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水牢の始祖

 魔法陣を通り抜けるといきなり水中だった。“扉”であるレオが水の中に居るとこうなるんだけど、最近多いな。


「ガボボボ!?」


 隣で溺れているルーカスを水面へ引っ張り上げる。

 こうして溺れるのは何回め? ほんと学習能力ないなー。


「ゲホッ、ゲホッ……また水中に沈んでいるのですか始祖よ! 体が腐りますぞ」


 悪態をつくルーカスを尻目に、私は水中に目を凝らした。海藻や牢の格子を抜けて入り込んできた魚の群れの奥に、ぷかりと漂っている物体がある。流木にしか見えないが、あれがレオだ。今日も大きめの魚につつかれている。

 

 あいかわらず、始祖の勇者にはとても見えないな……。

 あんまりな姿だよね。情けないというか惨めの極みというか、さすがに胸がキュッとなるよ。

 こういう姿を見ると、つい考えちゃうよ。なんで彼はこんな苦しみを受けなくちゃいけないんだろってさ。


 ウアピとレオの間の子はとうの昔に死んでしまった。その遺体さえキルケーに弄られ、彼女の新しい容れ物として作り替えられてしまった(キルケーの思惑から外れて空っぽなはずの肉体には魂が宿り、平民街でグレテルとして生きているけどね)。

 苦悩と月日と【白夜】に苛まれて荒れ果て、今にも朽ち果てようとしているこの男には、魂さえも残らない。

 彼が一体何をしたっていうんだろうね。


 なぜ千年前の【白夜】の媒体にレオの魂が選ばれたのか。キルケーの目的な何なのか。

 それから、彼を解放する術はないのか。

 紅の人造魂(キルケー)を暴いて、知りたいことは沢山あるのだ。


 時間が惜しくなった私は、水牢の扉を開けてすたすたと歩きだした。

 早くフェリオペ王(おじいちゃん)のところに行って、キルケー(人造魂)を見る方法を教わらなくては。


「殿下! お待ちください、またそのような格好で」


 そう言いながら、ルーカスが自分のマントを私に巻き付けてくるのだが、水を吸っているそれはずっしりと重い。

 

「こんなびしょ濡れのマント、重たくて歩けないよ」


 確かに簡素なワンピース一枚で、水に濡れて体にピッタリついてしまっているけどさぁ。まだ子どもだし良いじゃないか。


「いいから着てください! 衛兵などもいるのですよ。はしたない」


 水をポタポタ垂らしながら離宮に向かう私たちを、衛兵や王宮の侍女たちがチラチラと見てくる。

 見てくるだけで誰も声をかけてこないんだけどねー。


(王女殿下はまた水牢遊びか。新しい囚人でも入ったのか?)


(水中に繋がれ必死に水面に顔を出す囚人を、足で踏みつけるのがご趣味らしいぞ。やはり血は争えないのだな)


(虫も殺さぬ顔をしてなんと……。フェリペ王といい、アマリア様といい、王族と言うのは恐ろしい)


 ……水牢遊びってなんだ。

 耳が良すぎるので衛兵たちのヒソヒソ話を拾ってしまうのだ。なんだか随分と誤解を受けているみたい。


 まあ、サイコでアンタッチャブルな相手だと思われていた方が、こうして自由に動けて良いけどさ。

 王宮に来た当初は、なんとか不自然にならずに水牢に行こうと苦慮したけれど、今となっては全く必要ない悩みだったと思う。

 なんかこう王宮での王族の立ち位置って、思っていたよりずっとアレだったよ(遠い目)

 王族は代々若くして【白夜】で精神荒廃しちゃうからまあ、イカれた人が多かったんだろうし、おじいちゃんなんて巷でも狂王とか呼ばれてるし。

 でもさー、政治とかは家臣に丸投げかと思いきや、意外とやることやってんだよね、おじいちゃん。まあ正気の時だけだけど。

 そうでもしないと【白夜】のためだけの道具に成り下がるから、政治的な実権はできるだけ手放さんと言っていたな。

 それでも精神荒廃が進むに連れ、手放さなければならない政務が増えて、腐敗貴族に好きにやられてるって憤っていたけどね。

 アマリア姫が生きていた頃は、彼女にもかなりの政務を担当させていたから、正直その穴も大きいらしい。なので(よわい)十歳の私にも、早いところ教育を受けて政務(しごと)を手伝えと煩いのだ。いや知らんし。


「殿下、おかえりなさいませ。ええと、まずは湯浴みをいたしましょうか?」


 自室に戻ると、侍女のララが戸惑いつつも身なりを整える手伝いをしてくれる。

 昨夜は晩餐で毒を盛られて、その足で水牢から魔の森に入ったからここには帰ってないんだよね。伝令で遅くなるから退出するように伝えてあったから、外泊は知られていないと思うけど。


 まあ知られたところで、『一晩中水牢遊びをしていた』とか思われるだけなんだろうけど。

 ……ああ、なんか辛くなってきた。最初は帰ってきた幼い姫様として、いたわるように接してくれた侍女達だけど、度々水牢に向かう私の姿に何か思うところがあったみたいで……。うん、すごく心の距離を感じるんだよね。丁重に接してはくれるんだけど、みんな目が死んでる気がするんだ。ハハハ。

 いつもルーカスを伴っているのもいけない気がする。だってルーカスって王宮での評判最悪だもん。

 あーあ、サイコ王女と変態魔術師が、水牢でエグい囚人虐めをしてるとか思われているんだろうな。つらい。


「身支度を整えたら、フェリペ王の執務室に向います」


 そう伝えたら、慌てた様子のララに止められた。


「王女殿下、本日は建国祭十日目の大昼餐会でございます。急いでご準備なされなくては」


「でも私は急ぎの用が」


「国王陛下もご体調が悪くなければ参加されますので、今はその準備をなさっている筈です。お会いするのは難しいかと……」


 そう控えめに言われて、私は唇を噛んだ。

 確かに、今は建国祭の真っ最中なのだった。他国の賓客がたくさん招かれており、私はともかく国王であるフェリペは参加しなくてはなるまい(但し正気であれば)

 鉱物資源を中心に輸出で儲けているグラナード王国だが、主食である穀物をはじめとする食料については他国から買っている割合が多い。当然取引がある国の大使などは丁重に扱わなくてはならない。王国内で耕作が可能なのは【白夜】で囲われた耕作地のみであり、年々増える人口に対応しきれなくなってきているのだ。


「陛下と話せるかしら?」


「はい。国王陛下、王子殿下と王女殿下は続けてご入場されますし、お席も近くに設けてございます」


 ちなみに、建国祭には私もフルで出席させられている。普通はさぁ、いきなり帰ってきたマナーも品格も皆無の幼女なんて人前に出さないよね。自分で言うのもなんだけど。

 なんでも、他国に私の存在をアピールするためなんだって。王族の結界なしでは滅びてしまう国だからねぇ。ウチにはこんなに王家の色彩の強い後継がいて安泰なのだから、舐めてきたりおかしなことをしてくるなよってところでしょう。


 ――そんなに大事な王女なら、毒を盛られたりしないようにもっと気をつけて欲しいと思う。

 

「昼餐回は大庭園で行われます。多少砕けた雰囲気になりまして、上級貴族だけでなく中級以下の者たちも参加いたします。また他国の使節団も同様で、比較的身分の低い者達も参加いたします。ですが、殿下の周囲は近衛が警護いたしますので、身分の低い者たちを近づけることはありません。ご安心くださいませ」


 侍従長さんの説明を聞きながら、いつもより豪華に装った私は、重い足取りで昼餐会場に向かった。正装したルーカスも一緒だ。

 ちなみにドレスはマダム・シビラのだ。私の瞳と髪色に合わせたシフォンドレスで、胸元の淡い紫から裾の黒までグラデーションになっていて大変美しい。しばらく姿を見ていないのだが、マダムは元気にやっているらしい。王宮のめちゃくちゃなインテリアやお仕着せを嵐のように作り替えているとかで。


 え? マダム・シビラの本体ははフェリペ王によって水牢に入れられたのに、なぜ彼女の存在が咎められないのかって? マダムは(フェリペ)の逆鱗に触れて処刑されたのではなく、王に救われたヒトだ。自身の才能の限界に悩み魂がちぎれる寸前に、王に誘われて水牢から魔の森に入ることで助かったのだそう

 マダム・シビラ本人は今も魔の森にいるよ。他のヒトたちと一緒にね。


 いくつかの回廊を抜けて、昼餐会が開かれる大庭園に着いた。その中心には柵で囲われた聖灯台があり、遥かな高みには始祖の勇者レオの魂が()()()()を放っている、この国随一の聖地だ。

 私を含めた王族の席は、その柵にほど近い場所に設えらえているらしい。回廊の端から覗くと、柵の近くに豪奢な天幕が見えた。


「来たな、ヴィオレッタよ」


 王族用の通用門に着くと、フェリペ王(おじいちゃん)が私に声をかけてきた。

 そばに控えていた少年がチラリとこちらを見る。


 (あ、地味王子だ)


 声に出さずに心の中で呟く。あー面影あるわー。灰色の髪に薄い紫の瞳。よく見れば整ってはいるんだけど、なんか生気がないというか、やはり地味って言葉がしっくりくる。この王子、子どもの頃からこんな冷めた目つきしてたんだな。


「これが僕の姪……なぜ仮面を付けているの」


 “これ”と言いながら胡乱な眼差しを私に向けてくる。そこに肉親の情らしきものは伺えない。


 普通に無礼だけど華麗にスルーだ。私はフェリペ王に向けて正式な綺礼をとった。


「国王陛下にご挨拶申し上げます」


「ふむ、待っていたぞ」


 親しげに私に微笑むフェリペ王の様子に、ミゲルが眉を寄せる。

 まだ子どもだからなのか、表情が分かりやすい。


「王子殿下にご挨拶申し上げます。初めまして、()()()


 あ、ミゲル王子眉間に皺寄せてる。ほんと分かりやすいな、不快感丸だしだ。やっぱりわざとらしい()()()呼びは気に触るよねー。ひとを「これ」呼ばわりするからだよ。とはいえ、王宮での私の地盤はまだ無いに等しい。ぽっと出の王族としては下手に出ておこう。

 ミゲルは私の母親のアマリア姫の腹違いの弟で、私にとっては年下の叔父だ。私の二年後に産まれたのでまだ八歳のはずだね。

 幼い彼は、普段は後宮の奥で大切に守られているので、会ったのはこれが初めてだ。

 なんでも体調が良くないとかで、建国祭が始まってからも一度も姿を見せなかったのだ。初日から駆り出されていた私とは随分と扱いが違う。私なんか毒殺されかけたんだぞ。大切なことなので何度でも言うぞ。


 まあ、彼の王家の色彩の薄さを見るとな……他国へは次期後継者としてアピールしにくいのも分かる。【白夜】を発動できるかどうか怪しいもんな。

 ゲームの世界ではどうだったっけ。悪役王女ヴィオレッタを討伐した後、ミゲルが【白夜】を発動する? いいや、違った気がするな。

 ……そうだ、【白夜】を発動するのはヴィオレッタ()だったじゃないか!


 聖女セシリアや王子たちに倒された私は、あるものを見せられて、いや、誰かに会わされて、だったか? ……とにかくゲームのセシリアに言わせれば()()()()()()()【白夜】を発動するのだ。

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