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キルケー 二

それからさらに数十年経ち、彼女は老婆になっていた。

研究員たちは代替わりしていたが、キルケーは汚れしごとを一手に引き受ける雑用係として相変わらず働き続けていた。

研究所での呼び名は「魔女」。嘲と畏れと嫌悪が入り混じった蔑称だ。


キルケーは命じられるがままに同胞の人造魂を作ってきた。ある時を境に、むしろ積極的と言えるほどに。人造魂のために人格を削り取られた者は【白夜】にかけられずともいち早く廃人となってしまうというのに。


奢り切った研究員たちはそんな彼女を「魔女」と蔑むだけで、その従順さに疑いを持たなかった。同じ人間と思っていなかったのだろう。

下層民などこんなもの、家族や友人を思う気持ちも下等で愚鈍であると決めつけていた。


何という愚かしさ。彼女は従順な仮面の下に煮えたぎる復讐心を隠してきた。冷静に、用意周到に、長い年月をかけて。


キルケーは五十余年にも渡る下働きで、研究所の隅々まで知り尽くしていた。

下層民と侮られ、重要な研究からは遠ざけられていたが、彼女の知性と探究心は一流だった。廃棄された資料を漁って最先端の魔法理論を学び、ゴミ捨て場の片隅で研究に明け暮れた。

そればかりか、無数に行ってきた【人造魂】と【白夜】により、研究所のだれよりも魂というものを理解していた。


(眩しい)


キルケーはメガラニアの最下層の小部屋にいた。海馬の魂とその魔宝石がある場所だ。メガラニアの動力源になっているそこは厳重に守られ、研究所の人間と、()()になる下層民たち以外は入れない。

いつもだったら【白夜】を刻み込んだ哀れな下層民たちを引き連れているが、今日はキルケーひとりと、魔法人形が一体だけ。


(私の魂を捧げるわ。丸ごと)


この日のために周到に準備してきたのだ。

亜麻色の髪にオレンジの瞳の少女人形は、かつてハツミを宿すために作ったものだ。今はキルケー自身の人造魂を入れ込んである。


(人造魂に人格を入れ込んだ私は、もう複雑に考えることはできない。でも魂と繋がった体さえここに運ぶことができれば、あとは魔法人形がやってくれる)


術式を刻み込んだ魔宝石を魔法人形に渡す。

これからキルケーは【白夜】を発動し、一瞬にして魂を燃やし尽くす。海馬の魂に【白夜】の術式を刻み直す為ではなく、消すために。


「海馬よ、これからあなたの【白夜】を解除します。忌々しいメガラニアは沈むわ。でもごめんなさい……【隔魂術】を解除することはできないの。それにはあなたの肉体をここに連れてくる必要があるから」


さすがに海馬を研究所内に入れたらばれる。第一広い海のどこにいるかも知らないのだ。


それから彼女は魔法人形に言葉をかけた。


「あとはあなたに任せるわ。海馬の【白夜】を消したら、メガラニアはあっという間に海に落下して、そのまま沈むはずよ。可哀想な魂たちを使って築いた文明ごと葬り去ってやるのよ。そしてその後は人造魂から魂のカケラたちを解放して……」


(キルケー)は復讐し続ける」


「復讐し続ける? 復讐はこれで終わりよ。お前、何を言って」

 

狼狽した様子の老婆に、魔法人形は黙って魔法石を掲げた。眩い光と共に老婆が一瞬で炭になる。


暗転。


数多の命とともに海に沈んでいくメガラニアを、無表情の魔法人形が眺めていた。

脱出経路から無事に逃げ出し、あらかじめ用意してあった船に乗ったのだ。


(キルケー)はメガラニアを沈めた。永遠に失わせた。研究員たちの業績を無にし、彼らの国を消した。これから(キルケー)は……」


それから魔法人形はニヤリと醜い笑みを作った。


「彼らの子孫を同じ目に合わせる。世界中探して、黒髪紫眼の血を追い詰め、決して繁栄などさせず、私が創った国で『白夜』にかける。同じ目に合わせる。黒髪紫眼の犠牲で栄えるのは(キルケー)たち下層民の子孫」


憎しみと怒り、復讐心に突き動かされて、魔法人形は何千年も世界を彷徨った。

老婆(キルケー)が願ったのはそんなことではなかったのに。魂の研究を続けるうちに、その真実の欠片に触れた彼女は、失われた同胞たちとの遠い日の再会だけを願うようになってきたというのに。

魔法人形に入れ込んだ人造魂に、老婆(キルケー)は憎しみを注ぎ込みすぎたのかもしれない。怒りを溜め込み過ぎたのかもしれない。


かくして、子どもじみた空想のような復讐劇が、人魚たちを巻き込んで壮大に繰り広げられることになったのだ。

 

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