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ファイアードレイク 二

私は平民街に走った。走りながら四つ足から二足歩行に、一つにくっついていた目は二つに分けて、裂けていた口も元に戻した。


まぼろし森――ときおり王都に幻影のようにあらわれていたそれ――は、じわじわと領域を広げつつあるようだった。私の目の前で、瓦礫と炎で埋め尽くされた風景に、滲むようにみずみずしい緑が広がっていく。

 

聖結界である【白夜】が弱まったせいで、本来そこにあった森が還ってきつつあるということなのだろうか。

王都の消えてしまった部分は何処にいくのだろう。もしも逃げ遅れたヒトが王都と一緒に消えたらどうなる? 私には検討もつかない。


(急がなくちゃ)


ようやくグレテルの家に着く。幸いなことにこの辺りだけ壊されても燃やされてもいない。

ファイアードレイク(フェリペ王)の匙加減だろうか。


「グレテル、無事?」


返事はない。

貧しげな家の中は荒れ果てており――おそらく略奪されたのだと思うが――、誰もいなかった。


「……多分無事に避難している、よね?」


不安になったが彼女はしっかり者だし、魔の森に対してスラムの住人のような恐怖心は持っていない。きっと大丈夫だ。

家の外に出て、他に逃げ遅れたヒトがいないかざっと確認していたとき、知っている声が聞こえてきた。


「シュー!」


「あっ、翼蛇!」


つややかな真鍮色の鱗に覆われた肢体と、銀の翼。王宮の厩にいたはずの翼蛇が、バサッバサッと羽音を立てながら降りてくる。


「どうしてここに? もしかして迎えにきてくれたの?」


「シュ!」


ルビーみたいな瞳がきらりと光る。どうやら本当に私を迎えにきてくれたらしい!

一緒に王宮に来てから、翼蛇には厩でのんびりしていてもらうことが多かった。数回中庭を一緒に散歩したくらいなのに、こうしてすっかり私に懐いてくれている。


「ありがとう! さっそくで申し訳ないのだけど、私を乗せて飛ぶことはできる?」


「シュー!」


翼蛇はいいよ! と軽く返事をしてくれた。助かる〜、私の両手両足は血みどろなのだ。

瓦礫だらけの場所を走るのは、ヒト型でも四足歩行でもしんどかった。この辺は魔素も薄いから傷もなかなか回復しないし。

私は翼蛇の背中にいそいそとよじ登った。ふふ、庭を散歩するときに鞍をつけて貰っていたのだ。これで一人でも乗れる。

 

さて、最初に向かうのは王宮のレオのところか、それとも時計塔か。

 

レオの魂が消えてしまう前に、急いでカケラを人造魂に入れなくちゃならないし、王宮のヒトたちも避難させなくちゃならない。私自身も結界の外に逃げなくちゃ、王都ごと消えてしまうかもしれない。

でも、時計塔のナウエルとアマリア姫のことが気になる。無事に人造魂を作って、逃げているだろうか?

 

つい一時間ほど前、海底のメガラニアでから私たちを王都に呼び戻してくれたのはカルフと名乗る少女だった。

少女といっても幼体成熟個体で、二千年以上生き続けている長のひとりだそうだ。

カルフから暴走しているファイアードレイクの居場所を聞いた私は、すぐそこに向かうことにした。そしてアマリア姫のカケラを人造魂にするというナウエルと、時計塔の前で別れたのだった。


私は翼蛇に乗ってまずは時計塔に向かった。



***************************

 

「ナウエル!」


時計塔の周辺はすでに炎に包まれていた。ゴウゴウと吹き荒ぶ熱風を、水路の水を使った即席のシールドで防ぎながら進む。

魔素が豊富な場所で良かった。翼蛇も特に恐怖心はないようで、自前の風魔法で飛んでくる瓦礫を粉砕しながら進んでくれる。助かる。

もうナウエルたちは逃げていると思うけど、なんとも言えない不安が胸をよぎる。中を確かめてみないと気が済まない。


「ついでに時計塔の扉を切り裂いてくれる? すごく重いんだ」


「シュ!」


翼蛇は元気よく返事をして、なんと扉を粉々にしてくれた。すごい!


翼蛇に乗ったまま建物の内部に入り込む。すごい熱気だ。普通なら息も吸えないはず。

あっ、いた!


廊下の影に水球に包まれたナウエルたちが見えた。カルフと、あとレナという赤毛の少女と一緒に気を失っているように見える。

どうやら避難が間に合わず、水球で熱気から身を守りながら気絶してしまったようだ。翼蛇と協力して外へ運び出す。

水球の中にアマリア姫は見当たらないが、ナウエルの手のひらに光り輝く緋色の石があった。アマリア姫のカケラは、無事に人造魂になったのだろう。

熱風をシールドで防ぎながら今度は王宮に向かう。

翼蛇に乗って上空へ飛び立つ。水球は魔法で浮かして持っていくことにする。

空から見た王都は大半が森に入れ替わっていた。

 

もう時間がない。

ない……。ないというのに。


王宮前庭は閃光と爆発音、轟轟と燃え上がる炎と土煙。戦闘が行われていた。

黄金の巨体はファイアードレイクだが、それに対峙している黒装束の人物がいる。

たった1人で多数の魔法陣を駆使しながら火竜を攻撃しているその赤毛の男は


「ルーカス!」


私の変態下僕だ!


「ハハハッ! ハッハハハ! とうとう本性を現したな、この化け物めが。我が家門を滅した仇、王の皮を被った魔物が!」


高笑いしながら特大の火球を浮かべるが、ファイアードレイクのひと息(ため息?)で掻き消される。


「ぐぬぬッ! これならばどうだ! ああ復讐に滾る我が血よ、死よきたれ! 我が身ごと燃やし尽くそうぞ!」


わあ人体発火っつかこれ※自爆術だな。


私は燃え上がるルーカスの体を水球で包み込んで鎮火する。まったく面倒な。こっちはナウエルたちのことも運んでて大変だっていうのにさ。


自爆術を防がれたルーカスは、水球の中でしばらくもがいていたが、目を見開いたまま気絶した。すぐに血を分けてやらないと、魔力損失が激しすぎて死ぬだろうね。まったく、重ね重ね面倒な。


翼蛇に乗って地面に降り立ち、ひとまず安全そうな物陰にナウエル達を置き、ルーカスを魔法で引き摺り込む。

手首のあたりを食い破って下僕の口に血を注いでやる。もう慣れたがなかなか慣れない。痛いし。あとで殴ってやるぞルーカス。

大体ご主人様がいるというのに自爆しようとは、下僕としてちっともなっていないじゃないか。フェリペ王に恨みが深いのはわかるけどもさ。

 

ふと視線を感じて王宮の玄関を見ると、こっちを伺っている人影が多数。その服装から、警備隊、近衛師団、魔術師団の面々と見てとれた。

皆んな傷ついてボロボロだ。なるほど、ファイアードレイクと戦ってほぼ全隊戦闘不能になり、最後にルーカスだけが残っていたということなのだろうか?


だとすれば言動はおかしくても下僕は魔術師団長としての勤めを果たそうとしていたのかな。


「王女様!」


ヨタヨタと駆け寄ってくる人物に見覚えがある。大怪我を負っているようだが、褐色の肌に琥珀の瞳の近衛師団長隊長、ヘラルドだ。


「王女様! 戻ってきてくださったのですね。我が家門の忠誠を」


ギシャアアアアアッ


錆びた剣を掲げながら走り寄ってきたヘラルドに、ファイアードレイクが咆哮をあげながら襲いかかる。


「危ないっ」


大剣のような爪を咄嗟に出したシールドで弾くと、火竜は怒りに燃える瞳で私ではなくヘラルドを睨め付けた。

なおも剣を掲げて、なぜか執拗に忠誠を誓おうとするヘラルドを尻尾で跳ね飛ばそうとする。


「おじいちゃん! やめて! あなたの臣下だよ」


そう言って立ちはだかる私の頭越しに、ファイアードレイクは火焔を吐いてヘラルドを威嚇し、そして力尽きたように倒れた。

倒れ伏した巨体から見る間に鱗が剥がれ落ちていく。姿を現したのはげっそりと痩せ衰えた黒髪の青年――フェリペ王だ。


「呪いは……かけさせぬっ……!」


振り絞るように叫ぶと、そのまま白目を剥いて気絶してしまった。


「おじいちゃん!」


慌てて駆け寄って抱き起こす。昨日の昼間に会った時とは別人のように、骨と皮に痩せ細ってしまっている。

魂の消耗があまりに激しかったのだろう。当たり前だ。火竜に返信するには多量の魔素が必要で、それだけ魂を酷使して魔素を汲み上げたのだから。


「ちゅう……せい……をぉっ」


不気味な声に振り返ると、火竜の火焔に煽られて頭がチリチリになったヘラルドが、錆びた剣を掲げてこっちにはいずってくるところだった。煤で真っ黒な顔の中、目だけがランランと輝いている。

あまりの異常さにひっと声が出る。錆びた剣の周りには魔法陣がいくつも浮かび上がっている。「縛」「括」「繋」「さもなくば」みたいな内容のものばかり。さっきフェリペ王は「呪いはかけさせぬ」って言ってたよね? まさか


バキィッ!


長い脚がヘラルドの手から錆びた剣を吹っ飛ばす。


「痴れ者め。それは忠誠などではなく、縛りの呪いだ」


そう言い放ったのは我が下僕ルーカス! 役にたつじゃないか。そのままズンズンと飛んでいった剣に近づくと、思い切り足で踏んづけて折ってしまった。


「なっ……なんて事を! 我が家門に伝わるコンラドの聖剣がッ! おのれぇっ、この」


「眠れ!」


私は慌ててピンクのもやでヘラルドを眠らせた。またルーカスとヘラルドで戦われたら収拾がつかないから。


「ルーカス、ありがとう」


一応ちゃんとお礼を言っておく。ヘラルドの不気味さに一瞬固まってしまっていたので危なかった。

こいつにお礼を言ったのって初めてじゃないか? いつも罵り罵られの関係だったし。ふふ、私の素直な態度にこいつったらどんな反応を……。


「フン」


一瞬眉を顰めて鼻から息を吐くだけとかくっそ!





※ゲームでママがルーカスからヴィオレッタを守るために使った術

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