海底遺跡メガラニア
「うわあーー、うわわわぁー!」
目の前に広がる風景に思わず間抜けな声が出る。前世にゲーム画面で見ていた光景だが、実物のスケールの大きさは半端ない!
林立する奇妙な尖塔、その間を行き来している不定形の泡のようなもの――これは確か塔を繋ぐ通路だ――、地表はバラバラのピースで覆われ、それは並んで宙に浮いたり、空に積み重なったりと不思議な動きを繰り返していた。海底に沈められて六千年も経つのに、何を動力としているのだろう?
言葉を失って立ち尽くしている私の背中に、何か柔らかいものが触れた。
「ギュリギュリ」
「あ、ウアピ! 久しぶりだね、元気にしていた?」
巨大魚龍ウアピが、唇で私のドレスを挟んで引っ張る。こんなもの脱いじゃいなさいよ? と言っている。
確かに身体にまとわりついて邪魔だな。ウアピに手伝ってもらって、簡素な下着のワンピースだけを残して脱ぐ。もう慣れたもので、私の下半身はおまじないなしでも魚に変わっていた。
さっき時計塔で飛び込んだ召喚魔法陣はウアピのものだそうで。
よく見ると足元には巨大な魔法陣が描かれていた。だとするとここはメガラニアの中央広場かな? ゲームではここを起点にしてダンジョンに潜るのだけど、ゲームではレアな魔法遺物を使って短時間がやっとだった。
「ウアピ、召喚してくれてありがとう」
涼やかな声に振り向くと、同じく人魚型になったナウエルが静かな眼差しでこっちを見ていた。
波打つ淡い金髪と、空色の瞳。色合いは違うが、顔立ちは私に似ている気がする。やはり男神みたいに逞しくて美しい。
深海なのに色彩まで鮮やかに見えるのは、人魚の特殊な目のおかげだろうか。
改めて目の前の人魚をまじまじと見る。この男人魚が私の生物学上の父親か。
私が産まれた時には、既にこの男は時計塔で拷問にかけられていたと聞く。あんな拷問を受けていたら、赤ちゃんの顔を見る余裕なんてないだろうな。つまりこれは初対面ということ?
変な感じである。前世はクローンもしくはホムンクルスだったので父親という存在は未知だ。
それ以外に特に感慨みたいのはない、と思う。だけど……なんか、やけにジロジロ見てくるなぁ。近づいてきたぞ。えっ近い。距離近すぎこの人魚! 鼻と鼻がくっつきそうなんですけど。
「アマリア……の気配はしない。君はヴィオレッタだけか? ナニか混ざっていないか?」
な、ななな何です? 意味が分からない。ああ前世の記憶があるからそのことかな? でもアマリアの気配って何よ。
「君の魂……どこか遠い。どこか変だ。あの悍ましい【白夜】ではなさそうだが」
「ギュリギュリ」
ウアピが「ちょっと離れなさいよ、嫌がってるじゃないこの子」と間に入ってくれた。助かるー。
「【隔魂術】は使っているよ。王都で【白夜】を発動してしまわないように、私の魂は青い魔宝石で隔てられている」
「青い魔宝石だって!?」
ナウエルが目を見開いて叫ぶ。
食いついたのは【隔魂術】じゃなくて青い魔宝石の方だ。
「それは深い海のような青か? これくらいの小さいやつ?」
「う、うん。小さくて、そうだね、深い海みたいな青だったよ」
ナウエルはああ〜と言いながら顔に手をあてて身を捩った。苦悩のポーズ。
「ギュリギュリ?」
何かまずかったわけ? とウアピがあきれ顔で聞く。
「あれは俺の宝石箱にしまってあったやつだろう!? メガラニアでせっかく見つけたお宝なんだぞ! 勝手にとるなんてドロボーだ! それにあれは何か凄く変なもんが入ってる石だったじゃないかー! あんなもんをヴィオレッタに使うなんて!」
「ギュリギュリ、ギュリギュリ!」
あんな高濃度の魔宝石なんて滅多にないじゃない、ここぞとばかりに使わなきゃどうするのよ? それに変なもんなんて入ってなかったわよ? とウアピさん。
なんで言葉が通じてるのか謎だが、エル・クエロもそうだったし深くは考えまい。
変なもんが入ってたっていうのは気になるけど……。今大切なのは時間のはずだ。
「明日の朝六時に戻らなくちゃいけないんでしょ。早くいこうよ」
「ギュリギュッ、ギュリリ」 そうよ早く行きなさいよ
「はあ……、まったく仕方ないな。ではヴィオレッタ、まずはあの尖塔に向かうぞ。キルケーの人造魂は持ってきたのだろう?」
私は黙って封印箱を彼に見せた。中にはキルケーの人造魂が入っている。
以前ウアピにしたように、私がキルケーに直接没入することもできるかもしれない。そっちの方が手っ取り早い。だけどどうしても抵抗がある。
この真っ赤な宝石はなんとも禍々しい気配を発しているのだ。フェリペも危険だから決して直接触れるなと言っていたしね。
なので安全策をとって、メガラニアの施設を使うことにしたのだ。人造魂に没入できる施設があるとフェリペ王から伝え聞いている。きっと直接やるより安全だ。
そしてメガラニアについて一番詳しいのが、目の前にいるこのナウエルだそうで。
ナウエルは私の手を掴んでぐんぐんと泳ぎだした。私の泳力では足手纏いにしかならない感じだったので、されるがままにする。ナウエルの背中、めっちゃでかい。大人の男の人魚は水葬の湖で見たことがあるけど、ここまでたくましい感じではなかった。人魚にだって個体差はあるだろうけど、突出している気がする。
そういえばゲームのヴィオレッタも背が高くて体にもグラマラスな厚みがある人だった。遺伝かな。
前世はポンコツホムンクルスだった私にとって、頑健な体の価値は天井知らずだ。そのことだけは、素直に健康な体をくれた生物学的な父親に感謝した。
ただやっぱり気になる。
なぜアマリア姫との間に私という子をつくったの?
ウアピの悲劇があってから、人魚族の長たちは仲間に伝えてきたはずだ。ヒトとの間に子をつくることの残酷さについて。
母体が人魚なら魚龍に成り果て、ヒトならば死ぬ。そして子どもは殆ど胎の中で死ぬ。産まれてきても長くは持たない。
私は奇跡的に無事に産まれてくることができたけど……。母親のアマリア姫は死んだ。ナウエルの血を与えることによって肉体は生きていると聞いたけれど、それって生きているって言えるのかな。
子ができればアマリア姫も、お腹の子も死ぬと聞いていたはずなのになぜ私をつくったのか。
ナウエルは十年もの間、アマリア姫を生き返らせるために自らを血を搾る拷問にかけ続けてきた。そこまで愛していたというのに、なぜ?
どう考えても分からない。
やがて目当ての尖塔に近づいた私たちは、周りを漂っている不定形の泡にグイグイと体を押し付けた。するとぐにょーんと壁が伸びて中に入ることができた。
泡の内側は半透明でぽよぽよとしている。これは尖塔同士を移動できるエレベーターのようなもので、行きたい塔に向かって自由に動かすことができる。
尖塔に明確な入り口はないが、泡がくっついたところに穴が開いて、そこから出入りできる。
私たちは泡に乗って緋色の尖塔の上層階に入った。何やらキラキラする壁と不思議な感触の床に恐る恐る足を踏み入れる。浸水は一切なく、ほのかに明るく、新鮮な空気で満たされている。これもメガラニアの技術なのだろうか。
ずんずんと迷いなく進んでいくナウエルに引っ張られながら、私は辺りを見回した。
六千年も前に沈んだなんて信じられないほど、どこもかしこもシミや綻び一つない。
壁も床も触れたり歩いたりすると僅かに凹んで光が散るが、すぐに元通りになる。
「この建物もあの泡も生き物でできている。小さな虫の集まりのようなものだ。メガラニアが生み出した魔法生物のひとつだよ」
ナウエルが静かな声で告げる。
「俺のことはナウエルと呼んでくれ。ヴィオレッタ、君に会える日をずっと待っていた」
よかった。父さんと呼べとか言われたら拒否するしかない。
「……ナウエル。あなたが私の父親なんだよね?」
「そうだ」
「なぜ私をつくったの? 母体も子も死ぬと知っていたでしょう」
唐突すぎる問だと分かっているけど、止められない。
「つくった? 俺は君をつくった覚えはない。君は遠くからやってきた。扇形に広がった宇宙の果てにある、魂の潮溜まりからやってきた。箒星のように堂々と荘厳に。アマリアと俺は結ばれる前からそれを感じていた。自分たちの元に星が落ちてくるのを、受け止める以外の選択肢などないよ」
「……」
なんかポエム返ってきた。そういうのいいから。




