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あの子を探して 三


 ふう、やっと(キルケー)を取り戻せた。

 でもたぶん少しの間だけだ。丸一日、いや明日の朝になったら、私はこの肉体から締め出されてしまうだろう。この肉体の持ち主である男は、なかなかに強烈だ。最初はとてつもなく大きな虚を抱えていて、簡単に乗っ取ることができたのに。子どもたちを見た途端、嘘のように力を増したのだ。保護欲の塊のような人物。まるでアメジスト(母性特化人造魂)の元になった彼のような……。


 少し頭をふって感傷を追い払う。感傷? そんなものは(人造魂)からそぎ落とされているはずだ。残された短い時間は。有効に使わなくてはならない。(人造魂)()()を叶えなければならない。そうでなければ、何のために永い永い時を旅してきたというのか。


 自我をのっとるまでに時間がかかったらしく、時計を見たら夜になっていた。夕食時をとっくに過ぎているが、娘はまだ帰ってきていない。

 私は扉にかんぬきをかけた。窓にも鍵をかけて締め切った。これで娘は家に入ることができない。白々とした夜の間中、街を彷徨うが良い。娘が疲れてきた頃に、魔の森の入り口が開くだろう。娘が森に入り込めば、あとは簡単だ。


「ククク」


 口の端が知らぬ間に持ち上がる。当然だ。何万年も抱え続けてきた願いが叶うのだ。

 いや、()()はもう半分は叶っているのか。あのレオめの魂を使って【白夜】を稼働させたあの時にね。

 あれは爽快だった。そのうえ、あれから一千年を経た今レオは一層悲惨な状態にいるだろう。艶やかだった黒髪は色褪せているだろうし、紫の瞳からは、希望どころか感情が全て蒸発しているだろう。


「ざまあない」


 独り笑う。

 だって、あの忌まわしきメガラニアにおいて我々下層民が落とされた地獄が、千年の間やつを、やつの子孫を苦しめているのだと思うと、実に良い気分だから。

 研究所にいたスカした上層民ども、黒髪紫眼のあいつらの子孫であるレオの魂は、()()()を支える礎になってきたし、これからもずっとそうなのだ。魂を削り取られながら、廃人として無明の闇を生きろ。お前たち()()の子も、そのまた子も、この運命からは逃れられない。神聖領域にこの大地から離れられないように呪いを刻んだのだから。


 コンコン、と扉を叩く音がする。

 反応しないでいると、ゴンゴン、ドンドン、と音が大きくなる。


「うるさいね! もうあんたたちはこの家には入れないよ! せいぜい街を彷徨うんだね。ケケケッ」


「おじさん、開けてよ」「開けてよ!」


  幼い子どもの声をイライラしながら聞く。もう諦めて行ってしまえ! 森の入り口はもうすぐ開くのだから。

  ギャンギャン叫び出した子どもがうるさかったので、手当たり次第にそのへんにある物を扉に叩きつける。


「行っちまいな!」


「……あんた、ちょっとは良い人だと思ってたのに! ばか!」


 子どもたちの走り去る気配に一息つく。娘の泣き声に胸がちくりと痛んだけど、この痛みは私じゃなくて、この男のものだろう。


「お前、何をしている」


 背後からの掠れた声に振り向くと、子どもたちの父親が杖に寄りかかるようにして立っていた。枯れ枝のように痩せた躰や、青白い皮膚はまるで幽鬼のようだが、目の底にはまだ光がある。


「子どもたちに何をした!」


 渾身の力で杖を振り上げてくる父親に、私も拳を振り上げる。痩せ衰えた華奢な顎に屈強な拳が食い込み、バラバラに顎骨を砕く……そんなイメージが簡単に浮かんだのに、私の逞しい腕は、父親の弱々しい杖を受け止めただけだった。


(夫? を殴るなんてダメよ! 子どもたちの父親よ)


「はぁ、面倒な」


 私はため息を吐いて父親を軽く押し退けた。たったそれだけでよろよろと倒れ込んでしまう。

 

 ――これはわざわざ殺さなくても、放っておいたら死ぬな。

 

 私は起きあがろうともがく父親を横目で見ながら扉を開けて、外側から念入りに施錠した。娘の体を取り戻したら、父親と男の子は殺すつもりでいる。なぜかって? 邪魔だからさ。

 娘の匂いー濃厚な魔素の気配ーをたどりながら、白々と明るい夜の街に踏み出す。夜が更けて人気が無くなったら、魔の森を呼び寄せよう。

 体を取り戻したらまず何をする? そうだな、森に隠してあった宝袋を取りに行こう。真珠や金貨はこの国でも使えるはずだから、この先は金に困ることはない。それからあの小さな家に数年身を潜めよう。

 

 学園に入るためには何をしようか? 結界の境界で魔物でも召喚して人を襲わせる? そしてそれを私の魔法で華麗に倒して見せたらどうだろう。学園から声がかかるだろうな。もしくは病人を魔法で治療して、話題になるのも良い。

 ふふふ、平民の特待生として学園に入ったら、貴公子たちの気を惹くためにいじめでも演出しようか。可愛らしく健気な平民のヒロインと、それを目の敵にする悪役令嬢。貴公子たちとの胸躍る駆け引き、嫉妬に狂い果ては断罪される悪役令嬢……ああ愉しい。


 そんなことをつらつら考えながら歩き回っていたら、結界の境界あたりまで来ていた。不潔で荒れ果てた雰囲気から見ると、どうやらここはスラム街らしい。子どもたちはこんなところに近づくまい、そう考えて踵を返そうとしたら、小さな叫び声と、下卑た男たちの声が聞こえてきた。


「ひっ、アンセル、走るのよ!」


「お姉ちゃんっ」

 

「痩せこけたガキだが上玉だ、逃すなよ!」


「おら待てガキどもっ、いいところに売り飛ばしてやるからよお! へへへっ」


 魔法陣を展開しながら声を追って走る。薄暗い路地を駆けていく小さな二つの影と、それを追う男たちが見える。


 ――ふざけるな、私の肉体を売り飛ばすだと!?


 ドスドスと地響きを立てながら男たちに追いすがり、魔法陣を展開していない方の手で頭蓋を殴りつけて沈める。それから間髪を容れずに子どもたちの前方に魔法陣を展開し、魔の森の入り口を開く。

 娘たちは追手が沈められたのも気が付かずに、必死な様子で森に駆け込んでいく。


「ふふ、私も行くわ。ようやくあの子(肉体)を取り戻せる……え?……ここは……」


 夜だ。でも魔の森のしんとした闇夜ではない。色とりどりのランプが風に揺れている。

 串焼きや饅頭が描かれた看板には見覚えのある文字が踊り、蒸籠や鍋から漂う湯気の向こうから、懐かしい服装の売り子が呼び声をあげる。

 おかしい。ここは一体なんだ。 娘の後を追って夜の魔の森に踏み込んだはずなのに。


「下層民街の……夜市?」


 気がつけば私は、かつてメガラニアの下層地域に存在していた、広大な夜市の雑踏に紛れ込んでいた。

 見覚えのある売り子、馴染みだった店主、買い物をしているかつてのご近所さん。皆黒のカラーフィルムを被せたような、影のような姿に見えるけれど、私の良く知っていた人々だ。


「うそ……、なんで、どうして」


 意味のない言葉が涙と一緒にポロポロとこぼれる。こんなおかしな、怪しむべき状況なのに。私は、感傷など削ぎ落とされた人造魂のはずなのに。

 馴染みの店主が串焼きを差し出して来る。顔は見えないけれど、にっこりと笑っているのを感じる。彼は【白夜】で魂ごと摩耗して死んだはずなのに。売り子が差し出す饅頭を一口頬張る。甘い肉汁と共にもっと涙が溢れ出す。ご近所さんが焼きたてのパンを分けてくれるのを、夢中で頬張る。

 みんな死んだはずなのに。魂まで削られて、消滅してしまったはずなのに。

 そして私は、あの忌まわしい研究所の下働きだった私は、彼らが【白夜】を発動させられるのを、手伝っていたというのに。いや、手伝っていただなんて偽ってはいけない。親しい人も、家族も、ご近所さんも、全員私がこの手で!


 震えながらうずくまる私を、ふわりと誰かが包み込む。黒く塗り潰されていたとしても、私はそれが誰だか分かる。


 “彼“だ。


 母性特化の人造魂に私が押し込めた、優しく、美しく、とても強かった人。その彼の人格を私は……不当に削って都合よく歪め、勝手に抽出して、量産品のアメジストに押し込め……ああ、決して許されない冒涜。死んでも許されない、生まれ変わったってきっと許されない。


「あ、はあっ、はぁっ、うぐっ」


 無我夢中で走って走って、途中で何度も四つん這いになって吐いた。いくら走っても夜市のざわめきが聞こえて来る気がして、心臓が喉から飛び出そうなくらい走って、何度も転んでは起き上がって逃げた。

 そして何度目かの転倒で仰向けに転がった私は、気がつけば夜空に浮かぶ月を眺めていた。


「……ここは、魔の森?」


 はあーっと息を吸い込む。湿った夜の木々の匂い。

 鼓動が収まるのを待ってから起き上がり、額の冷たい汗を腕で拭う。


 ふと漂ってきた娘の気配に思わず立ち上がると、よろよろと歩き出す。


 ――さっきのはなんだったのか。


「わからない。わからないけれど」


 ――取り返しがつかない罪


「いいえ、取り戻すのだよ。全てを。奪われたもの全てを」


 ――そんなもの、紛い物だろうに


「うるさい! 黙れ」


  私の目は、闇夜に浮かび上がるオレンジの髪を捉えた。怯えた娘の表情に、ニヤァっと口の端が吊り上がる。

  とうとうこの瞬間が来たのだ。復讐の最終仕上げの始まりが。


  足を早めながら、娘を捕らえる魔法陣を展開しようと腕を伸ばす。桃色のもやが顔にまとわりつくが構わず魔法陣を――。


 

  

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