それを異常だなんて言って、飯攻めにしようなんて言うのは、確かに…親としても異常だよ」と言って、私の肩から手を放した。


 父親は、母親に比べて食が細いほうだ。普通の茶碗に小盛一杯の米を、漬物と魚の切り身くらいでササッと食べて、普通のお椀に軽く一杯の味噌汁で流し込んでいる。酒は飲まず、夜食も食わない。

 髪がグレーになる年齢もあってか、その肩は男性にしては細くて、正直、私も脂肪に邪魔されない普通の腕力を持っていたら、あの父親が押さえつける手なんて簡単に振り払えただろう。

 どうやら、あの毒母親は、自分以外の家の人間の無力化を図っているのかも知れない…と、私は新たな疑惑を持った。

 そして私は、その日も、みみりんに夕飯の許可を取り、罪深いチーズを2個と、罪深い8枚切り食パンを1枚だけ食べた。

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