表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

【1章】みんななんてお行儀が悪いのかしら

毎月第一金曜日夜八時更新予定。

予定。あくまで予定。

【1章】みんななんてお行儀が悪いのかしら


「エマ様、お手紙ですっ」


 あれから12年。エマリザベス16歳。

もうすぐ17歳。

"寿"はすっかり"エマ"になっていた。

幼い頃の美しさをそのままに健やかに成長した。

幼少期は体が弱く、心配されていたが今はある程度は健康だ。


 魔力を除いては。


 この世界には“魔法”というものが存在していて、

当然のように皆が魔力を持っていて、各々、一族の魔法を使える。

ミアフロリアス家は火の家系。

魔力は心臓に蓄えられているが、体の弱い、

特に心臓の弱いエマは魔力をほとんど持っていなかった。

体が成長して大きくなれば貯蔵庫も大きくなると思われていたがこれは誤算だ。


 前世を思い出した5歳の彼女がまずした事はストレッチと筋トレ。

”した事”というよりかは”無意識にしてしまった事”。

習慣とは怖いものだ。

太陽が昇る前に起きて体を目覚めさせるためにゆっくりとストレッチ。

そこから筋トレに入る。

寿のモーニングルーティーン。


『中型自動車にひかれたわけだし、今日は腹筋100回くらいにしておくか』


 体感的にはトラックにひかれた次の日くらい。

しかし、ストレッチで体をほぐし終わり、

腹筋のために体勢を準備しようと立ち上がった瞬間、強烈な眩暈に襲われた。

異常な虚弱体質。

真っ先にに生命の危機を感じた。


 エマが生きていくにはまずこの吹けば飛ぶような軟弱な体を

なんとかしなくてはいけない。

憧れの生活を送る前に死んでしまう。

考えた結果、この12年間入念なストレッチと、

そして出来る範囲の筋トレを欠かしていない。

その度に倒れて、毎日がメイドの悲鳴で始まる。

この”過保護すぎる使用人たち”に見つからないように12年間。

寿にはなかった隠密スキルは格段にあがった。

今ではある程度の生活が出来るようになっている。


「ありがとう、シャノン。課題を終わらせてから読むから置いておいてちょうだい」


 メイド長から出された山のような課題に苦笑いを浮かべる。

立派な淑女になるための裁縫の課題はエマを苦しめた。

しかし、今まで経験した事のない事に立ち向かうのはワクワクした。

己を鍛える事は楽しい。

"寿"はすっかり"エマ"になっていた。


 手紙を持ってきた金髪の美少女はメイド見習いのシャノン。

エマの一番のお気に入りだ。

可愛いものは大好きだ。

前髪で隠しているが可愛らしい黒い瞳が懐かしさを沸き立たせる。

黒い瞳というのはこの世界では珍しい。

ちなみに黒い髪は不吉の象徴。

日本人ほぼ全員不吉の象徴だ。

黒い瞳もあまりよくないと思われているようでシャノンもその綺麗な瞳を隠している。


 ベッドサイドのローテーブルを示すと、

シャノンはニヘラとだらしのない笑みを向けた。


「読みましょうかっ」

「そんな可愛い表情をして私を困らせたいのね? いけない子」

「だってスコット殿下からの手紙ですよっ! どんな言葉が書いてあるか気になるじゃないですかっ!」


 途端にドアが開き、シャノンと同じ表情をしたメイド達が雪崩れ込んできた。


「……まぁ、みんななんてお行儀が悪いのかしら」


 この屋敷中のメイド、全員が気になっているといっても過言ではない

レビュール王国第一王子スコットからの手紙。

エマは5歳の時、10歳年上のスコット殿下と婚約した。

会った事はない。

10年ほど前から毎月エマに贈り物と手紙をくれるマメな青年だ。

この髪飾りも、このネックレスも、このブレスレットも。

今年はレビュール王国の王家にエマが嫁ぐ年。

この国では17歳から結婚が認められている。


 「しょうがないわね」と溜息をつき、封を開ける。

本当は課題をすべて終わらせてからじっくりと読みたかったのだが。

スコットは自分の訪れた季節の景色の言葉を紡ぐ。

春に国王と訪れた花の溢れる平原。

夏に国王と訪れた活気のある港町。

秋に国王と訪れた紅葉の山河。

冬に国王と訪れた雪化粧の田舎町。

それがありありと脳内に描けるように。


【貴女と訪れる日を心待ちにしております】


 時に甘く、エマの心と頬に色付けるように。

メイド達の口から甘い溜息が漏れた。

「ご馳走様です」と拝む者。


「……シャノン、音読はやめてちょうだい」


 春から夏に移りゆく季節の言葉を紡ぎ、いつかエマと訪れる時の夢を綴る。

勝手に音読を始めたシャノンだったが、ハッと音を立てて息を呑んだ。


「シャノン?」


 手紙をエマに押しつけると、窓際のカーテンに巻かれて隠れてしまった。


『なんて可愛らしい』


 どんな言葉がシャノンにそんな可愛い行動をさせたのだろうか。

手紙を覗き込んで思わず口を押さえた。


【次は貴女に指輪を送りましょう】


 彼の輝かしい噂はよくよく聞こえてきた。

絵に描いたような素敵な王子様。

憧れてきた王子様。

そんな彼の妻に将来、自分はなる。

夢ある妄想は彼女の足を弾ませた。

手紙が届いた日にはドレスと踊る。

貴方と踊る日を夢見て。

描いてきたお姫様像。

早く貴方にお会いしたい。

その夢がもうすぐ現実になるのだと実感した。



 日傘をさしての広い広い庭園の散歩中。

課題を片付けたエマはシャノンをつれて日光浴を楽しんでいた。

体を丈夫にするのに陽の光を浴びる事は有効だ。

紫外線予防に日傘も有効だと思う。

しかし、ぞろぞろと大名行列のようにエマの後ろを歩く色とりどりの使用人達。

エマの身に何かあっては大変だと父親が用意した10名以上の使用人達。

一体なんの意味が。

どう考えても多すぎる。

エマはいつかこの過保護に殺されるような気がしていた。

運動不足で殺される。

外に出る時は日傘。

基本的には屋敷の外の外出は許可されない。

日光不足で殺される。


「エマ様! 危ない!」


 エマの近くに虫一匹寄ってきただけでも、

まるで暗殺者が現れたかのような騒ぎになる。

今もまた哀れな虫が一匹。


 今は特に厳戒態勢。

家の中にも外にも人が大勢いる。

なぜならばエマがもうすぐ17歳になるから。


「エマ様は王子様の所にお嫁にいくのですか?」

「えぇ、もうすぐ、ね」

「シャノンとはお別れなのですか?」

「そう・・・・・・なるわね」


 二人+αで庭の花を愛でながら巡っていると小さな悲鳴が聞こえた。

無意識に構える。

その構えは郷田流古武術の構え。

すっかりエマリザベスになったと思い込んでいたが身に染みついた

動きは体が、魂が忘れない。

そこにまだ寿が残っている事に毎度の事ながら愕然としてしまう。

自分はエマリザベスにはなれないのだと。


 小さな悲鳴をあげたのは庭に飛び出してきたメイド、スカーレット。

あまりの勢いに転びそうになってしまったのだ。


「スカーレットは相変わらずね」


 小さく笑う一同にスカーレットは恥ずかしそうに一通の手紙を差し出した。

そこにはミアフロリス家の家紋。


「お父様ね?!」


 エマの父。

この国の軍事を司る将軍。

今も昔も父親っ子のエマは目を輝かせる。

その様子にニマニマする使用人達。

手紙を受け取ろうとした時、突風が吹いた。

突然の事にうっかりスカーレットが手紙を手から離してしまった。

真っ青になり一斉に駆け出す使用人達。

この家の主からの大切な大切な大切な娘への手紙。

風で飛んで無くしてしまいましたといえば、何人の首がリアルに飛ぶだろうか。

エマも駆け出そうとしたが必死な形相のシャノンが離さない。


『必死な形相も可愛い』


 エマは走れば倒れる事をシャノンは嫌というほどわかっていた。

その度にマリーナにこっぴどく叱られる。

それはもう何年も前の話で、もう倒れる事はないのだが……。

 自分の失態をカバーしようと飛び出したスカーレットが

何かを呟くと右手を上にあげる。

すると、遠くへと吹いていた風が急激に向きを変え、

手紙はひらりとスカーレットの手へ。

風の魔法だ。

 本来、魔法を発動する呪文は長い。

だが、スカーレットには呪文を短縮してでも

魔法が発動できるエキスパートだ。


「手紙は無事です!」


 手紙は無事だが、風に遊ばれたポニーテールがぐしゃぐしゃで無事ではない。


「まぁ、スカーレット! なんて髪なの!」


 ハハハと明るい笑い声に包まれる。


 そんな平和なミアフロリアス家。

寿の憧れていたお姫様ライフ。

12年のお姫様ライフは唐突に終わりを迎える。

王家への輿入れ。ではない。

空が陰る。




 手紙を受け取ろうとした時、

賑やかな庭に一人の男が走りこんできた。

甲冑を身にまとう男は城の兵士だろう。

肩にはキングダム王家の紋章。

エマに近付こうとした所、紅と黒の双璧、スカーレットとシャノンに阻まれる。


「ご無礼いたします!」


 「無礼者」と開きかけたスカーレットの言葉を弾いて男が早口に謝罪を叫ぶ。

その様子、尋常ではない。

荒い息をそのままに崩れるように忠誠の膝をつく。


「王家の騎士ですね。どうされましたか」


 その急ぎ様にエマは構えるようにきゅっと口を結ぶ。

嫌な予感しかしない。


「第一王子 スコット・ルーク・キングダム様が亡くなられました……!」


 焦りに焦りを重ねたような早口に誰もが聞き取れなかった。

いや、到底あるはずの無い事実に耳が閉ざされたのだ。


「今、なんと」


 スカーレットとシャノンを制して前に出る。

しゃがみ込み、兵士の頬を手で包み込む。

普段、そんな事をすればメイド長のマリーナの大目玉を食らっただろう。

しかし、今は違う。

明らかにおかしい事が起きている。


「もう一度。ゆっくり。ゆっくり」


エマリザベスの深く紅い瞳が兵士をとらえる。

”ゆっくり”

まるで自分に言い聞かせるかのように呟く。

言葉をそのまま飲み込んでしまった気管が呼吸を忘れている。


「もう一度」


「第一王子のスコット・ルーク・キングダム様が……」


「婚約者殿がどうされた」


『……殿?』


「スコット様が……病死されました……」


 信じたくないかのように消え入る声。


「ご病気のお話はうかがってはいなかったが」


 口調が男のように。寿に戻っていく。


『エマ様……精一杯自分を保っておられる……』


 いや、保ってはいない。

保っていられない。


「重病を隠して公務に当たられていたようで我々も知らず……」


 食い入るように使者に詰め寄っていたエマだったが、

「もうよいでしょう」といつの間にかマリーナが間に入っていた。

騒ぎを聞きつけて降りてきたのだろう。

そこでハッとする。

ぽっかりと胸に穴が開いているような感覚。

元々そこに何があったのかわからない。

スカスカだ。

足元がふらつく。


「お部屋に参りましょう……」


「ありがとう、シャノン」


 シャノンに支えられ、歩く。

歩いている感覚がないが、たぶん自分は歩いている。

穏やかな陽が再び差してきた。

初夏の涼やかな風が吹き抜ける。

スカーレットの手には渡されなかった手紙。

そこには父からの娘への愛が詰まっている。

心配そうな目がエマの後ろ姿に集まっていた。


「そうですか……スコット殿下が…」


 マリーナの独り言。

どこかその表情は安堵しているようにも見えた。


 第一王子スコットの死はすぐには公表されなかった。

しかし、恐らくすぐにこの信じられない情報は広まるだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ