【8章】会いに来たよ、僕のウサギちゃん
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予定。あくまで予定。
【8章】会いに来たよ、僕のウサギちゃん
「騎士になって、母さんに楽してもらうから!」
絵に描いたような好青年の新米騎士ランディー・スチュアート。
騎士になるため、15歳で都にやってきた彼は
まず己の実力を思い知らされた。
意気揚々と受験した騎士団の入団試験で
一緒に受験した同郷の男に叩きのめされた。
前日に同郷のよしみで彼と食事に行ったのが間違いだった。
飲まされてしまった初めての酒に負けた。
世間の知らなさを思い知らされた。
酒は勢いで飲んではいけない。
初めての二日酔いで挑んだ初めての試験。
「隣の者と戦ってもらい、勝った方を新米騎士と認める」
隣は同郷の男。
酒に慣れていた男は難なくランディーを下す。
己の未熟さを恥じたランディーは故郷に帰らず、
働きながら己を鍛えた。
身体を鍛えるのに最適な仕事はたくさんあった。
配達、家作りの手伝い、物資の搬入。
時には遠くに出向いてインフラ整備の仕事にも携わった。
体力は十分についた。
しかし、線が細いのかあまり筋力はつかなかった。
見た目は少年のまま。
そして、1年後。
再度、騎士の試験を受ける。
ランディー16歳。
試験官は昨年自分を打ち負かした同郷の男。
試験の内容は毎年試験官が自由に決めていた。
見た目のあまり変わっていないランディーを前に男は言った。
「俺と戦って勝った者を新米騎士と認める」
結果はランディーの勝利。
相手の剣をあえて受け、力で押した。
押し負けた男はつい剣を離す。
同郷の男もある程度の強さは持ち合わせていた。
その証拠に男に勝てたのはランディーのみ。
「順番が最後の方で運がよかっただけだ」
自分は疲れていたのだと同郷の男は笑った。
「それは言い訳にならないぞ!」
見に来ていた騎士団長の言葉をランディーは忘れないだろう。
自分を見てくれた気がした。
それから数か月。
彼は第二王子に呼び出された。
ロイドを人々は認めない。
国王に捨てられた王子。
騎士団の中でも悪い噂は広まっていた。
しかし、ランディーは信じなかった。
噂は噂。
真実とは違う。
だから、王子は王子。
敬うべき存在。
先日、コロシアムで会った時も
噂ほどの悪い男には見えなかった。
「お前、今日から俺の騎士になれよ」
「……へ?」
呼び出されただけでもビクビクしていたのだが
突然の提案に言葉が出なかった。
「わ、ワタシ何かしましたか」
「いや、これからしてもらう」
ロイドの不敵な笑みにランディーは怯えを隠せなかった。
「なんだそんな事か」
自分には前世があり、その影響が5歳から強く出ている、とかなりかいつまんで説明するとセシルから予想外の言葉が返ってきた。
スカーレットの反応をうかがうと神妙な面持ち。
混乱している。
「5歳から12年のエマリザベスはエマリザベスであってエマリザベスではない」
いっその事謝罪を、と思った時、スカーレットが首を傾げた。
「あなたはちゃんとエマ様ですよ?」
「いや、私は……」
否定を口にする口に手が添えられる。
それ以上語ってはいけないと。
「あなたはエマ様です」
頭をぶつける前のエマも、後のエマも変わらないと彼女は笑った。
「魔法なんで不可思議なものがあるんだ。前世くらいあってもおかしくない」
セシルの柔軟性には平服する。
「それで、大会には君が出るのか」
察しもよくて助かる。
首を傾げるスカーレットにエマに起きた事を伝えた。
そして、大会に参加したい事も。
己で己の自由を勝ち取るために。
不安そうに一点を見つめていたスカーレットだったが、はぁとため息一つ。
「止めても無駄な事はよくわかっています」
こちらも話が早い。
「それに私、戦うお姫様は大好きなんです」
路地裏で三人で頭を並べる。
一人が王族で、一人は公爵令嬢だなんて誰が信じるだろうか。
「ところで、こちらの方は?」
彼は御披露目されていない王子。
さらっと「第四王子のセシル殿下だ」と紹介すれば、さすがのスカーレットも言葉を失った。
ずっと周囲を騙している気がしてきた。
今日でそれが軽くなった気がする。
女学生のように喋りながらの帰路の途中。
これぞ寿の求めていたもの。
「エ、エマ様ーーーー!!!!」
屋敷が見えてきたと指差そうとすると悲鳴に近い声と共に血相を変えて走ってくる侍女の姿。
間違いなく助けを求めて自分を呼ぶ声。
「何かあったの?」
息を切らせる侍女は青ざめた顔でただ「屋敷が…屋敷が……」と繰り返す。
文脈からして火事かと見上げるも煙は見えない。
「急ぎましょう」
屋敷のドアを勢いよく開ければ玄関先に数人が倒れている。
抱き起こすと息はあるものの、呼吸が荒い。
この執事も。
このメイドも。
この庭師も。
「エ、エマ様……お気をつけください……」
年老いた庭師ががくりと腕を落とした。
いや、死んでない。
だが、どの者もわずかながら幸せそうな顔をしているのはなぜだろう。
ある男が訪ねてきたと皆が口を揃える。。
どういうわけか誰もその名前を口にしようとしない。
この世界にも「名前を言ってはいけないあの人」が存在するのだろうか。
その男がいるという客間へ行くと、ぶわっと風が吹き抜けた。
実際に風は吹いていない。
オーラだ。
漫画的表現がここに存在している。
その中心にいたのは…
「フェリクス殿下?」
第三王子のフェリクス。
近くで見るのは初めてかもしれない。
まるで光源のようにキラキラと輝いている。
「会いに来たよ、僕のウサギちゃん」
当たり前のようにウィンク。
スカーレットがその輝きにふらつく。
「……僕のウサギちゃん?」
『ラジオネームとやらか?』
「美しい銀髪に、麗しい紅い瞳。なんて愛らしく、そして可哀想なウサギちゃんなんだ」
そのいけすかない手がエマの頬に触れる。
ぶわっと鳥肌がたつ。
「まさかトルネオ・ディ・ボーリッジの景品にされてしまうなんて……」
ペラペラと薄っぺらい言葉を並べるこの男の言葉はエマの耳には入ってこなかったが、その後に聞こえた一言だけは耳に残った。
「苦労ウサギちゃん」
どこかで聞いた事がある。
頬に触れた手はこの際放置する。
復活してきたメイド達から「きゃあ」と歓喜?の声が聞こえた。
エマはまったくときめかない。
それがわかったのかフェリクスは困ったように離れた。
今まで自分にときめかなかった女はいないとでも言いたそうに。
「本日はどういったご用向きでしょう」
「未来の妻に会うのに理由なんているかい?」
侍女たちの間に一気にどよめきが走った。
いつの間に?!と。
「殿下はチャーミングな方ですね。でも、そのような冗談はいけませんよ」
「本当の事じゃないか」
ハハハと爽やかに笑う彼に対して拍手が起こる。
まるで二人を祝福するように。
無の表情のままのはずのエマを見て「恥ずかしがって可愛いエマ様」なんて声が聞こえる。
『本当にやめてくれ』
「みんな聞いてくれ!」
あんなに騒がしかった広間が一瞬にして静まり返った。
校長より強い。
「君たちの主人であるエマリザベスの悲劇を!」
この男、先日城でエマに起こった悲劇を勝手に喋りだした。
一気に彼らの視線が彼女に集まる。
目線に乗せるのは哀れみ、哀れみ、哀れみ。更に哀れみ。
泣くのはやめてくれ、とエマは視線で訴えるがその表情がまた彼女たちを涙させた。
「だが、ここに誓おう!」
バサリと音をたててマントをなびかせる。
風がないのに風が起こる。
『魔法か?』
嫌な予感しかしない。
たったそれだけで沈んだ空気がパッと明るくなった。
「フェリクス・ルーク・キングダムはトルネオ・ディ・ボーリッジで優勝し、
エマリザベス・シャーロット・ミアフロリアスを妻として迎える事を!
そして、世界一幸せにすると!」
「勝利を貴女に」だなんて微笑まれればゾワリゾワリと嫌な鳥肌が止まらない。
乙女ならばトキメクシチュエーション。
…のはず。
キャー!と歓喜の声と拍手。
「エマ様おめでとうございます!」と興奮して手を叩くメイドたち。
泣く庭師。
「優勝すれば、の話ですよね?」
勝手に進められる話にエマがイライラしているのは明白だ。
フェリクスには『空気を作り出す』という天性の素質がある。
それに皆が飲まれた。
まるで魔法。
「勿論僕が優勝するよ」
目線がバチバチとぶつかる。
しかし周囲には見つめあっているようで。
フェリクスはそれだけ告げると帰っていった。
宣戦布告、といった所だろうか。
それよりも屋敷内はお祭り騒ぎになっている。
彼らはエマの身に起きている事を正しく把握していない。
突然フェリクスが求婚しに来たと思っている。
式の話で盛り上がるメイドたち。
もはや収拾がつかない状況だ。
スカーレットがおろおろしている。
「何ですこの騒ぎは」
突然降ってきた一言。
そのたった一言で広間が静まり返ってしまった。
フェリクスとはまた違う静けさ。
メイド長マリーナの帰宅。
静かな静かな怒りを感じる。
さっきとは違う鳥肌が止まらない。
温かい静けさのあった広間に寒気すら感じる静けさが広がっている。
まるで誰もいないかのよう。
「エマ様、お部屋に参りましょうか」
スカーレットがエマを連れ出す。
マリーナの怒りは浮き立つ使用人に向けられているにしては些か過剰だ。
怒りの始まりはどこか。
恐らく、その前に彼女が行っていた所。
王城で何かあったのだろうか。
元々、貴族のメイドという職業は”花嫁修業”くらいに思われている。
エマの小さい頃からいるメイドはマリーナとスカーレットだけだ。
エマが生まれる前からミアフロリアス家に仕えるマリーナは母のような存在であり、スカーレットは姉のような存在だとエマは認識している。
ずっと一緒にいるからこそ、エマは違和感を感じていた。
スカーレットがそれを見ないようにしていることも。