キルケー 一
『ちょっとまったぁああ――!!!!』
私はキルケーの背後で声にならない叫びをあげた。
二十三? ハツミ? 聞き覚えがありすぎる!!
これってもしかして、これってもしかして……!!
『どうした? ヴィオレッタ。何か気になることでもあったのか』
少し慌てたようなナウエルの声が聞こえてきた。
『あったも何も……!』
言葉にならなくて絶句する。なんで? どうして? 頭が働かない。
『ちょっと落ち着いてくれ。没入状態をいきなり止めることはできないんだ。人造魂が壊れてしまうかもしれないし、こっちの精神にも悪影響があるかもしれない。何があったにせよ、最後まで続けよう』
『う、うん……大丈夫、じゃないけど、わかっ……たよ。うん。』
ちょっと待ってほしい。それだけだ。頭が追いつかない。
すーはー。深呼吸する。
何があったとしてもこれは過ぎ去った過去なのだ。ジタバタしてもしょうがない。
ナウエルの言う通り、最後までちゃんと見るしか、今はできることがない。
*******
実験番号二十三――ハツミという名のホムンクルス――によれば、滅びの風が吹き荒れるその星は、かつて地球と呼ばれていたらしい。
地球の人類たちは、メガラニアの人たちと同じような外見、身体構造を持っていたようだ。
少女型の人造生物であった彼女は豊かな感情を持っており、ただ母なるものを恋慕っていたが、奪い尽くされ、嘲られ、蹂躙され尽くして死んだ。誰も恨まず、最後まで母に触れて欲しいと願ったまま。彼女の楽しみ『永遠を君に』という乙女ゲームと呼ばれていたものだけ。
そして星が滅びたあとも、彼女の意識の残響だけが虚空に呟き続けていたのだ。一体誰が、何のためにこんなことをしたのだろうか。
(何だかとても残酷だわ。何百年? 何千年?もずっと誰もいない空間に呟いているなんて)
キルケーは彼女を哀れに思い、せめて呟きをとめてやろうと金属の塊を探った。光るボタンがあったので押してみたら、金属の塊から薄い金属板が吐き出された。そして金属塊からは何も発信されなくなった。どうやらこの金属板がハツミの記憶媒体だったらしい。
「これに少女の記憶や人格を記録してあるようね。原理のわからない技術だけど、魔法具開発のヒントになりそうだわ」
彼女はそれを持ち帰り、密かに研究対象とした。
友人や家族、そして自分自身の意識を、同じように記憶媒体に移せないかと思ったのだ。
海馬の魂を手に入れても尚、魔法研究所は下層民から魂を接収するのをやめなかった。むしろもっと加速した。
【白夜】の術式を、頻繁にリペアする必要があったためだ。
海馬の強靱な魂が刻み込まれた術式を拒み続けたため、人の魂を消費して常に【白夜】をかけ直さねばならなかった。
既にキルケーの身近な人間にも魔法研究所の手が延びていた。
いち雑用係であるキルケーにそれを止める術はない。だからといって、身内が廃人にされていくのをただ見ていることはできない。せめて人格だけでも魔宝石に避難させることはできないかと思ったのだ。
キルケーは研究を進め、まずは廃星で見つけたハツミの人格と記憶を魔宝石に移すことに成功した。
「ふふ……この青い魔宝石が『人造魂』第一号ね。これをこっそり作っておいた魔法人形にこめればハツミは蘇るわ。自由に動く手足と、苦しくも痛くもない体を手に入れたら、彼女は喜ぶかしら? それにコンプレックスだった外見も可愛くしておいたわ。亜麻色の髪にオレンジの瞳。オレンジは私の好きな色なのよ。私があなたのお母さんになったら……どうかしら?」
だがキルケーは実際に魔法人形に人造魂を込めることはしなかった。そんなことは間違っていると、彼女の心は分かっていたからだ。
(ハツミの魔宝石は壊すべきだわ。元の薄い金属板は破損してしまったし、魔宝石を壊せば彼女は永遠にいなくなる。その方がきっと良い)
同じように、家族や友人の心を人造魂に移すことも間違っていると感じていた。
魂が滅びたのに魔法人形として生き残るなんて、そんな虚しいことはない。
ただキルケーは、逃げたかったのだ。少しだけ夢見たかったのだ。魂を奪われてしまっても、家族や友人たちと魔法人形になって楽しく暮らすのだと。一緒にいるのだと。
(馬鹿ね……私ったら。そんなこと誰も望まないわ。人造魂の研究はこれで終わりよ。資料は明日すべて捨ててしまおう)
しかしそんな彼女の思いも虚しく、秘密裏にやっていたはずの人造魂研究はとっくにバレていた。
黒髪紫眼の研究員たちはキルケーの研究を奪い、容赦のない形で開発した。
研究員たちが完成させた人造魂は、その人の最も良きものを削り取り、魔宝石に落とし込むという非道なものだった。
例えば子沢山の父親だった友達は、母性特化の人造魂の元にされた。その人造魂は子育て中のメガラニアの上層民たちにとてもウケが良くて沢山売れたから、研究所はキルケーに大量生産を命じた。
研究所のボスは、魂だけでなく人格まで下層民を有効活用できた事にご満悦だった。どうせ【白夜】を発動してしまったら廃人になってしまうのだから活用しなきゃ勿体無いじゃないか、と。
キルケーは黙ってこれを引き受けた。
それからさらに数十年経ち、彼女は老婆になっていた。




