お菓子の家の魔女三
「無理……じぶんでとびごぶなんでムリ! だれが、おじで〜!」
女の子が血みどろの顔を歪ませて叫ぶ。竃の中では黄赤の炎がゴオゴオと吼えるように燃え、女の子の震える体を影絵のように照らしている。
「はぁ全く、いつものこととはいえ往生際が悪いですぞ。さっさと飛び込んで仕舞えばよいのです。そのまま毒に侵され続ければ本当に死んでしまいますよ」
「無理〜!」
「おいそこのケダモノども、お前たちの出番だぞ。 私は“制約”で殿下を傷つけることはできないのだからな」
そう言いながら赤髪の男は、モモンガくんとリスくんに火かき棒を差し出した。
「これでひと思いに押して差し上げろ」
「キュ……キュッキュ!」「ヅヅィ!」
二匹とも「むり!」というように顔の前で手をパタパタと振る。
「ヴえええん、しんじゃぶぼー」
女の子がヨタヨタと座り込みながら泣き声を上げる。口からも鼻からも目からも黒い液体がゴボゴボと流れ出る。
「殿下! くそっ、この恩知らずのケダモノどもめ! おいそこの子ども、殿下をこの火かき棒で竃に押し込むのだ!」
「ひっ、そんなことできません!」
あたしは慌てて断る。あんなに炎が燃え盛っている竃に人を押し込むなんて! あっという間に焼け死んでしまうじゃない。
「だずげて……はやぐ燃やしで……」
女の子が息も絶え絶えにうめく。本当にこのままでは死んでしまいそうだけど、一体何を言っているの? 燃やしてなんて正気じゃない。
毒で頭がおかしくなっているとか?
「は、早く手当をしたら? 毒けしのお薬とか」
「痴れ者が! あの毒に効く薬などない。なにしろ象を十頭殺せるほどの量の毒を盛られたのだぞ。治療など不可能なのだ! 殿下は体を燃やすことでまっさらに回復する。殿下が助かる方法は今すぐあの竃で灰になるまで燃えることなのだ!」
赤髪の男が無理やりあたしに火かき棒を握らせる。訳が分からない。燃やせば助かるってそんな人間が、いや生き物がいる訳ない。燃え尽きたら魔物だって死ぬのが当たり前なのに。
「キュッキュ」「ヅヅィ」
モモンガくんとリスくんが、あたしの握らされている火かき棒に手を添える。何やら「一緒に押そう」と言っているように思えるんだけど……。
赤髪の男とどうぶつ達の勢いに押されて、あたしは訳が分からないままフラフラと立ち上がる。
「おねがい……だずげで。あぞごの宝もの、ぜんぶあげぶがら」
女の子が指し示す棚には、煌びやかな珊瑚や真珠が覗く袋があった。あたしは自分の目がキランと光るのを自覚する。あんな宝物があれば、あたしたちは飢えないで済む。父ちゃんにお薬を買ってあげられる。人を雇ってあの継母だって追い出せる!
女の子も赤髪の男も、燃やせば女の子は死なないで助かるって言ってる。きっと頭がおかしい人たちだけど、本人達が強く望んでいるんだから協力してあげるのは悪いことじゃない。死んじゃうと思うけど……思うけど……そうしたいって言ってるんだからこれは人助け!
「わかった。人助けなら喜んでやるわ!」
「ね、姉ちゃ?」
弟の再び青ざめた顔を尻目に、あたしは火かき棒を掴むと女の子のところに向かった。血で床がぬるぬると滑るので、転ばないようにしっかり足を踏しめる。
リスやモモンガと一緒に火かき棒を握って、めいっぱい後ろに引く。
そして、竃の縁に手をかけてふらふらと立ち上がった女の子の背中めがけて、勢いをつけて一気に突いた。
「あぐぅっ!」
弱い抵抗のあと、女の子はぐらりと竃に倒れ込む。そこを間髪を容れずもう一度突く。
「ギイヤッ、ギイイイ!」
炎に包まれた女の子が上げる、絞められている豚みたいな叫び声を聞きながら、あたしはヘタヘタと血まみれの床に座り込んだ。
やっちまった、やってしまった……お金のためとはいえ、十歳にして人殺しになっちまった……。ブルブルと震える自分の小さな手を見る。この手は弟の手を握っていた無垢な手ではもうない……血に塗れた人ごろしの手だ……。
「ふむ、よくやった」
そんなあたしに軽く声をかけると、赤髪の男は竈の扉を閉めてかんぬきを掛けた。中で何かがぶつかる様な、爆ぜるような音が聞こえるが、素知らぬ顔であたしに宝物の袋を手渡す。
「ヅヅィ……」「キュッキュ……」
疲れたようなどうぶつ達に支えられてふらふらと立ち上がると、あたしはそのまま小屋の外に出た。いつの間にか高く昇った月が、冷たい夜の森を冴え冴えと照らしていた。
「お……お姉ちゃ……」
弟のアンセルが遠慮がちに声をかけてくる。あたしは弟の顔を見られずに俯いて、いつの間にか頬を流れていた涙を隠した。
手に残っている気味の悪い感触に、今更鳥肌が立つ。小さくて華奢な背中を、あたしは火かき棒で突いた。それも二度も。躊躇うことなく。
女の子の豚のような悲鳴、竃の中の黄赤の炎が真っ白に輝いて彼女を飲み込んだ光景、肉が熱で爆ぜる音……。
「ああ……」
あたしは顔を覆った。宝物の袋がシャランと虚しい音を立てる。真珠に珊瑚、金貨も入っている。これは温かなごはんに変わる。父ちゃんの薬に変わる。暖炉の火に変わる……。あたしは女の子の血に濡れた指で、ぐいっと涙を拭って笑顔を作る。
「アンセル、ほら見てごらん! こんなに凄い宝物を貰ったんだよ! これで父ちゃんに薬を買ってあげられるし、あの女継母を追い出せるよ」
「お姉ちゃ……ん。そんな……」
涙でいっぱいになった弟の顔を、あたしは自分のスカートで拭いてやる。
これでいいのだ……あたしは
「いやー、助かったよ! ありがとうそこの女の子!」
やたらと場違いな明るい声が、冷たい夜の森に響いた。




