【5章】こういうのは初めてか
毎月第一金曜日夜八時更新予定。
予定。あくまで予定。
【5章】こういうのは初めてか
到着したのは大きな建物の前。
『古代式東京ドーム……!』
ドームではない。
人はここをコロシアムと呼ぶ。
世界史の教科書などで見たことあるはずなのだが前世において勉強などほとんどしてこなかったエマの記憶にはない建物だ。
そのまま人波にのまれてコロシアムの中へ。
流されて流されて観戦料の支払いをパスしてしまった。
隣の男の娘とでも思われたのだろう。
親と一緒なら子どもは無料。
流されてきた席はちょうど、出場選手の通路が見える位置。
観戦するにはちょうどいい。
己の人生のすべてを肉体に捧げてきたような男たちが溢れている。
無意識に徐々にそちらに近付いていくエマ。
わああああ!と喝采が起こった。
円形の客席に囲まれたステージで勝敗が決したのだ。
興奮して立ち上がる観客たち。
まだ予選だがこの盛り上がり様。
本選ではコロシアムが割れてしまうのではないか。
「!?」
立ち上がった大人たちのせいで見えないステージを見ようと身を乗り出した時、押されて出場選手の通路に落ちてしまった。
が、普通に着地。
『ん。しまった』
このままでは侵入者として対処されてしまう。
幸いな事にまだ見つかっていない。
しれっと出場選手の待機場所へ。
俺より強い奴に会いに行く。
意外と堂々と行くと侵入者とは思われないもので、「お父さんの応援かい?」「お兄さんの応援かい?」などと軽く声をかけられる。
笑顔で「はい」と答えれば何も怪しくはない。
意外とオープンだ。
選手に挨拶しながら何かを配っている男もいる。
宣伝も兼ねているのだろう。
「俺の事も応援してくれよ?」
手渡されたのはジャガイモ。
『……ジャガイモ…?』
強いて言えば”みんな”の応援に来たのだ。
切磋琢磨する武人は皆が美しく、何においても称賛されるべき。
そこに視界に入ってきたのは物陰で蹲る少年。
誰も声をかけない。
「おい、どうした」
少年は震えながら顔をあげるも、声をかけてきた相手が女の子とみるやすぐに顔を伏せた。
男尊女卑はここにも生きている。
「どうした」
それでもエマは声をかける。
少年の様子が普通ではなかったから。
「……うるさい。女は家に帰れ」
『今、私は女として扱われているのか……?』
ゆるく感動。
手でエマを払おうとする少年だったが、そんな事でエマは立ち退かない。
武人は皆、同じ志を持つ者として助け合うもの。
それが彼女の信念。
それはここでも揺らがない。
コロシアムに入った時から彼女は寿だった。
「そんな状態で大会に出るつもりか?」
何かを言いかけた少年だったが悔しそうに小さく震えた。
図星だったのだろう。
「さっき……」
聞けば他の参加者が水をくれたらしい。
それを飲んだ所、具合が悪くなった、と。
それだけ聞けば犯罪の香りがするが、それだけではどうにも出来ない。
他人から水をもらった少年が悪いという考え方もある。
たまたま水が腐っていたという考え方もある。
その相手を問い詰める事は出来ないだろう。
言い逃れなどいくらでも出来る。
それをわかっている少年は悔しそうに地を叩いた。
拳だけが土にまみれていく。
「もう俺の番だ……!」
少年の手のひらにはたくさんのつぶれたマメ。
剣の稽古の跡。
この少年は間違いなく武人だ。
少年の視線の先にはニヤニヤとこちらを見ながら通過する男。
男はステージの方へを向かって行った。
『奴は武人ではないな』
エマの、いや、寿の直感が「これは故意」だと告げた。
少年は悔しそうにエントリーカードを握りつぶす。
エマは身体を近付けるとその手を優しく包んだ。
そこは物陰。
誰もそこを気にしない二人だけの世界。
顔を隠したストールから覗く美しい顔。
突然の至近距離。
突然の接触に少年の心臓が跳ねる。
踊る。
爆発する。
「脱げ」
「……え?」
「そうか具合が悪かったんだったな」
「いや、ちょ、ちょっと待……」
「いいからじっとしていろ。脱がせてやる」
「お、俺はまだ見習いの騎士で……!」
腹痛に苦しむ少年の服を脱がしていく美少女。
少年は動けない。
ただただその見た事もない美少女に何も知らない無垢な身体を、心を弄ばれていく。
「お前はただ身を任せていればいい」
「は、はい……」
もはやエマのペース。
「俺、初めてなんで……」
「こういうのは初めてか」
「優しく、してください……」
「あぁ、私を信じろ」
「はい……」
けしてやましい事をしようとしているのではない。
エマはただ少年の服を借りたい。
その様子を見ている者はいない。
いや、一人いた。
「このまま対戦相手が現れない場合、不戦勝となります」
事務的に伝えられたその男は「なんて事だ」と大袈裟に頭を抱えた。
コロシアムのステージでは一人の男が芝居をうっている。
「自分の番に気付いていないのかもしれません」だの「もう少し待ってあげてください」だの。
観客も「いいやつだな~」と感心する。
丁寧な言葉を使ってはいるがこの男、今まで汚い手で相手を葬ってきた。
試合になってしまえば自分は負ける。
ならば試合にならなければいい。
好きな人の想い人には「二人を応援する」といって二人が険悪になるように仕組んだ。
競合相手にはデマをでっち上げた。
それでもそれは全て相手の失態であり、彼の成果としては認められない。
成果を求めてたどり着いたのは国主催の武闘大会。
そこでのし上がれば名はあがる。
うまくいけば王家に召し抱えられるかもしれない。
手始めに試合にならないとわからないはずの予選の対戦相手をあらかじめ”汚い手”を使って調べた。
そして、”汚い手”を使って自分が勝てそうな少年とすり替えた。
そして、”汚い手”を使ってその相手に一服盛った。
死なない程度の薬を。
その相手がここに現れる事はない。
先ほど、通路の隅で動けなくなっているのを見た。
彼を助けようなんて殊勝な人間など存在しない。
皆、自分の事で精一杯なのだ。
観客たちも飽き始め、野次を飛ばしている。
「あなたの不戦勝です」と口が動き出そうとした時だった。
「すまない。遅れた」
凛とした声が淀んだステージに通り抜けた。
そこにはあの少年。
ローブで顔を隠している”少年”。
服のサイズがだぼっとしていてあっていない”少年”。
対戦相手を吟味した彼なら今、目の前に現れたのがエントリーしていた少年でない事はわかる。
「誰ですかあなたは!」
掴みかけた自分の汚い勝利を焦るあまりつい口走った。
「あんたの対戦相手だ」
明らかにおかしい発言だったとやっと気付く。
「それともなんだ。対戦相手は私じゃないとでも言いたいのか?」
始まらないはずの試合が始まってしまう。
勝つための道筋を脳をグルグルさせながら辿ろうとするが道が途中で消えてしまう。
準備は万全のこの男だがアドリブに弱い。
「二人とも武器の申告はしていませんがよろしいですか」
いくつかあるルールの中の一つ。
武器は申告したもののみ。
ただし、直前の変更は認める。
その最終確認。
二人とも自分の拳のみ。
つまり、武器を使った段階でルール違反の一発アウト。
男の中に汚い考えが浮かんだ。
戦いの中で突然「痛い」と叫ぶ。
そして、何かで刺されたと申告。
「そこに隠し持っているのはなんですか!」と相手の服の中に手を突っ込む。
そして、栓抜きを取り出す。
「これは武器ですね!」
相手は失格になる。
ちなみに栓抜きは今、男が持っている。
勝利の祝杯用に用意していたものを単純に置きに行きそびれたのだ。
途中で気付いてパンツの中に隠してある。
男がぐるぐると思考をめぐらし、「これでいける」と勝利を確信している中、少年の中にも一つの決意が生まれていた。
「では」
レフェリーを挟んで向かい合う。
少年の顔はローブで見えないがまっすぐに男に向けられていた。
男は少年からわずかに視線を外す。
「はじめ!」
少年が動き、それに反応した男が少年と目を合わせる。
男がその目にぞくりと体を震わせた。
いや、体を震わせたのは男だけではない。
「……見つけた!」
観客席の一人の男が身を乗り出す。
第二王子 ロイド・キングダム。
意外に真面目な所がある男で、自分の相手になるであろう一般人を調べにきたのだ。
勿論、他の王子はそんな事しない。
この男、あの日から”ある人物”を探していた。
自分をくぎ付けにした女。
その強烈な印象の目だけを覚えている。
あれは圧倒的強者の目。
しかし、それを誇る事なく。
その目が今、対戦相手を仕留めるべくなぜかステージにいる。
この戦いが終わったらどこから出てくる。
ステージの脇。
王子は走り出した。
しかし、すぐに人混みに阻まれる。
観客が全員ステージに食い入るように見入る。
その鋭い眼光に動けなくなった男を襲う強烈な一撃。
地を踏みしめ、歯を食いしばりそれは放たれた。
そこに乗るのは”怒り”。
少年の一途な正々堂々を穢された怒り。
少年の顔が走馬灯のように脳裏に巡る。
いや、少年は死んではいない。
地が浮いた。
男がそう思った頃、空が近付いてきた。
違う。
自分が上を向いているのだ。
いつ上を向いた?
顎の痛みが後を追ってくる。
そこで初めて把握した。
少年にアッパーを食らわされ、宙にのけぞっているのだと。
すぐに地に戻り、少年に掴みかかり、栓抜きを出せばいい。
しかし、地に戻れない。
代わりに地を踏みしめるのはカランカランという軽い音。
「なんだこれは」
年のわりに可愛らしい声。
しかし、その可愛らしい声は今、男にとって恐怖でしかない。
「栓抜き?」
言葉を失っていたレフェリーが仕事を思い出す。
「は、反則!武器の所持!反則!栓抜き!反則!」
仕事を思い出しはしたが、言葉までは思い出せなかったようだ。
「勝者は」
負けを宣告される前に男は申し訳程度の真実を告げようと決めた。
ただ負けるのは我慢出来ない。
ならば道連れ。
この少年はエントリーしていた少年ではない事を暴露する。
出場の基本はエントリー。
その基本がひっくり返れば試合結果ひっくり返…りはしない。
反則は反則でこの試合はなかった事になる。
「ちょっと待ってください!」
声をあげたものの、皆の視線が自分を見ていない。
選手の入場してくる通路を向いている。
自分のターンのはず。
華々しく暴露するターンのはず。
その視線の先には少年。
エントリーしていた少年。
その手は腹に当てられている。
下着姿の少年。
『なんで下着???』
観客と男を困惑が襲う。
「僕が最初にエントリーしていたものです」
男がほくそ笑む。
なるほど。
偽者の意図が読めた。
出場前にエントリーを忘れた阿呆だ。
どうにかして出場出来ないか探っていた所に腹痛で倒れる少年を発見。
動けない少年を見て、勝手に出場。
しかし、本物の少年がここに現れた。
自分が手を下さずともこいつは失格。
運が良ければ自分が勝つ。
「しかし、出場前にエントリー権を譲渡しました!」
震える手で突き出したのは譲渡の書類。
そこには譲渡許可の判が押されている。
少年の額から汗が流れた。
「なので読み上げる勝者の名前はあの方の名前でお願いします」
少年の足はふらついている。
しかし、口調はしっかりと。
「では、お名前を」
名前。
今すぐに名乗れる名前はない。
エマリザベスと名乗るわけにはいかない。
フと浮かんできた名前があった。
過去に自分が呼ばれたあだ名。
「ラスカルだ」
フランスの男装の麗じ………ん????