信者
人身事故の処理現場に変な奴がいた。関係者以外立ち入り禁止なはずなのにそいつはいつの間にか紛れ込んでいた。
事故処理班が黙々とバラバラになった遺体を拾う中、そいつはそこにいるのが当たり前のようにいた。真っ白なシャツ、真っ白なズボン、真っ白な靴下に真っ白な靴を履いた男が、これもまた当たり前のように事故処理班と一緒に遺体を拾っている。
見えていない訳ではない。その場にいた全員がその男の存在を認識していた。皆、ちらちらと様子を盗み見ている。しかし、誰も何も言わない。もちろんおれも。
本来ならすぐに注意してその場から連れ出さなければいけない。当然だ。なのに何故か声がかけられない。絶対に関わってはいけない、本能がそう告げている。
曇天の空の下、現場はいつもとは比較にならないぐらい居心地が悪い。今にも雨が降りそうだ。蒸れるような梅雨独特の匂いがする。
「神よ! ああ、やっと一緒になれる!」
回収作業が終わった時、大きな声がした。真っ白な男が叫んだのだ。現場から少し離れた線路の上。彼は嬉しそうに空に向かって笑いかけている。それはそれは嬉しそうに。
するとどうだ、雲の切間から日の光が差し込み男を照らした。他のものは一切照らさず男だけを照らしている。世界が彼を寵愛しているようだ。どこか神々しさすら感じる。
どうすることもできずにおれたちはただただ男を眺めていた。すると男は徐に拾った遺体を口に含んだ。
表現し難い咀嚼音が現場に響く。やばい奴だとは思っていたが本当にやばい奴だった。
関わらなくて本当によかったと心から思った。そんな時だ。男が消えた。音もなく、まるで最初からそこにいなかったかのように消えた。
「え?」
思わず声が出た。そしてその瞬間視界が真っ暗になった。
気がつけばおれはデスクにいた。おれだけじゃない処理班のメンバー全員がデスクにいた。今の今まで処理現場にいたはずなのに。戸惑いながら時計を見てさらに驚いた。時間が巻き戻っている。
デスクのパソコンも、壁にかかった時計も、自分のスマートフォンも同じ時刻を示している。時計のずれではなく本当に時間が巻き戻っていた。時刻は人身事故の連絡があった2分前。
驚いて周りを見渡すと班のメンバー全員が同じ反応をしており顔を見合わせている。どうやら巻き戻ったと思っているのはおれだけじゃないようだ。
夢だったのかもしれない。白昼夢とでも言うのだろうか。集団白昼夢。そんな言葉がぴったりな気がする。
そうこうしているうちに気がついてから2分が経った。そしてそうなるのが当然のように人身事故発生の連絡が届く。班のメンバー全員が顔を見合わせた。さっき見たあれが現実になるのだろうか。
「神よ! ああ、やっと一緒になれる!」
嬉しそうに叫んだ男の声を思い出す。右手を見ると小刻みに震えていた。