あの子を探して 一
シンマス・モレノの語りです。
ヴィオレッタが魔の森に落ちる数時間前に、シンマスは王に連れられて水牢から魔の森に来ています。
アメジストのネックレス(人造魂)は壊れて外れたため、ヴィオレッタの記憶は失っています。
「いやだ! アタシったら、また泉に来ているわ。おかしいわね、気がつくとここにいるんだから」
アタシは口を覆っていた手で胸元を探る。いつものクセだ。ネックレスは無くしてしまったのに、不安になるとつい手が伸びる。
あたりには誰もいない。ことさらに大きな声の独り言だけが虚しく響いた。
森に来てからどれくらい経つのだろう。一時間? 数時間? 半日は経っただろうか。やたらと肌がすべすべした青年がここに連れてきてくれたのだけど、もう帰ってしまったみたい。紫色の瞳と黒髪が印象的な人だったわ。なんだか懐かしい気持ちになる色合いだと思ったけど、きっと気のせいね、だって何も思い出さないもの。
ここはきっと死後の世界で、あの人は死神だったと思うの。
アタシはなんで死んだのかしら? わからないけれど、ものすごく苦しかったのは覚えているわ。肉体的な苦しさというよりも何か世界が崩れ落ちるような、いいえアタシの魂がバラバラになるような、そんな苦しみだった気がするわ。
そうね、あの時とよく似ていたかもしれない。弟と妹の小さな亡骸を、冷たく澄んだ湖にそっと沈めたあの時……花を散らしながら沈んでいく愛しい子たちを見送りながら、アタシは気を失ったわ。喉がカラカラで、ひどく気分が悪かった。世界はギラギラと輝いて情け容赦が無かった。
あの時とよく似ているってことは、アタシはまた大切な誰かを失ったのかしら?
きっとそうなのね。
アタシは胸を押さえた。だってとても虚なのよ。大きな大きな穴がポッカリと開いていて、アタシは半分以上無くなってしまった感じがするわ。その大切な誰かと一緒に失われたのでしょうね。
ぴちょん。
ふと顔を上げると、水面にいくつもの波紋が広がっている。
何かしら? 魚一匹見えない澄んだ泉だけど、深い場所には何か生き物がいるかもしれない。
魚か亀や何かかもしれないわね。もし生き物がいるなら触れたいわ。なぜなのかは分からないけど……サラリと指通りの良い髪や、ふっくらと柔らかな頬の感触が残っているの。あの子たちのものかしら、それとも他の誰かのものかしら。淋しくてならないのよ。
アタシは、湖に足をそっと浸けてみた。とても冷たい。
泉の底にいるのは、魔物かもしれないわね。でもどうせ死んでいるんだから、何も恐れるものはない。
ざぶざぶと進み、足が着かなくなったあたりで大きく息を吸って潜水した。はるかはるか底の方で、しきりとアタシを呼んでいる何かがいる。不思議な引力に身を任せて、アタシは意識を手放した。
どれくらい時間が経ったのだろう。水面から顔を出したら、あたりは夕焼け色に染まっていた。
大分底の方から浮上してきたはずなのだけど、ぜんぜん息苦しくなかったわ。やっぱり死後の世界だからかしらね。
そういえば、水底から浮かんでくる時に妙な男とすれ違ったわ。真っ赤な髪の嫌な感じの男だったわ。アタシを見た途端にガボガボと空気を吐いて、そのまますごい形相でもがいていたわね。ここは死後の世界というか、地獄なのかもしれないわ。
うん? 死後の世界とか地獄だなんて、アタシったら何を言っているのかしら。
だって死んでる場合じゃないわ! アタシが死んじゃったらあの子の面倒は誰が見るのよ。
急いで街に帰らないと。
アタシは胸元の真っ赤なルビーをぎゅと握りしめて、森を駆け出した。ちょうど良さそうな木の横で魔法陣を使って道を開く。
あの子はどの辺りにいるかしら? クンクンと鼻で痕跡を探ったら、どうやら平民街にいるみたい。
まったく、しょうがない子ね! アタシからはぐれて迷子になるなんて。あれだけ大切に大切に、千年もかけて育てたっていうのに。あの偏光オレンジの特別な髪も、夕日のような色合いの瞳も、アタシが手塩にかけて調整したっていうのにねぇ。親の心子知らずってこのことだわ。
必ず探し出して、森に連れていくわよ。
もう名前だって決めてあるんだから。アタシの大切な娘、セシリア。
あなたは、いいえ、あなたとアタシは、このグラナーダ王国でこれから素晴らしい青春を過ごすのよ。平民だけれど、可愛らしくて才能に溢れ誰からも愛される少女になるの。貴公子たちが学園でアタシたちを待っているわ。
この王国も学園も、アタシが眠りにつく前に仕込んでおいたのよ。うまく機能しているかしら?
王都を歩きながら街の様子を観察してみる。
そうね、多少の貧しさや治安の乱れもあるけれど、まあ及第と言ったところかしら。
何より【白夜】が維持されているということは、王族もちゃんと血を継いでいるってことね。
でも王都の【白夜】はだいぶ弱っているのが気になるわ……。そうか、勇者レオの魂もそろそろお終いだものね。代わりになる強い魂を持った王族がいるかチェックしておかないと。
ふふふ、忙しくなるわね。一定以上の魔術の才を示せば、平民でも学園で学べるっていう規定を作っておいたから、学園には問題なく入れるはずよ。楽しい青春を過ごすためにも、色々と下工作をしておかないとね。
青春には少しのスパイスも必要よねー。ふふっ、悪役令嬢とか魔物が襲ってくるのを防ぐとか、色々仕掛けを考えないと。
ああ、楽しみだわ。
肉体に魂が宿って逃げ出すなんて、予測もつかないハプニングもあったけれど。こうして仮の肉体を手に入れることもできたし、なんとかなるわよ。おっさんの体っていうのが気に入らないけど。
まずはセシリアの家に行って、森になんとか誘い出すのよ。それから泉の底の魔法陣に……。




