【序章】彼女は死んでしまった。
毎月第一金曜日夜八時更新予定。
予定。あくまで予定。
主人公 独白。
× × ×
“さぶかるちゃあ“にはあまり詳しくないのだが、マキちゃんが言うには
”異世界転生物”という分類の読み物は「普通の人が異世界で生まれ変わって、普通じゃない人生を送る」らしい。
自分が言うのもなんだが自分は普通の高校生ではないと思っている。
御家芸が古武術だなんて普通ではない。
だから、どうして自分なんかが転生なんてしてしまったのか不思議だ。
なんの面白味もないし、なんの喜劇悲劇も生まれない。
マキちゃんみたいな多趣味な人が良いのではないだろうか。
神様、ご再考を。
× × ×
独白 おわり
【武者大猩々(むしゃごりら)はきらふわひめに転生しましたが】
【序章】「こうして、彼女は死んでしまった。」
彼女はけして可愛くなりたくないわけではない。
可愛いものは好きだ。
可愛いものは大好きだ。
少女漫画も大好きだ。胸躍るようなふわふわな恋がしたい。
幼い頃から柔術を基礎とした御家芸「郷田流古武術」を叩き込まれ、
自分の強さを確かめようと手当たり次第に男子を投げていった。
自分より強い奴に会いに行く。
可愛いものは大好きだ。
「我こそは郷田家三男 寿! いざ尋常に勝負!」
男子につけられたあだ名はその堅苦しい口調から「武者ゴリラ」。
ゴリラと呼ばれて、自分が最強だと認められた気がして目をキラキラさせる寿。
可愛いものは大好きだ。
女子につけられたあだ名は忘れてしまったのだが「和製なんとか様」。なんとかル様。
漫画のキャラクターらしい。
彼女はわかっていなかったが。だから自分がなんと呼ばれていたのか覚えていない。
彼女の名前は「郷田 寿」。
二人の兄を持つ末っ子。
「まるで三男」とよく言われるので三男と名乗る長女。
「お前が男だったら」とよく言われ、ならば男になろうと励んだ。
皆が望む男に。
しかし、その心、おなご。
「ブキちんは背が高くて腰の位置が高いからロングスカートが似合うと思うんだよね」と言われて、人生で初めてスカートなるものに挑戦してみた。
「どうした寿! 頭でも打ったか!!!!!」
「父さん! 大変だ! 寿がおかしくなった!!!!!」
彼女のスカートライフは部屋を出た瞬間に終わった。
マキちゃんの選んでくれたかわいらしいチェックのロングスカートは気高き祖母の下半身を優しく温めている。
尚、自分の心に正直な兄達は数秒後には地に沈められている。
そんな彼女も高校生になり、恋をした。
「王子」と例えられる爽やかな同級生。
女扱いをされない彼女を、当然のように女性として扱ってくれた。
「郷田さん」と呼んでくれる。
「レディファーストですよ」と微笑まれた時のむず痒さに寿は身を捩らせた。
それが恋だとは気付かない。
だから、“あんな目”を向けられた時はショックで死んでしまうかと思った。
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「気持ち悪い」
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いや、彼女は死んでしまった。
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「お嬢様……」
すがるような声が耳に染みてくる。
消え入りそうな声だが願いの方向は定か。
「お願いです……目を…目を開けてください……」
複数のすすり泣き。
そして、漏れてくる「お嬢様」「お嬢様」という声。
『そんなに心配されてお嬢様はなんて幸せなのだろう』
この声の多さがお嬢様への愛や親しみの量を濃度を感じさせるが、そろそろ彼女の中で「オジョーサマ」ゲシュタルト崩壊。
彼女は今の状況をこう解釈した。
確か自分はトラックにひかれた。
郷田流古武術で鍛えれらたこの体が4t車ごときで壊れるはずがない。
10t車ならわからないが。
向かってきたトラックを体を張って止めた所までは覚えている。
さすがに無傷とはいかないので念のため病院に担ぎ込まれた。
そして、その同室に意識不明のお嬢様が眠っておられる。
あまりにも「オジョーサマ」の声が多いのであまり起きたくはない状況である。
お嬢様はきっと小さくて、可愛くて、ふわふわしている。
どちらにしろ自分には関係ない、と。
カチリと何かが合ったような音がした。
同時に頭に痛みが走る。
その痛みにハッと目を開けるとたくさんの視線。
たくさんの大人の視線。
その服装からして”侍女”と呼ばれる人たちだろう。
金、紅、茶エトセトラエトセトラの髪色が彼女を混乱させる。
ここはどこの国だ。
部屋も西洋を感じさせる。
広い広いベッド。
そして、天蓋。こんなもの初めて見た。
「エマリザベス様!」
噛みそうな名前を滑りださせて一人の女性が抱きついて来た。
痛い。
初対面のはずだが彼女はこの人を知っている。
「私の事がわかりますか?!」
いや、この場にいる全員を知っている。
「マリーナ」
抱きついて来た金髪美女はその青い目を潤ませると再び彼女を強く抱きしめた。
みしみしと骨が軋む音。
こんな音、聞いた事もない。
痛い。“痛い”とはこんなに痛かっただろうか。
「助けてスカーレット」
次に近くにいた気の強そうな赤いポニーテールの美女がピクリと身を震わせる。
何かに耐えるように震えていたが耐え切れなかったのか座り込んだ。
その表情には安堵が浮かんでいる。
自然と名前は流れるように出てきた。
確認するように一人一人名前を呼ぶと各々に反応していく人々。
嬉しさに泣き崩れる者。
「そうですそうです」とうなずく者。
なんとも多種多様。
彼女はこの大人たちを知っている。
しかし。しかしだ。いまだに混乱はしている。彼らの事は知っている。
しかし、自分の事は知らない。
いや、自分は郷田 寿。お嬢様ではない。一番かけ離れた言葉。
「傷が痛むでしょうからまだお休みください」
マリーナが横になるように促す。
スカーレットが人々を追い出していく。見事な連携。
「何かあればすぐにお呼びください」
パタリとドアが閉まればじわりじわりと頭の中の霧が晴れていく。
自分の名前は「エマリザベス・シャーロット・ミアフロリアス」。
近しい者は「エマ」と呼ぶ。
ふかふかの大きなベッドから身を起こせば、その先には鏡。恐らくここは自室だろう。
鏡に映るのは乱暴に扱えば壊れてしまいそうな小さな身体。
キラキラと揺れる絹のような美しい銀髪。
白い透き通るような肌に、整った幼い顔立ち。
そして、大きな目の色は紅。
鏡越しでも吸い込まれそうな魅惑的な紅。
……自分の事ながらここまで美しく表してしまうのは郷田寿の成分が強いからだろう。
意識はほとんど郷田寿だ。
エマリザベスの5年の記憶を持つ郷田寿だ。
まるで他人事のように記憶が浮かぶ。
ミアフロリアス公爵家の長女。
兄が二人いる。
父はこのレビュール王国の軍事を司る将軍。
母はレビュール王国一番の美女と言われていたが、エマを産んで亡くなってしまった。
その母の美しさを受け継いだエマはとても大切に育てられている。
鳥かごのようなこの部屋で。
たくさんの使用人に囲まれて。
二人の兄も父を継ぐべく勉学に剣術にと勤しんだ。
だが、妹には鬼のように甘い。
お披露目のパーティーで挨拶を、とエマに触れようとした少年に決闘を申し込むほどに。
「エマに触れたければ俺を倒せ!」
郷田の兄はどうだったか。
「寿に触れてみろ! 殺されるぞ! 寿に!」
あの後、兄を5回ほど投げた。
大きすぎる愛を一身に受けて5歳になったエマはとんでもない事を聞いてしまう。
帰ってきた父を驚かせようとテーブルの下に隠れていた時だった。
「王家からエマに婚約の命令…いや、申し入れが来た」
婚約を知らない5歳のエマは大きな勘違いをする。
この家からすぐに離されてしまうと。
大好きなお父様。お兄様達。使用人たち。
家を出れば名前が変わってしまう。
名前が変わってしまえばお母様との繋がりがなくなってしまう。見たこともないお母様。
驚いたエマは勢いよく立ち上がった。テーブルの下で。
当然のように頭を強打し、テーブルの金具で頭を切り、血を流すエマ。
ミアフロリアス家は火のついたような騒ぎとなった。
そして、現在に至る。
ここから5歳のエマと17歳の寿のすり合わせをじっくり行っていく。
寿ではない。エマになる。
この他人事の記憶達も自分のものになっていく。
エマの挙動一つ一つを大切にし、愛を注ぐ周囲の人々のため。
彼らは愛らしいエマを望む。望まれた彼女になる。
『この子を幸せにしたい』
彼女はけして可愛くなりたくないわけではない。
可愛いものは大好きだ。
可愛いものに囲まれて生活したい。
小さくて可愛い女の子には憧れた。
絶対に自分にはなれないと諦めた。
でも、今は違う。
今、まさに”自分”は、”私”は憧れに近い位置にいる。
どういうわけか与えられた生。
今度は可愛くなりたいと真に願ってもいいのではないか?
素敵な王子様のような男性と恋に落ちてもいいのではないか?
『私は可愛くなりたい』
こうして、"彼女"は死んでしまった。