お菓子の家で眠れ
時系列的にお菓子の家の魔女5の続きになります。
毒に侵されたヴィオレッタが、グレテルたちと森の家で遭遇→竈で燃えて復活→ママがやってきて気絶→グレテルたち家に帰して、倒れたママの対応←今ココ。
地面に横たわったママ……シンマスさんの顔をじっと見つめる。
私がかけたピンク色のもやのせいで眠ってしまっている。これはフェリペ王から教わった催眠魔法で、無害なものだ。特に後遺症もなく、時間が経てば自然に目覚める。
「なんだか別の人みたい」
……いや実際、私の知っていたママとは別の人なんだよね。
乱れた髪をそっと手で整えて、はみ出している口紅を持っていたハンカチで拭う。こんな毒々しい紅い口紅なんて、ママの趣味じゃなかったはず。
私は思わず、ルーカスが小枝にぶら下げているキルケーの人造魂をジロリと見た。口紅と同じような禍々しいほどの紅。
私の大事なマ……シンマスさんの体を乗っ取っていたなんて許せない。
「そいつが全ての元凶なんだね。ルーカス、触らないようにそこの木の枝に引っ掛けておいて。肉体もないし何もできないと思うけど、目を離さないで」
「フェリペ狂王からもらった封印箱のことをお忘れで? あれに入れてけば、シンマス氏のような神精領域が弱った者に取り憑くことも不可能だそうですからな」
そっか、フェリペ王に封印箱もらったんだっけ。シンマスさんに会えたせいで上の空になっている。しっかりしなくては。
「さて、これからどうするんです? この人造魂の中身でも暴いてやりますか?」
「うーんとりあえず、シンマスさんの安全を確保した上で、目覚める前に立ち去りたいかな」
流石に私のことをまるで覚えていないママに対面するのは辛い。私にだって時間が必要だ。
「彼はまだここで療養が必要なんですよね?」
「うん。だけど目覚めて一人ぼっちじゃかわいそうだから、ルーカスがそばにいるっていうのはどう?」
「はあ? ご主人様に頼まれたらやるしかありませんが嫌ですね。私も忙しいので」
「ケチだね〜。まあでもさ、弱りきって目覚めたらアンタみたいな変態性悪魔術師が側にいるとか、普通に嫌だわ」
「は? ぜったいに! 頼まないでくださいね! 死んでもやりたくありませんから」
「いいよー、大モモンガくんたちに頼むからさ」
「ヅヅィ?」
優しくてモフモフなどうぶつ達の方がずっと適任だ。この人を頼んでもいい? と聞くと、つぶらな目を煌かせながら頷いてくれた。はぁ、可愛い。
大モモンガくんは、今は少年の姿じゃなくてどうぶつの姿なので話はできない。でもこっちの言うことはきちんと理解してくれているようだ。
少年に戻っていた時に色々聞くことができたんだけど、彼らは千年前に【白夜】に封印された亜人たちなんだって。魔の森が【白夜】の白金のベールに覆われた時に、どうぶつに姿を変えられて、ずっとそのまま囚われていたんだそうだ。変身させられてから、全てを忘れてしまって、ほんものの獣のように生きてきたんだって。
けれど、ある時から黒髪紫眼のヒト(王族のことだろう)がやってきて、魔力入りのスープを作ってくれるようになった。それを飲んでいたら、少しずつ亜人としての理性や記憶が戻ってきたんだそう。でも十年ほど前から、それまで来てくれていた女の子(アマリア姫?)が来なくなってしまって、スープが貰えなくなってしまった。彼らは、また心まで獣に戻ってしまうんじゃないかって、とても怖かったらしい。
だから私がやってきた時、スープを作って欲しいって頼んだんだね。
幸いなことに私のスープの威力は大きいらしく、彼らの姿を元に戻すことができる(一時的ではあるけど)。スープを飲むたびに、元の姿でいる時間が長くなってきているみたい。完全に戻る日も近いかなー? でもそうすると、あの大きなモフッとした姿とはさようならか……ちょっと、いやかなり残念かも。
「キュッキュ」
大モモンガくんと大リスくんが、ママをよっこらせと持ち上げてお菓子の家、もといツリーハウスに運んでいく。シンマスさんに使ってもらうために、あのボロボロの小屋を改修したのだ。ママと一緒に暮らしたあの灯台島の家に似せたみたんだけど、出来上がってみたら前世の童話に出てきたお菓子の家みたいになった。我ながらとっても素敵に可愛くできたぜ! と思う。どうぶつ達と頑張ったんだ。
灯台島の家と同じように、ベッドは日干しにした藁に厚手のキルトをかけたもの。糊をぱりっと効かせたシーツと、肌触りの良い掛布も用意しておいた。食糧棚は満タンにしてあるし、ママが好きだった刺繍の道具も揃えてある。
昨夜私の血やら何やらでドロドロになっちゃった床も、朝のうちに大カマキリくんたちがお掃除してくれて、ピカピカになっている。感謝だ。
シンマスさんには、ここでゆっくり休んで欲しいな。
魔の森の大量の魔素には、魔物や亜人の活力になるだけでなく、ヒトの魂や神精領域をも癒す力があるらしい。
そういえば、フェリペ王が水牢――魔の森に送り込んだヒトたちは、魂の危機に晒されていた者ばかりだった。これって偶然じゃないよね?
あの祖父さん、狂王なんて呼ばれているけれど、実際はきっとそういうことなのだろう。
そう、魔の森にはシンマスさん以外にもヒトがいる。
みんな魂がちぎれんばかりの葛藤や苦しみを抱えていたヒトたちだけど、今は穏やかだ。
シンマスさんは彼らの訪問を受けることになるだろう。ちょっと変わり者もいるけれど、皆基本的に良いヒトたちだから大丈夫だろう。彼らにもシンマスさんのことは頼んであるのだ。
「よろしくねー!」
大モモンガくんたちに手を振って、水牢への魔法陣を開く。
「あ、すっかり忘れてたけど、昨夜は晩餐の途中で抜けてきたんだったよね」
「そうですな。やめておけと言ったのにわざわざ大量の毒が盛られた料理を召し上がりましたな。本当に馬鹿ですな」
「馬鹿って言うなー。だって面白いじゃない。その場で毒血を撒き散らしながら破裂死するほどの毒なんでしょ? それをぜーんぶ食べちゃったのに涼しい顔で離席してさ、こうして元気な姿で昼餐に現れるわけ。犯人はきっと度肝を抜かれるよ?」
「昨夜は『死んじゃうぼー』などと血涙を流していたというのに。もうすっかりお忘れの様子ですな」
「ぐっ……。いいから行くよ!」
いつもの樹の前で魔法陣を展開する。水牢……というか勇者レオと魔の森を繋ぐ扉を開くのだ。
本当は私の部屋に森への扉を開きたかったのだけど、うまくいかなかったのだ。理由はわからないが、王宮内は何処もダメだった。仕方がないので水牢にいるレオを扉として使っている。
平民街のはずれあたりなら、グレテルたちを送った時のように魔法で扉を開けるんだけどね。




