対面
「拷問官! 扉を開けよ」
フェリペ王が声高に叫ぶ。ここは王宮からほど近い上級貴族街の時計塔だ。
重そうな扉がギイイイと不気味な音を立てて開く。
ゴクリ……。私は唾を飲み込む。
私の拷問官のイメージは、怪しい目出し帽のムキムキのおっさんだ。そんで片手にはペンチとか拷問器具を持ってるの。
「お待ちしておりました」
イメージに反して、姿を見せたのは細身で小柄な人物だった。灰色のフードをすっぽり被っていて顔は見えないが、声からして若い女性のようだ。
意外だ。
そのまま私たちは、さらに奥にある扉の内側に案内される。
(うわっ、血生臭いな〜)
その縦長の空間はカオスだった。
歯車がカチコチカチコチと規則的な音を立て、振り子の揺れに合わせて、天井から吊るされた血だらけの囚人が揺れている。
そしてその囚人の下には啜り泣いている子どもが一人。ダークブロンドに思慮深そうな青灰色の瞳の、作り物めいた美麗な少年だ。
「エル・クエロ? ここで何をしてるの」
「あ、ヴィオレッタ。何ってきみのお父さんが心配で来たのさ。僕の番……元、番でもあるし。そうだ聞いて、ヴィオレッタ! 今日のナウエルはいつもより元気がないんだ! もう血を取られすぎて限界なのかもしれない。そろそろ下ろしてやれないの? 」
エル・クエロは涙を払うと、私の後ろに立っていたフェリペに迫る。
「ヒトの王よ! このままじゃナウエルは死んでしまう。魔素が濃いからなんとか生きながらえてきただけで、もう長くは持たないよ。どうか彼を許してやって欲しい」
フェリペと少年の間に、灰色フードの拷問官がさっと割り込んだ。
「控えなさい、エル・クエロ! これはその囚人が望んでやっていること。それに血の供給を止めれば、地階の姫は泡となって消えてしまうでしょう」
「でもレナ!」
二人が揉み合ったせいで拷問官のフードが外れて、素顔が顕になった。
(あの女性は! ウアピだった時に一緒にいた……確か、ナサレナ?)
巨大魚龍の過去に入り込んでいた時に、レオたちと共にいた魔術師の少女だった。キルケーに騙されて魚龍に齧られ、瀕死の状態だったところを、人魚の長に助けられた少女だ。
まだ生きていたのか、人魚の血を分けられたとはいえ、あれから千年だと言うのに。
私はナサレナ、今はレナと呼ばれている少女を観察した。
顔立ちはあの頃と変わらないはずなのに、ずいぶん雰囲気が変わっているような気がする。はにかみ屋の優しい少女だったのに、臈たけたと言うのだろうか、何か腹の底が見えない凄みを感じる。
燃えるような赤髪はルーカスそっくりだな。まさか血が繋がってるとかないよね?
「エル・クエロとやら。お前の望み通り、その魔物を下ろしてやろう。ただし解放させるためではない」
フェリペが無表情に言葉を重ねる。
「キルケーの人造魂を暴くためじゃ。それにはメガラニアの遺跡に行く必要があるのじゃ。それに、あの子の魂を回復させるには、そこの魔物の血では足らぬらしいからのう。遺跡にいけば何かの手がかりがあるかもしれぬ。そ奴はメガラニアの内部に詳しいと聞く。そ奴にヴィオレッタを案内させるのじゃ」
「え、私もメガラニアに行くの?」
初耳なんだけどおじいちゃん! 言葉足りなさすぎ! いきなり会ったこともなかった生物学的父親と海底遺跡に行けとか。
「ああ。人魚でなければ行かれぬ場所じゃからな。古代メガラニアの文明についての伝説では、海に沈んだ遺跡の内部に様々な施設があったということになっている。その中に人造魂を没入する大掛かりな施設もあったはずじゃ。そもそも現存している人造魂はメガラニアの遺物であって、現在の魔術では再現不可能な代物じゃ。人造魂のことが知りたければ、メガラニアに行くのが近道じゃろう」
そういえば、メガラニアは海中遺跡のダンジョンとしてゲームにも出てきた。海底に沈んでいるため、特殊な魔法具を使って短時間だけ探索可能だった。
魔法石や魔術具の採取のためたびたび訪れたが、何がどこにあるのか決まっておらず、成果は運頼みだったなー。
開けたことがない扉も沢山あった。今の私の体なら魔法具なしで長時間探索できそうだな。
うん、父親と一緒っていうのは気が重いけど、探索はちょっとは楽しみかも!
それに、ママが首からかけていたアメジストの人造魂――壊れてしまったのを泉の底で修復中――は、一向に治る気配がないし、シンマスさんも心配だ。
人造魂とシンマスさんの魂は深く馴染んでいたみたいだから、人造魂がひび割れてしまった時にシンマスさんの魂にも傷が入っていておかしくない。しかもすぐに無理やりキルケーの人造魂とくっつけられて、すごく負担がかかったんじゃないかな……。
メガラニアに行けば、人造魂のことが分かるのなら、ママ……シンマスさんのためにも行かなくちゃ。
今は少しでも情報が欲しい。、
「しかし姫さまは毎日二回血を浴びなければ……。明朝の六時までに帰って来られるのですか?」
ナサレナが気遣わしげに言う。
「カナラズ、カエル」
奇妙な声に振り向くと、空色の瞳が私を見つめていた。
いつの間にか床に下ろされた囚人は、癒しの淡い光に包まれたいた。
フェリペが手をかざして回復魔法をかけているのだ。
ナウエルの切り裂かれた皮膚は僅かな赤みを残して癒合し、地肌が見えていた頭部は淡い金髪に覆われる。
グチャグチャになっていた全身の骨は元に戻り、しなやかで強い筋肉が輝く肌の下に再生していく。
「きみが、ヴィオレったカ」
長身の青年が私を見下ろす。素晴らしく均整の取れた美しい肉体は、まるで伝説に出てくる男神のようだった。
父娘の再会だよね? これって、と思う間もなく、青年は私の腕を掴んで走り出す。
「へ? あわわわわ!」
「急いデ、向カウ」
目の前に展開された魔法陣に飛び込むといきなり海中だ。
うわっ、ドレスがビッショビショなんですけど! いきなり何してくれんのこいつ!
随分と時間が空いてしまい申し訳ございません。
まだ読んでくださっている方はいらっしゃるでしょうか。。。どうぞよろしくお願いいたします。




