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没入装置

なんで私をつくったの? そう意を決して聞いたのに、ポエムが返ってきた。会話は終了だ。

ポエマーに何を尋ねてもポエムしか返ってこない。ムダだ。


「……」


私は無言でナウエルに案内された部屋に入った。

まるで古代の円形劇場のような作りだ。真ん中の広場と、同心円上に段々になっている座席。

広場の中心には光る穴があった。あれが人造魂を入れる場所かな? 装置っぽいのはあそこだけだし。

 

ナウエルは躊躇わずにその穴にに歩み寄り、封印箱の蓋を開けた。


「あっ、直接触らない方が」


私が警告すると、「そうか?」と言っていきなり箱を逆さまにして穴の中に宝石を落とした!

ちょっと乱暴すぎないか? 雑っていうか。割れたらどうすんだ。


「ん? なんだその顔は。ああ、人造魂はわりと衝撃には強いから心配ない。そのへんに座るといい」


そう言うとナウエルは私から離れた場所に座った。途端に泡がかれをドゥルンと包み込む。


「え? 何その泡。大丈夫なの?」


驚いて聞くと籠った感じの声が返ってきた。


『ああ。こういう仕組みだ。人造魂に没入している間は生身の意識が散漫になる。体が無意識に動くことがあるから、怪我をしないように泡で包まれるだけだ』


そ、そうなのか。私も覚悟を決めて中心から離れた場所に座った。すぐに同じように泡に包まれた。

頭に何かが流れ込んでくる。

偏光オレンジの髪の少女の斜め後ろ姿だ。夜の雑踏を歩いている。

すごいな。もう没入しているのか。

 

私はぐるりと彼女の前にまわり込んでみる。どうやら立ち位置は自由に変えられるようだ。

ウアピの過去に入り込んだ時とは違ってその人自身になるのではなく、第三者的な視点。

いわば主人公の周囲に浮かぶ幽霊的なポジションだ。

 

うん、これなら安心して見られるな。


キルケーは一七歳くらいだろうか。ゲームのヒロインだったセシリアそっくりだ。

グレテルにもよく似てる。彼女は今はまだ幼いけど、成長したらこのキルケーという少女そのものになるだろう。

当たり前か。キルケーは自分そっくりにグレテルを作ったんだもんね。

肩で切り揃えた偏光オレンジの髪に同じ色の瞳、小さく形の良い鼻に、ちょっとぽってりした唇。

笑顔に少し影を感じるけど、とても可愛らしい少女だ。

この子が、いやこの子の人造魂があんな邪悪なガマガエルになるなんて、ちょっと信じられない。


「キルケー、おかえり! 串焼き食べて行きなよ!」


「お疲れさん、キルケー! 饅頭持って行かねえか? 弟たちが腹すかしてんだろ」


次々に声をかけられる。皆親しげにニコニコしながら湯気の立つ食べ物を差し出してくる。

彼女は人気者らしい。呼び止められる度に笑顔で立ち止まって、嬉しそうに立ち話をしている。

 

メガラニアの下層地域にある、広大な夜市の雑踏。

色とりどりのランプが風でゆらゆら揺れている。串焼きや饅頭が描かれた看板には見覚えのある文字が踊り、蒸籠や鍋から漂う湯気の向こうから、見慣れた服装の売り子が呼び声を上げる。

彼女の知識を通して、私はここを馴染みの場所と感じている。六千年前の夜市だなんて……すごく不思議なんだけどね。

まぼろし市場に似てるなぁ。水葬の湖にたどり着く前に迷い込んだあの場所だ。何か関係があるのだろうか。


仕事帰りの彼女は、いつもこの夜市に寄って食料や日用品を買い込んでから家に帰る。ほっとするひとときだ。

下層民ながら優れた魔術の才で魔術研究所に()()()()された彼女は、皆にとって下層民の星で、自慢のタネなのだ。研究所で身分の高い黒髪紫眼に混じって高尚な研究をしていると思われている。

だが実際は、低い出自を嘲られ汚れ仕事ばかりさせられているのだが……皆はそれを知らない。

彼女は下働きであって研究員ではない。魔術研究所の研究員はすべて黒髪紫眼が特徴の支配階級だ。彼らが下層民であるキルケーを同列になど扱うわけがない。


(今日の仕事も辛かった。あの『隔魂術』とかいうのを人に試して、魂で魔素を汲み上げる実験。研究員たちは『白夜』という名前をつけるとか言っていた。あんなことをしたら魂が損耗してしまう。よくもあんな酷いことを。ああ……でも実際に手を下したのは私のこの手だわ」


辞める自由などない。下層民にそんな権利はない。

やらなければキルケーが実験台になるだけ。下層民のくせに魔術が使える彼女のことを、面白くないと思っている研究員はたくさんいる。

汚れ仕事を引き受けているから生かされているだけだ。

それに彼女が辞めれば、当てつけに身近な人間が実験に選ばれるだろう。近所の友人や家族が。

研究員はそういうことを平気でやる。下層民や奴隷のことを同じ人だと思っていないのだ。


キルケーは歯を食いしばって仕事に行き、哀れな奴隷や下層民たちに『白夜』をかけ続けた。

『白夜』は大量の魔素を汲み上げることができる。そのため魔術より遥かに優れた魔法が可能になり、メガラニアは急速に発展。結果黒髪紫眼の研究員たちがますます権勢を強めた。

やがてメガラニアは、人口の数パーセントである研究員がその他の階級を魔法で支配し魂を接収する、歪な国となっていった。


キルケーが20代半ばに差し掛かった頃、大きな転機があった。

海馬を捕まえたのだ。この世に一体しかいない、魔物でも動物でもない神聖な獣と恐れられてきた海馬を。

研究員たち総出だった。魔法で隷属させたクラーケンや魚龍を何千体も使役して海馬を捕え、その魂に『白夜』をかけたのだ。

その魂は特別だった。壮大で美しく、永遠に手の届かないなにかを秘めており、不滅だった。

畏れ震えるキルケーを他所に、研究員たちは有頂天になってそれをメガラニアの最深部に閉じ込めた。かくして魔法はさらなる飛躍を遂げたのだった。

大陸は宙に浮かび、海は底の底まで暴き尽くされた。永遠の生が探求され、その過程で魔物とヒトを掛け合わせたさまざまな亜人が誕生した。

星々の間を転移し他の星の生命体を探す研究もあったが、これは失敗に終わった。ただ一つ、廃星に到達できただけだったのだ。


この危険を伴う任務にはキルケーが派遣されていた。彼女は壮年に達していた。


「おかしいわね。意識を持った生き物に座標を合わせて転移したつもりだったのに。ここに生き物はいないわ」


汚く使い倒されたその星に生命は絶えて久しく、地中の巨大な空洞に文明が滅びた跡があった。

キルケーが目標点にしていた「意識」は複雑怪奇に組み合わさった金属の塊から発せられているようだった。

意識を翻訳する魔法具を通して、彼女はその正体を探った。


「意識というより、その残穢のようなものね。……名前はハツミ? 実験体23番、人造生物?」


 

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