魂の秘密
大分時間が空いてしまいました。
視界がぼやける。
いつのまにかナウエルの手を握っていた。大きくて冷たい手だ。
私たちを覆っていた膜は、知らないうちに溶け落ちていたようだ。
――彼女の過去から、なかなか意識を切り離せない。
踏み躙られた痛ましい人生。
愛する者や仲間を虫けらのように奪われたのだ。
だがそれだけではない。彼女は途方もない忍耐と努力を積み、大陸ごと海に沈めるという物凄い復讐を遂げた。
彼女が人生をかけて辿り着いた智慧も、目を見張るものがあった。
それは魂についてのいくばくかの――但し極めて重要な――真実だった。
長年【白夜】や人造魂の研究で魂に触れ続けてきた彼女は、老年になって三つの真実に行き着いた。
一つ目は【白夜】にかけられた魂の行く末だ。
ただ摩耗し消滅すると思われていたのだが、実際は消えるのではなく霧散するのだ。そして長い年月をかけて集積し、なんと魂として復活するのだ!
無惨に消え失せると思っていたものが蘇るとは、なんと言う救いだろう。
キルケーも喜びと安堵の涙を流していた。自ら手にかけた同胞の魂たちは、消えたのではなかったのだ。
復活するのならば、当然再会したいと思うものだ。彼女もそれを願った。
ただ、復活にどれだけの時間がかかるかは魂によって大きく差がある。普通であれば生まれ変わり再び会える可能性はほぼゼロだし、当然前世の記憶など消えている。
だが、人造魂にされた者は別だ。
キルケーの二つ目の発見は、人造魂には本体の魂のカケラが宿っているというものだった。
人造魂の被術者がそのまま死ぬと、魂の一部が足りない状態で生まれ変わってしまう。それゆえ強烈にカケラに惹かれる。
カケラ方でも魂に惹きつけられる。そしてお互いに引き寄せあった魂とカケラが融合すると、前世の記憶が蘇るのだ。
だからキルケーは身内の人造魂を積極的に作り、彼女の魔法人形に託していた。メガラニアが滅びたあと、遠い未来で再び会えるように。
三つ目の発見も素晴らしい。
人造魂に期せずして宿っていた魂のカケラについてである。
魂のカケラとは、その人そのもののことだ。人間性や言動、どう生きたのかということ。平たく言えば人格や記憶だ。
人格や記憶は、普通に死んで生まれ変われば残ることはまずない。ほとんどの場合は、その魂に溶け込んでしまうからだ。
それを繰り返して、魂はどんどんと個性的になっていくものらしい。美しいものもいれば、醜いものもいる。雄大なものもいれば卑小なものもいる。
醜い魂を持って生まれても、その人生を通して綺麗に磨かれるものもあれば、その逆も然り。
人造魂にされた者については、その人格や記憶がカケラとなって魔宝石に保存されてしまう。
ほとんどの人造魂は魔法人形により保管されているが、母性特化人造魂のように広く流通したものの中には、残念ながら散逸してしまったものも多い。キルケーは、いずれすべて集めるつもりでいた。
私は彼女の願いは引き継ごうと思う。足りないまま生まれてきてしまった魂をそのままにしては置けない。
皆キルケーの過去に入って出会った人々だ。私は彼らひとりひとりの顔が分かるし、どんな笑い方をし、泣き方をし、どんなふうに喋り、家族を抱きしめ、生きてきた人なのかも知っている。切り捨てられるはずがない。
そして私は、個人的にキルケーに恩があると感じている。これは私に関する推察なのだが……。
地球で死んだ二十三の魂はこの世界でヴィオレッタとして生まれ変わった。そして二十三の人造魂に宿っていた魂のカケラと融合することで、記憶を取り戻したのではないか。
あの朝海馬が鼻に乗せてきた青い魔宝石こそが、ハツミの魂のカケラが入った人造魂。キルケーが地球の装置に留め置かれていた私の記憶と人格を移した魔宝石だったのだ。
だとしたら、キルケーは私の魂にとっての恩人だ。彼女が私のカケラを広大な宇宙から持ち帰り、魔宝石に移しておいてくれたおかげで、私の魂は全きものになったのだから。
(あなたの苦痛に満ちた人生に心からの哀悼を捧げ、授けてくれた智慧に深く感謝する。どうか再び降り積もり、輪廻の輪に還ったあなたの魂が平穏と共にあらんことを)
私は祈り、感謝を捧げた。
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(ねえナウエル)
話かけたつもりが声が出てなかった。
喉に力を込める。
「ねえ、ナウエル」
「なんだ、ヴィオレッタ」
私は繋いでいた手をぎゅっと握った。
「アマリア姫の魂も霧散してしまったのだと思わない? 胎の中の私を生かすために消費してしまったのだと思っていたけど、キルケーの過去を見た今なら分かる。【白夜】にかけられた魂と同じように、世界中に散ってしまって、何千年もかけてゆっくりと復活するんじゃないかな」
「ああ。俺もそう思うよ。この十年間、彼女の魂を修復しようと必死に俺の血を注いできたが……。アマリアに残っているのは、魂のカケラだけだったようだ。魂そのものはとっくに散ってしまっていたのだな」
胎の中の私を育てるために、アマリア姫は自ら【白夜】と同じことをしたのだ。私の産みの母はものすごい人だったと思う。
「肉体に残ってるカケラを人造魂に入れることはできないかな」
「そうだな。アマリアの生き方を無駄にはしたくない。研究所の中に空の魔宝石が残っているはずだ」
何千年も先、もちろんナウエルはいない。誰も残っていない。生まれ変わったアマリア姫が記憶を取り戻すなんて残酷かもしれないけれど。
それでもナウエルが言った通り、生き方を無駄にはできない。彼女の壮絶な生き方はその魂に融合すべきだと思ってしまう。
彼女がカケラと出会えるかはわからないが、魂とカケラは惹きつけ合うのだから、出会える可能性はある。
「じゃあやることは決まったね。空の魔宝石は持ってる?」
「いや持ってはいないが、ここの研究所にはいくらでも転がっているだろう。魔宝石を見つけたらアマリアのところへ向かう。俺の血の効力が消える前にカケラを魔宝石に移さなくては」
「人造魂の造り方は分かる?」
「ああ当然。キルケーの過去で見ただろう?」
人造魂造りには複雑な術式を刻んだ魔法装置が必要だったが、人魚である我々なら自らの魔法だけで十分だろう。
私とナウエルは手分けして研究所跡を探した。キルケーの過去に入ったおかげで、メガラニアのどこに何があったのか知っている。魔宝石はあっさり見つかった。倉庫だった場所には、メガラニアの研究員たちが使う最高品質の魔宝石が沢山あった。
ナウエルが選んだのは燃え盛る炎を固めたような緋色の石だ。「アマリアと相性が良さそうだ」というのが理由らしい。飛び出すように駆け出すナウエルの後を追う。アマリア姫に血をやらなくてはならないのは朝六時。今はまだ2時だから十分時はあるはずなのだが、きっと気が急くのだろう。
転移陣に戻ると、ウアピがうろうろしていた。
「ギュリギュリ!」
焦った様子で必死に何か訴えてくる。
「え? 何かあったの?」
「ギュリギュリギュリ!」
「王都が燃えてるって?! あー、なんかフェリペ王が貧民街を燃やしてしまえって言ってたけど」
不敬な噂――貧民街で暴れた紫の一つ目の化け物が、実は王女である私の正体だ(事実)――が流れていて、その出所である貧民街を燃やせと、フェリペ王が命令したのだ。昨日の昼餐会でのことだよね。
本当にやったのかおじいちゃん! ちょっとそれは良くないよね。あそこは確かに治安悪いけど、ヒトいっぱい棲んでるし、ハナタレの坊主とか子どもだっているしさぁ。
止めに行かなきゃだな。
「ギュリギュリ! ギュリリリ」
「え? 貧民街だけじゃなくて王都全体が燃えてるの? どうしてそうなった!」
「ギュリギュリ」
「おじいちゃんが錯乱して暴れてると……」
御乱心のおじいちゃんが黄金のモンスターに変身して王都中に炎を放っているらしい。そして逃げ惑うヒトたちは、ちょうど開いていた魔の森の入り口に殺到しているだとか。




