悪役令嬢の妹と俺の元に来た愛人の娘であるヒロインが実はめちゃくちゃ悪役令嬢推しでてぇてぇ過ぎた話でもする?
俺は推しのいる乙女ゲームの世界に転生した。
無論、メインキャラクターの一人にな。
そう、何を隠そう!
俺の名前はフレデリック・ル・ロシュフォール。
ロシュフォール公爵家の長男であり『乙女の指先は薔薇色に染まる』通称バラソマの攻略対象者なのだ。
しかし喜ぶにはまだ早い。
今の俺には愛すべき妹がいる。
彼女の名前はミシェル・ド・ロシュフォール。
そう、あのミシェル嬢だ!!!!!
おっと興奮してすまないね。
なぜなら彼女こそ俺の最推しであり、そしてバラソマ世界の悪役令嬢なのだから!!!!!!
艶やかな黒髪に気の強い漆黒の瞳は家族の誰にも似ていない。
それこそがミシェルがミシェルたる所以であり、彼女が孤高の存在であることを示している。
悪役令嬢のミシェルは十六になると、学園に入学し父の愛人の娘でもあるヒロインと出会う。
その瞬間、彼女の不幸な転落人生が始まってしまうのだ。
ヒロインはミシェルが片思いをしている婚約者の第一王子と恋に落ちる。
恋に落ちた二人はミシェルのことなど空気のようにぞんざいに扱い、自尊心を傷つけられたミシェルは何度も自傷行為を繰り返すようになる。
最後には美しくも嫉妬に狂った我が愛しき妹はヒロインをいじめ抜き、暗殺計画まで企ててしまうのだ。
そのことが王子に露見すると、全校生徒の目の前で彼女は婚約破棄をされ、そのまま身分剥奪の上、国外追放というテンプレ展開が待っている。
そんな最推しの姿をこの俺が黙って見ているはずがない。
俺は兄として生まれたあと、推しのミシェルを護るべく、日々研究に研究を重ねた。
どうしてミシェルの縦ロールがこんなにも可愛いのか。
どうしてミシェルは素晴らしいのか。
どうしてミシェルという女神がこの地に舞い降りてくれたのか。
心血を注ぎながら俺は研究に没頭した。
そして事あるごとに、彼女に研究結果を言い聞かせた。
「ミシェル、君はとても美しい。生まれただけで天使。それだけで尊い。呼吸さえしてくれればこの世は平和になる。君のその美しさでね。……え? 何を恥ずかしがることがあるんだ。これはれっきとした研究結果に基づく事実だよ。いや、しかし恥ずかしがるミシェルも愛らしいから、今夜も戦争は起きないね。うんうん、よくやった。流石はミシェルだ」
その結果、ゲームのミシェルより一層愛らしく純粋無垢な妹になってしまったのだが、これは一体どういうことだろう?
俺は研究結果に首を傾げるのであった。
きっとどれほど研究してもしつくせない、それもまたミシェルの魅力なのだろう。
「おい、ミシェルよ。フレデリックに嫌なことはされていないかい?」
「お父様、嫌なご冗談はよして。私、お兄様が居なかったら本当にひとりぼっちになりますのよ?」
なお、純粋無垢であると信じて疑わないのは兄の方であったのだが。
しかし、そんな俺たちの幸福な日々は唐突に終わりを告げた。
ミシェルが学園に入学する一年も前の話である。
とある休日、本筋ならば学園で初対面を果たすはずのヒロインが何故かうちにいたのだ。
大広間、父上の横に所在なく立っているのは見間違えようもなくヒロインであった。
まだあどけなさが残るものの、愛らしい桃色をした目立つ髪などヒロイン以外には有り得ない。
ヒロインの隣に立っている父上が申し訳なさそうに口を開いた。
「この子はアリスだ。母親が流行り病でなくなってな。うちで引き取ることにした」
知っとるわ!
とツッコミたくなる気持ちを抑え、俺は父上とヒロインを無視し、ミシェルにだけ話しかけた。
「さぁミシェル、一緒にお茶をしないか?」
こんな澱んだ場所に女神が居ていいはずもないだろう。
俺の意図が伝わらなかったのか、ミシェルはちらちらとヒロインの方を見ながら答える。
「でもお兄様、客人がいらっしゃるのですよ?」
あぁ、なんだその上目遣い!
可愛いにも程があってくれよ! 頼むから!!
俺はごくりと生唾を飲み込んで、ミシェルの肩に手をかけた。
神様、推しに触れることをどうかお許しください。
これは緊急事態なのです。
決して邪な感情からではありません。
と、言うか。そもそも神様のせいですよね。
ヒロインとミシェルがこんなにも早く出会ってしまうなんて、神様のせい以外にあり得ないですよね。
俺の最推しにどんだけつらい目に遭って欲しいんですか。
酷すぎません、いくら何でも。
ヒロインのクーリングオフとかないんですか。
消費者庁が黙ってませんけど。
「彼女は客人ではないよ。だからおもてなしは要らない。そうでしょう? 父様」
「あ、あぁ。実は彼女も私の娘で、えーっと、その……」
俺の眼光にやられたのか、父上はたじたじしていた。
ふん、滑稽なことだな。
「ま、待ってください!」
ミシェルのか細い指先が俺の腕にかかったところで、胸くその悪い萌え声が俺らを引き止める。
声の主はもちろんヒロインだ。
「わ、私もご一緒させてください」
ぺこりと頭を下げるその姿は純情そのもの。
しかし俺は忘れない! 貴様がゲーム内でした推しへの不敬をな!!!
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、大胆にもヒロインは言葉を発し続けている。
「特に麗しのお姉様には色々と教えて欲しいことがあるのです。淑女の礼儀作法はもちろん、その他お姉様の好きな食べ物、飲み物、読み物、お召し物、色、刺繍の柄、楽器、演目などなど沢山あるのです。時間はいくらあっても足りないほどですし。それとこれは本当はそこまでお聞きしたいわけではないのですが、でも聞いておかなければなぁという考えもあって非常に複雑なのですが、ここは敢えて聞いておきたい的なそういうとで、えーとつまり、お姉様が今現状お好きな人はいますか? あるいは、好かれているなんてことはありませんよね?」
唐突に話を吹っかけられたミシェルはその熱量に驚き、結果俺の袖を掴んでいる。
グッジョブ、ヒロイン――――なんて死んでも思わないからな!
とは言え、彼女がたじろぐ姿など幼い頃に見たきりなので俺は危うく鼻血を出すところであった。
ふー、あぶない。
と、ふと鋭い視線を感じ、そちらに顔を向けると何とあのヒロインが如何にもな悪人面で俺の事を睨んでいるではないか!
仮にも俺はバラソマの攻略対象者である。
そんな俺にガンを飛ばすなど、さてはおぬし!!!
はっと気がついてヒロインを再度見る。
すると彼女も俺の言いたいことが分かったのか、「そうだよ、ばーか」などという口パクを寄越してきたのだ!!! なんたる、屈辱!
くぅと下臍を噛んでいるうちにミシェルがヒロインに話しかけているではないか。
踏んだり蹴ったりとはまさにこの事である。
ミシェルは俺にも見せたことがないような照れた様子で、
「そ、そこまでおっしゃるのでしたら……」
それはご一緒にどうぞということですかぁぁ???
悪役令嬢らしからぬミシェルに憤り、同時にそんな姿にさえときめいてしまう。
最推しとは何と罪深い生き物なのだろう。
満更でもなさそうな妹の様子にヒロインはふるふると震え出した。
そうさ、俺はもう気がついてしまった。
逃げたら逃げた分だけ現実はどこまでも追い詰めてくるのだ。
だから俺はこの紛れもない事実を認めなければならない。
そう、ヒロインもまたミシェル推しだとね!!
こうして俺たちは何故か三人でティータイムを過ごすこととなった。
午後の穏やかな日差しを受けながら、うら若き二人の乙女が会話している。
「お姉様の中で最近ハマっているものはなんですか?」
「そうねぇ、実は先日お兄様に劇団に連れて行ってもらったの。素晴らしかったわ」
「なるほど、それはどんなタイトルですの? 気になった俳優はおりますの? それと、今度行くときは私も一緒に連れて行ってくださいませ」
「うふふ、一度に沢山聞いてくれるのね」
「ご、ご迷惑でしたか?」
「いいえ、とっても楽しいわよ」
照れたように笑い合う美少女二人の後光に目を窄めながら、俺はゆっくりとした優雅な動作でティーカップに口を付けた。うん、今日も美味しい。
ところで、ここはなんて名前の宗教画?
記録するべきじゃあないのかね。
ちょっとそこに立っている侍女たち! 今すぐここに著名な画家を呼んできなさい!!
――――なぁんてことを、公爵家の長男が言うわけもいかず。
はい、そうです。俺は今かなり困惑しています。
これは俺が夢見た世界線。俺のための世界線。
死ぬのか? もうすぐ死んでしまうのか?
根性で鼻血を堪えながら、麗しきこの世界に一つの言葉を贈ろう。
“TE-TE”
君たち、てぇてぇだね!!!
そこで俺の全身に衝撃が走り抜けた。
ビリリ、とそれはまさしく十万ボルトだ。
そう、このとき俺は世界の真理に終ぞ気が付いてしまったのだ。
……え? あれ、これってばもしかしなくても推しカプなのでは……!
「推しカプ」という概念にね!!
そんな非常にほんわかてぇてぇな俺得ティータイムは数日続いた。
は? 俺死ぬの? 尊死するの? と覚悟した瞬間は数知れず。
今日もそんな素敵なティータイムに思いを馳せて、散歩していた――――のだが。
庭園を歩くこと数分、この日俺はヒロインの秘密を知ることとなった。
薄桃色の綺麗な髪を掻き乱しながら、般若みたいな顔で彼女は怒っていた。
「はぁ?! なんだあのフレデリックとかいうやつ! 来る日も来る日も私とお姉様の前に現れやがって。前世でやり込んだゲーム知識でチート人生って思ってたのによぉ! その為に本来のストーリーより早く推しのミシェルに出逢えたのによぉ!! 何なんだよ、あいつはよぉ!! 攻略対象者のくせにミシェルにばかり張り付きおってよぉぉぉぉ……」
最後の方はすすり泣きに近いような声をしていて、純粋に心配してしまった。
というか、まさかの前世持ちな上にガチ恋気味な推し方してるやん。
俺知らんうちにめちゃくちゃ怨まれてるやん。
それもまたかわええやん。
……って、推しカプ萌え〜ってブヒブヒ言ってたらいつの間にか恨まれてるとか、俺の方こそ虚しすぎて泣けてくるわ!!
衝撃に足を止めた俺にヒロインが気付いた。
彼女の首がギロリと俺の方を向いた。
その様子はホラー映画さながらであった。
「何、見てるの?」
「……っう、す、すみません……」
驚いたことで俺の陰キャ属性が光る。
その俺の反応が予想外だったのか、今度はヒロインの方が驚いて、目をぱちぱちと瞬かせた。
「……あんた、もしかして」
ヒロインも俺が前世持ちだと気づいたようであった。
あはは、と乾いた愛想笑いを繰り出しながら、俺は下手に言葉を紡ぐ。
「えっとぉ、同担拒否っすよね?」
ピシリとヒロインの顬に筋が走る。
「あ?」
美少女の鋭い眼光ほど恐ろしいものはない。
俺はへこへこと頭を下げた。
「あーー、すいません、すいません。あの、ミシェルとアリスさんの二人が推しカプなんで正確には同担でもないんで、つまりはその、落ち着いてください」
ビビり散らかしていた俺の内心まで見抜いているのだろうか。
きっと見抜いているのだろう。
女性とはやけに勘の良い生き物だと、前世の俺が咽び泣いていた。
「はぁーーーーー」
長い長いため息の後、ヒロインはある提案をした。
「昔の話、全部聞かせてもらえるのよね? もちろん」
「はい!」
迷うことなく俺は是を選択。
ミシェルに変なことを吹き込まれて、遠ざけられる方が嫌だったからだ。
こうして俺はヒロインとミシェルからてぇてぇを供給して貰えることになったと同時に、前世持ちヒロインの下僕にもなったという訳なのだ……。
「俺はその話も含めてフレデリック込みの三人が、てぇてぇ、だっけ? そう思うよ」
王立学園に無事入学した俺の唯一の友人であり、俺が前世持ちであることも知っているリュカが目の前でくつくつと笑っている。
くそっ、イケメンだ。
彼の笑顔は大層美しく、無意識のうちに俺は彼から視線を逸らしていた。
同性だが、彼の視線にはなんとなく気恥ずかさを感じるのだ。
ふわりと窓のカーテンが風を呼び込み、そちらに気を取られた一瞬、がらりと教室の扉が開かれた。
先ほど話題にしていたミシェルとアリスのご登場というわけだ。
「お兄様、帰りましょう?」
ミシェルの女神の微笑みに、鼻の下が伸びる。
うへへ。
「ちょっと……!」
アリスに足踏みつけられ、俺は痛みを堪えた。
「じゃ、じゃあ。そろそろ帰ろうか」
ミシェルにバレないように公爵家の子息らしい笑みを浮かべる。
「えぇ。ところで、お兄様とリュカ様はなんのお話をされていたのです?」
純粋無垢な妹の質問に俺は涼しい顔をして返事をした。
「妹二人が可愛いって話だよ」
「あら、まぁ。うふふ」
「当たり前だよね〜?」
きゃっきゃと仲睦まじい姿に俺は天を仰いだ。
うん、いややっぱりてぇてぇだわ、うちの妹たち。
彼女たちの姿に満足した俺は、親友のリュカに向かって挨拶した。
「リュカ、また明日な!」
「うん、またね」
嫋やかに手を振って俺らを見送る彼の姿は正しく皇族のそれだった。
今日もちゃんと無事にリュカにも俺らの仲良さを見せつけられたってわけ。
そう、隠しルートである第二王子のリュカに、な!
シェルの幸せ人生計画は順風満帆なのだよ。
ふふふ、あーはっはっはっは。
「お兄様、どうかいたしましたか?」
「いや、なんでもないさ、ミシェル」
したり顔で笑いを堪え切れていないフレデリックを愛おしそうに見つめるリュカの視線に、彼本人は一向に気付かないのであった。
ようこそ、「バラソマ」スピンオフBL作品『子息たちのお戯れ』の世界へ。