狂王フェリペ 二
「あはははっ、お前は運命から逃れたのだな。人魚どももやりおる! 魔女キルケーめ、これを知ったら臍を噛んで悔しがるぞ」
やおら私を持ち上げてくるくる回り出したフェリペ王。目が回るー。そろそろ降ろしてくれないかな。
「ふむ、そうであれば尚更アレに近づけるわけにはいかぬ。ヴィオレッタ、シンマスを追いたいのであろう? だがそれは禁ずる」
「いやだよ! 私はシンマスさんを助けたいの」
「シンマスが身につけているあの赤の人造魂は、キルケーという古の魔女の本体だ。やつのことは人魚たちから聞いておらぬか?」
キルケー……。ウアピの過去に出てきた聖女だ。ちまちまと可愛らしい顔だちの、夕日のようなオレンジの瞳を持った少女。徐々に正体を表し、最後の姿はミイラになったカエルみたいだった。あいつの正体は人造魂だったの?
「あの魔女はお前の存在を知らぬ。だが一目お前に会えば、なんとしてでもお前に王都で【白夜】を発動させようとするはずだ。王都の【白夜】が綻びかけておるのは知っておるな? 勇者レオの魂の寿命が近いからだ。そして今のところ、代わりの結界を張れる王族はいない。我が息子ミゲルはまだ幼く、王家の色彩は薄い。成人したとしても、おそらく王都を支え切れるだけの聖結界は張れぬであろうな。その点お前は完璧なほどに王家の色彩を宿しておる。あの魔女がお前を放っておくとは思えぬ。お前の魂は人魚たちが保管しているだとしても、あやつはどんな手を使ってくるかわからぬのだから、決して近づいてはならぬ」
「でも、そんな奴にシンマス・モレノさんの体を乗っとらせておくわけにはいかないよ」
「あやつは放っておいてもこの森にやってくるはずだ。自分のために創り出した肉体を追ってな。その時に罠を張れば良い」
「どう言うこと?」
「これは水牢にいる我が国の始祖、レオに聞いたことなのだが……」
やっぱりあの喋る死体は勇者レオだったのか……。ウアピの過去で生き生きとしていた頃の彼を知っている分、今の変容ぶりに胸が痛む。
千年間も【白夜】を行使し続けた彼は、体も心も荒廃し尽くしてしまったのだろう。
それはさておき、フェリペ王の話はこうだった。
千年前、キルケーはレオの魂を使って【白夜】を発動させ、亜人たちの故郷である魔の森を奪った。目的は魔素の独占だ。長年酷使してきたキルケーの人造魂は崩壊寸前だったため、濃厚な魔素を使って修復しようと目論んだのだ。また、人造魂の容れ物として使っていた魔法人形も朽ちる寸前だった。キルケーは偶然手に入れた素材――レオとウアピの子――を使って、新たな肉体を創造しようとした。
人造魂の修復と肉体の創造には千年近くの時が必要だった。肉体については数年前にようやく完成に近づいたのだが、どういうわけか魂が宿ってしまったのだ。自我を持った肉体はこの森を彷徨いでて、今は王都の平民街で養子として生きているらしい。
単なる人造魂で、手足もないキルケーには何も出来ず、見守るしかなかったのだが、そこにシンマス・モレノさんがやってきて、泉の底に誘いこまれ人造魂を身に着けてしまった。今はキルケーに人格を乗っ取られていると考えられるらしい。
「普通であれば、人造魂に丸ごと人格を乗っ取られることはないのだ。だが彼の神精領域はとても無防備になっていたからな。母性特化の人造魂を失って、大きな虚ができていたところを狙われたのだろう」
シンマスさんに取り憑いたキルケーが向かったのは、おそらくく自分が創った肉体のところだという。その肉体に人造魂を身に着けさせて、人格を奪うつもりなのだ。
「でもな、人造魂のネックレスを身に着けただけでは、肉体を乗っ取ることは出来ない。神精領域が無防備になっているシンマスですら、長期間に渡って人格を奪い続けることは出来ないだろう。ましてや、あの肉体にははっきりとした自我があるのだ。そこでだ、キルケーは森に肉体を誘い出し、魔の泉の底に設置した魔法陣を使うつもりなのだろう。膨大な魔素を利用して、無理やり肉体と融合しようとするはずだ」
「その肉体? の居場所ってもしかして」
「ああ、肉体というかあの娘の居場所はな、平民街にある小さな食堂だ。確か名前は「アリウェン」だったな。もっとも最近は父親が伏せっていて休業中ということだが」
やっぱり。「アリウェン」はヒロインのセシリアの店の名前だ。
棺に居たのはヒロインに関係する誰か、と推測していたけれど、ヒロインその人だったのだな。
まさかゲームのヒロインが、魔女キルケーに創り出された肉体だったなんて。ゲームの中のセシリアは真紅の人造魂を身につけていた。ということは、ゲームの中の彼女は、キルケーに乗っ取られてしまった後という設定だったのだろう。
「……キルケーは何がしたいの?」
思わず呟いてしまう。我ながらとても低い声が出た。
だって、レオたちを騙し亜人たちの故郷を奪って……多くの人を苦しめ損なってまで叶えたいものってなに。
「彼女が欲しいのは、死なないこと? 永久に若くいること?」
両方ともくだらん、と思ってしまう。
「わからんな。ただし、あの人造魂の元となった人物はメガラニアの時代に生きていたのかもしれん。かの古代文明が滅ぶ前、死が避けられないならせめてと、自らを人造魂に映し取った者たちがいたらしい。その多くはメガラニアと共に海中で朽ちてしまっただろうが……。愚かしいことよ。本物の魂と肉体が滅びた後も、紛い物の自我が残るなど」
メガラニアかぁ。
確か六千年前とかにあった超古代魔術文明で、大陸ごと海に沈んじゃったやつだよね。うん、私知ってる。前世やってたゲームでは、海中のダンジョンとして出てきてたし。えーと確か、特殊な魔法具を使って短時間だけ探索可能だったんだ。魔法石や魔術具の採取のために、何回か行ったけどさぁ、何がどこにあるのか決まってないから成果は運だったんだよね。
キルケーがメガラニア時代の遺物かもってことは、六千年前から居るってことだよね。うわー気が遠くなるような話だ。
「話が逸れたが、とにかくあやつは肉体と融合するために、必ずこの森に戻ってくる。その時に罠を張ってシンマスから人造魂を取り外してしまえ。それから、キルケーの目的とやらが気になるのなら、その人造魂に直接訊いてみることもできるぞ」
「直接訊く?」
「ああ。訊くというか、暴くといった方が良いか。では罠に必要な魔法をお前に教えておこう。儂に残された時間は僅かだから手短にな」
「ん? 時間がないの?」
「正気でいられる時間があと僅かだと言っているのだ。知っての通り【白夜】では精神が荒廃する。我を失った儂は狂王とか呼ばれているらしいからな……。我に帰るとだいたい水牢にいるから、王宮の人間の誰かが、儂をあそこに閉じ込めているのかもしれんなあ」
なる……ほど? 王専用の水牢って聞いていたけど、そういうこと……、なのか?




