建国祭にて
悪役王女ヴィオレッタが、心を入れ替えて【白夜】を発動する。
(なんだそれ……)
私は蘇ってきた記憶に愕然とした。
でもそれが、ゲームクリアの条件だったのだ。ヴィオレッタが【白夜】を発動することが。
(なんだそれ!)
だって【白夜】の発動イコール精神荒廃&魂摩耗の破滅コースだよ!
【白夜】を発動した時の姿で千年生きることができるとしても、絶対にお断りだ。フェリペ以外の歴代王族たちはどうなっているのか知らないけれど、最後は勇者レオみたいになるって事でしょ。一国を救うためとは言え、あんな廃人になったうえに、魂までも滅ぶなんてそんなの無理!
でも実際に【白夜】が消えてしまったらどうなるのだろう? 魔物が押し寄せて来て、王都も王国民も蹂躙されるのだろうか。
王都ごと次元の彼方に吹っ飛ぶ可能性もある。前にも考えてみたけど、【白夜】は結界魔法ではなくて、異空間に王都を創造し、触れたものをそこへ転送する装置である可能性も高いから。
いずれにしても、危機が迫っているのは既に分かっていることなのだから、他の大陸に逃げれば良いだけの話だ。うんうん、私が犠牲になる必要はない。
え? 貴族は逃れられても、平民はどうするって? そ、それは国が責任を持ってやる事でしょう。世界一富裕な王国として、有り余る富があるんだからさー。
国の上層部は貧民など見捨てるって? まあ……そうだろうね。でもだからって私が犠牲になるのは違うでしょ! 王族として血税で育てられたならまだしも、産まれてすぐ捨てられたのだし。今は王女の身分とはいえ、ここで暮らし始めて、まだ一月と経ってない。
もちろんグレテルたちのことは助けるよ、それくらいは私でもできるだろうし。
でもああ例えば侍女のララたちは? 彼女たちの実家は家柄は良いけどさほど裕福でもないらしい。彼女たちをを見殺しにするのはちょっと……キツイかも。心の距離はできてしまったとは言え、良くしてもらっているわけだし(仕事だからかもしれないけど)
ララたちだけ助ける? でも皆んな家族や友人はいるわけで、自分達だけ助かっても辛いよね。かといって私が全員を避難させるなんて無理だよな。
うーんもしも、もしもだよ? 私が自己犠牲精神か何かに目覚めて【白夜】を発動したとしたら、このグラナード王国は助かるけれど、人魚たち亜人は子孫を残せなくて絶滅してしまうわけだよ。魔の泉がないと彼らは繁殖できないのだ。そして私には彼らの血も半分流れているのだ。
わあぁ! なんだか詰んでる。
ゲームの設定ではどうだっただろう。
そうだ……確かヴィオレッタたちが学園を卒業する手前の十八歳の冬頃、レオの魂は消滅寸前となるのだ。
そして聖結界が弱まったことで王都は度重なる魔物の襲撃を受け、多くのヒトの命が失われることになる。
その上、魔族(人魚たち亜人のことだね)と手を組んだヴィオレッタが彼らを王国内に侵入させ、グラナード王国は存亡の危機を迎えるのだ。
そこでセシリアと攻略対象からなる一行がヴィオレッタを倒そうと挑むのだが、彼女はあまりに強すぎて歯が立たない。そう、倒すどころか壊滅させられそうになるのだ。そんな絶望的な状況のなか、何かがヴィオレッタの心を変える。
そして、レオの【白夜】が消滅する前に、ヴィオレッタが新たなそれを発動することで王都は護られる。
それがゲームの筋書きだった。
いったい何がヴィオレッタの心を変えたのだろう?
今の私でさえ【白夜】を使うなんて考えられないのに、ママをヒトに殺された彼女が、ヒトの王国ために犠牲になるなんてあり得ない。
魔族(亜人たち)と手を組んで王国を滅ぼそうとまでしていたんだよ。急に「反省」なんかするわけないじゃないか。
何か理由があったはずだ。例えば、自分を犠牲にしてでも助けたい誰かがいたとか……、ああ首の後ろがざわざわする。嫌な感じだ。思い出さなきゃいけないのに、吐き気がしそうに思い出したくない何か。
「ヴィオレッタよ、宮廷魔術師が持っている箱は例のあれか?」
フェリペの声にハッと顔を上げる。
つい考え込んじゃったよ、王族とその従者とかいるのに。
「はい、急ぎご覧に入れたいと思いましてお持ちしました」
なんとか動揺を取り繕って、ルーカスの手から封印箱を取り上げる。ちなみに下僕はぐにゃぐにゃになって回廊の隅に寝ている。なぜかって? さっき私が魔法で眠らせたからだ。これはいつものことだ。だって下僕ったら、フェリペを見た途端毎回攻撃魔術を放とうとするんだもん。
「えっ、あの者はどうしたのですか?」
とルーカスを見ながらドン引きしているのはミゲル王子だけだ。うん、彼は初めて見ただろうしね。
ちなみに他の侍従たちは「またか」と言う風に流しているだけだ。
もはや王に遭遇した途端攻撃しようとするルーカスと、それを素早く眠らせる王女……は日常的な風景となっているの。
なぜ問題にならないのかって? 王が許しているからねえ。それにルーカスが超有能な魔術師でも、王にはまるで歯がたたないから、実際脅威はないし。
いや異常だとは思うよ。白昼堂々と国王を狙うテロリストが王女の侍従とかさあ、まぁ狂ってるよね。
だからドン引きしてるミゲル王子、君の反応は正しいぞ!
「ふむ、良くやった。では他国との挨拶が済んだら、早々に退出するぞ。まずは王都の時計塔にいる囚人に逢いに行く」
はて囚人とは? と内心首を傾げる。あ、でも時計塔って確か……。
ナウエルの死骸? (あれ? 死んでないんだっけ?)が吊り下げてあるところだったよね。なんでそこに行くんだろう。
「畏まりました。でもなぜそこへ行くのですか?」
「んん? 暴く方法が知りたいのであろう?」
フェリペ王、言葉が足らないよ〜と突っ込みたかったのだが、私たちのやりとりに周りの侍従たちの雰囲気がズンッ……と沈んだのが気になってしまう。また何か誤解されている?
(時計塔の囚人)(囚人)(痛ましい……あらたな囚人は暴かれるのか)
(暴かれる……腹を掻っ捌かれるとか?)(腹を掻っ捌く方法を伝授……)
(建国祭の挨拶もそこそこに、またも囚人あそびかよ)
――水牢あそびならぬ、囚人あそび! 腹を掻っ捌く!
耳が良すぎる故に周囲のヒソヒソ話しが聞こえてしまう。チラリとフェリペを見るが、何も聞こえていないようだ。私だけか。
違うっつーの! と叫びたい衝動にかられていると、突然荘厳なかんじの音楽が鳴り出した。王族の入場の時間になったようだ。
侍従長に案内されながら庭園に設えられた席に向かう。豪奢な天幕の後ろに見える白亜の塔が例の聖灯台だろう。王宮で、いやグラナード王国で一番背が高い建物だが、白金の光源は塔の先端よりもはるか上空に浮かんでいる。あれが始祖の勇者レオの魂だ。眩い白金に翳りは見えないが、いつ消えてもおかしくないのだという。乙女ゲームでは学園卒業手前まで保っていたが、現実でもそうなる保障はない。
再び嫌な予感が胸に広がる。なぜだろうか。
【白夜】の消滅は気にかかるが、私にとって究極の恐怖ではない。だって私の一番大切な人は安全な場所にいる。シンマス・モレノは魔の森で守られている。
それなのになぜ、こうも胸が騒ぐのだろう。
(うわー、肌がチリッとする)
しずしずと歩んでいる私の頬のあたりに、居並ぶ貴族たちの視線が集中しているのを感じる。仮面をしていてもなお皮膚につき刺さるそれは、間違っても好意的なものではない。品定めするようなねっとりとした視線はまだ良い方で、嫌悪を隠さないもの(おそらく私の出自に対する)や、最悪は明確な殺意まで。
驚愕と恐怖に満ちた視線もある。チラリとそちらを見ると、蒼白な顔で私を凝視している人物が居た。
(あれが私の毒殺犯かな? )
年若い、まだ少年と言ってもいい年齢の男だ。給仕たちが着るお仕着せに身を包んでいる。昨夜の晩餐で私にスープを供したのもこの男だ。昨夜も引っかかるものがあったのだ。プラチナ・ブロンドと緑の瞳って確か……。
「ウィルフレドか」
思わず倦んだため息が出る。あんなのでも攻略対象のひとりだった。嫉妬から幼い王女に猛毒を盛るなんてクズいよな。前世でも全く興味が湧かないキャラだったし。
彼は後宮の妃の一人が産んだ子だが、その色彩により王族とは見做されなかった者のうちの一人だ。そういうものは成人したのち臣籍降下して公爵位を持つが、名ばかりのものでこれといった実権も財産も与えられない。
そのため自らの実力で掴み取ったものが無ければ、特に周囲から尊ばれることもない。一定の年齢に達したら後宮からも放り出され、妃の実家などに返されるのだ。(しばらく後宮に留め置かれる理由は、ごく稀に王色が途中で現れることがあるから)
彼は今学園にいる年齢で、成人前のはずだ。長じては学園の教師として生計を立てる。確か魔術と薬学を併用した分野でそれなりに優秀で、毒を使った癖のある攻撃がお得意のはず。攻略具合によってはラスボス討伐に向かうメンツに加わることもあったけど、あまり役に立たないんだよね。いわゆる軟派キャラで、女子生徒に人気の学園教師という役どころだが、王家に対する執着と復讐心が黒々と心に渦巻いている人物だった。
まあ気持ちはわかるよ。母親を召し上げておいて、王色が足りなければポイ捨てだもんね。母様の身分の低さもあいまって、後宮でもめちゃくちゃ馬鹿にされて育ったみたいだし。
でもそれを私に向けるのは間違いだ。昨夜のお前の毒、最高にエグかったぞ!
そして王族は羨ましがるようなものじゃないぞ! 国の維持のために精神荒廃&魂まで滅びる地獄を味わいたいのかね? この事実は知られていないから仕方がないが。
ちなみにヒロインのセシリアはうまいこと彼の王家へのコンプレックスを操って、ミゲル王子との仲を取り持つんだよね。憎悪の矛先をヴィオレッタ一人に向けることでさ。
王族用の天幕に着いた私は、早々に侍従長にウィルフレドを私の給仕に付けるうように指示を出すのだった。
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「お前の晩餐での給仕が気に入ったのだ。昨日のことは覚えているな?」
俯いて跪くウィルフレドの肩を、伸ばしたつま先でツンとつつく。
召使など人とも思わぬ、尊大で傲慢な仕草を意識する。前世で散々見たヴィオレッタ王女そのものになりきってみる。
「一味付け加えたであろう? あれは臓腑に染み渡ってえも言われぬ心地になったぞ」
そう言いながら、今度は額をつま先でツンとつつく。
「顔をあげよ」
無理やり上向けた顔は憎悪に歪み、緑の瞳は射殺さんばかりに私を睨みつけた。
「この男は……!」
ミゲルがハッとしたように声を上げた。ウィルフレドは数年前まで後宮に住んでいたので、同じく後宮暮らしの王子とは当然面識がある。
「お前は……儂の子のひとりか。確かウィル何某とか言ったか」
冷たく突き放すような声はフェリペだ。冷ややかな眼差しは息子に向けるものとは思えない。王色を受け継がなかったとはいえ名前さえうろ覚えとかちょっと酷すぎると思う。そりゃあひねくれるよな、でも許してやらないよ。
こいつには昨夜だけでなく、おそらく何度も毒を盛られているからね。
王宮内は魔素が多いから食事の必要はないけれど、ちょっと口寂しい時なんかはあるし、客が来るような食事会では一口も口をつけないわけにはいかないでしょう? いちいちルーカスの毒味魔術で大騒ぎになるのが本当に鬱陶しかったんだ。
だから騒ぎにならないようにサイレントモードの毒味魔術を習得させたんだけど、面倒だの何だの下僕がうるさいし。
そういえば原作のヴィオレッタはヒトの生き血を啜るとか言われていたな。実際にそんなスチルもあったし。
ゲームのプレイヤーの間では、単なるシリアルキラー扱いだったけど、なんか違うかも。
彼女が生きていくだけなら、王宮に満ちている魔素だけで十分だったはずだけど、例えば毒に侵されたらどうだろう。魔の森に行ければ回復できそうだが、原作に魔の森に彼女が行ったという描写はない。
だとしたら、回復するために魔素を濃く含んだヒトの血肉を喰らうことはあり得るよね。
王都には王宮を中心に魔素が漂っているからね。スラムや貧しい平民が住む周辺部には皆無だが、富裕な平民が住む街や、貴族街など、王宮に近づくほど魔素が濃くなり、そこで暮らす人々の血肉には魔素が多く含まれる。
ヴィオレッタが貪っていたのは王宮に住む召使や下級の侍女などだった。彼らの血肉には、さぞや多くの魔素が含まれていたことだろう……彼女が毒を盛られ、暗殺されかけて傷を負うたびにそうやって犠牲になる者がいたということだ。
私は運良くレオを扉にして魔の森に行けるようになったし、肉体を燃やして復活できるっていう特異体質? を持っているからヒトなんか食べなくてもすんでいる。けれど、もしもそれが無かったら同じことをしていたかもしれないな。いや……、ヒトを食べるくらいなら、人魚たちに白い粉を頼むかな。でも借りが増えるのは辛いなー。
ま、とにかくコイツが毒を盛ってくるせいで(他にも犯人がいるかもしれないけど)、私は大変不自由で面倒な思いをしていたのだ!
「汚れた不義の子め! 旅芸人風情を父に持つお前のようなものが、なぜそれほどの王色を持っているのだ! グゥッ」
ウィルフレドがやおら立ち上がり叫ぶが、瞬時にフェリペの魔法で縛り上げられ、床に叩きつけられる。
「この魔女め! 貧民街で暴れた化け物がお前の正体という噂が、王都中に流れているぞ! だから正体を暴いてやろうと魔物殺しの毒を盛ってやったのだ。それなのになぜ生きているのだこの化物! お前が巷でなんと呼ばれているか王は知っているのか」
人喰い魔女でしょ? 知ってるよ。フェリペ王の情報網はなかなかすごいんだ。グレテルたちの家の場所や家族の様子も把握していたし。きっとファンタジー小説に良く出てきる影みたいなヒトたちがいるんでしょ。それとも魔法とか?
それにしてもコイツ馬鹿だ。自ら私に毒を盛ったことを白状しちゃってる。私を見た時の挙動が不審だったからこの場によんだだけなのにね。ま、給仕に化けてる時点でなんか企んでるのバレバレだけどさぁ。王族に危害を加えようとしただけでも死罪だ。
「水牢へ連れて行け」
フェリペが冷めた声で告げる。
「それと貧民街は今夜にでも燃やしておけ。不敬な噂の出所のようだし、無法者たちの根城になっている」
こ、今夜にでも燃やすとな? ヒトいっぱい住んでますけどいいの? まあ私も、あそこに良い思い出はないけど。地下娼館から逃げ出した、気が狂った奴隷とか思われて、石を投げられたな。うんうん、民度最低だったよね。
フェリペの無情さに引きつつも、私たちは最低限の挨拶を終え、早々に時計塔に向かうのだった。




