表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/104

時計塔の拷問官 一

 ミルク色に霞む視界に、ぽつりぽつりと温かな火が灯り始める。ヒトの召使たちの(あかり)だ。貴族の館で働く彼らは日の出まえから仕事にかかる。弱々しく儚い火だが、私にはほっとするような穏やかな灯りに見える。

 とはいえ、私がヒトに親しみを感じるのは朝のこのひと時だけ。いつも通り、誰にも見つからぬように密やかに表通りを抜け、裏路地に入る。首元の詰まった灰色の上衣をきっちりと着込み、さらに灰色のローブをすっぽりと被っているので、肌はもちろん目立つ赤い髪も完全に隠れる。

 修道女のようなこの格好は十年変わらない。目立たず、誰の目にも留まらないように。ここで注目を浴びるわけにはいかないから。


 一番街。ここは王宮に最も近い上級貴族が住まう街だ。王宮に次いで格式が高く警備も手厚い。不審者がいればすぐに捕まってしまうだろう。影に徹する私に声をかけてきた者などいないが、用心するに越したことはない。

 だから今日のような濃霧は願ったりだ。

 私はは上機嫌で濃い霧を口に含んだ。鼻から潮の香が抜けていく。


 ――ああ海の香りだ。

 

 厚いローブの下で、海に居る主人のことを想って微笑む。忌々しい【白夜】のせいでめったに逢えなかった主人が、ついこの間会いに来てくれた。…その時のことを思い出すと、口角が自然に上がってしまう。


 私の名はレナ。千年あまり前に人魚族の長の一人であるカルフ様の(しもべ)となった。元はヒトであったそうだ。始祖の勇者レオとやらと一緒に北の大陸からやってきたのだとか。

 あのマヌケが勇者などど笑わせる。キルケーとやらに良いように騙され、【白夜】に削られ続けている愚か者。

 あやつの聖結界のせいで、カルフ様は故郷から隔たれてきたのだ。許し難いことである。

 しかし最近になってヴィオレッタ(あの子)が国に戻ってきたという。あの子が最初の人魚を【召喚】してくれたお陰で、今や人魚が人魚を呼び寄せることができるようになったのだ。人魚にとって、王都はもはや出入り自由というわけだ。

 お陰で私はご主人様に頻繁に会えるようになった。

 一千年にわたり王都に潜んできた苦労もようやく報われる。

 カルフ様の命令通りにヒトに混じって暮らし、ヒトの男と番って沢山の子を産み育てた。その歳月の退屈で長かったこと。

 いくらお側にいたいと頼んでも、ご主人様は困った顔で「番を見つけて子を産み育て、ヒトとして幸せに生きよ」と言うだけ……。

 けれど、私はカルフ様の(しもべ)として()()()()()()()子孫を育てた。

 子孫は魔術に長け、宮廷魔術師となって王宮内で勢力を広げた。デルガド家という赤髪が特徴の一族だ。彼らは二百年ほど前に王族の最側近となる専属侍従の地位を考案し独占するようになった。表向きは王家の血を適切に管理し絶やさぬ為の役割だった。しかし彼らの狙いは王族が子を成さぬようにすることや、【白夜】発動の前に命を落とすように画策することだった。他の家門の目もあるため、すべては奥深く隠され、もどかしいほど慎重に行われた。その甲斐あって王族はこの二百年で明らかに数を減らし、今やフェリペ王とヴィオレッタ(あの子)のみ。ミゲルは王族とされているが、王色の薄さから【白夜】発動は無理だろう。

 フェリペは鉱山を守る【白夜】を発動済みである。ヴィオレッタはすでに人魚が手を回して、魂を魔法石に移してある。その魔法石がグラナード大陸に持ち込まれぬ限り、【白夜】の行使はあり得ない。

 だからレオの魂が消えれば、王都を守る聖結界は消え去り、二度と構築されることはない。そうすればカルフ様の故郷である魔の森が還ってくるのだ。

 私の子孫の働きで、今や王国の聖結界は風前の灯というわけ。あとはただ時を待てば良い。

 すべてが終わったら、私はもう二度とカルフ様のお側を離れないつもり。


 私は鼻歌まじりで古ぼけた扉を押し開ける。

 上機嫌もここまでだ……。ギイイイという錆びた蝶番、それからむっとする血生臭い空気、加えて絶え間ないうめき声。ここ最近はそれに加えて懇願する子どもの哀れっぽい声も追加ときたら、うんざりしてしまう。


「あ、レナ。おはよう」


「……」


 涙まじりの子どもの挨拶を無視する。大人気ないとは思うが毎日泣き言を聞かされるのは鬱陶しい。

 それにこの子どもに見える人物は私と同年齢だ。カルフさまと同じ幼体成熟の人魚で、エル・クエロという名を持った長のひとり。


「ねえレナ大変なんだよ。ナウエルが返事をしないんだ」


「……」


 だからなんだ。ここに吊るされている人魚は十年前から殆ど言葉を発しないのだから、もはやこれが通常運転だ。

 彼が発するのは聞き苦しい呻き声だけ。吊るされて血を絞られているのだから仕方ない。口や喉などの発声器官は特に念入りに壊されていると思われる。


「あなたの質問がしょうもないからではないかしら?」


 泣きつかれることにうんざりした私は、辛辣に聞こえるように声を尖らせた。


「僕がいながらなんでヒトの姫なんて選んだんだ〜とか、僕となら幸せになれたのになぜ? なんて言われても答えようがないと思うわ。そこの彼は本物の番に出会ってしまったのだから、仕方がないことでしょう。第一その人魚は男性として性化してしまったのだから、同じく男性の君とは今更どうあっても番えないでしょうに」


 つらつらとした物言いをしながら、私は改めてエル・クエロという美麗な少年を観察した。輝くダークブロンドに白磁のような肌、工芸品のように整った顔立ちと宝石のような青灰色の瞳。溢れ落ちる涙でさえ思わず掌で受け止めたくなるほど美しい。

 そこに吊るされている人魚も、しなびる前は大層な美青年だった。

 美少年と美青年、悪くない。


「ふむ……、それもアリかしら?」

 

「それもアリ? って何」


 キョトンとした表情のエル・クエロに、私は肩をすくめて見せる。人造生物である彼らは、自然界に広く存在する同性愛をあらかじめ排除されているのだろうか? なぜ同性愛の概念さえ彼らの文化にないのか謎である。いやそもそも性別が番との相互作用で決まるというのが、かなり特殊なのだから考えても無駄だろうか。


「今夜スラム街の地下にあるそういう酒場に、君を連れて行ってあげましょうか? どう?」


「ソウイウサカバ? それは何をするところなの?」


「行けば分かるわ」


ボーン ボーン ボーン……


 軽口を叩いている間に時が進んだらしい。時計塔が六の時を報せ、少年が「ああ……」という絶望の呟きを漏らす。

 それを受けて、私はパチンと指を鳴らした。十年前より毎日二回行われる拷問の始まりだ。

 フェリペ王が構築した魔法具――黒く錆び付いた回転する刃――がブウウンという不気味な振動と共に降りてきて、逆さに吊るされた哀れな囚人を切り刻んでいく。

 

 ひっという声が青年の口から漏れる。塞がりかけたばかりの傷がふたたび切り開かれるのは辛かろう。襤褸からのぞく肌からは鮮血が溢れ、傷だらけの顔を赤く染め淡く輝く金髪を伝って床に滴り落ちる。そこには乳白色の漏斗が設置されていて、床下に血を集める仕掛けになっている。

 ある程度血が集まったのを見計らって、拷問官たる私は階下に降りる。

 十年前にカルフ様から賜ったこの役目。気は進まぬがやる他はない。

 フェリペ王と人魚族の盟約に基づいた重要な仕事なのだ。その上、拷問される側であるナウエルが喜んで受け入れているのだ。奇態なものだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ