狂王フェリペ 一
第一話に登場人物紹介を追加してあります。随時充実させていく予定です。
「ちょっ、まっ」
静止しようとした私をひょいと担いで、ルーカスはフェリペ王から飛び退いて距離を取った。その間も凄まじい勢いで魔術を紡ぎ、多数の魔術陣を空間に放つ。ブオオンと不穏な音を立てながら浮遊する陣は、私を焼き殺したものよりも数段大きく強力なものだった。
「はははっ、ずっとこの瞬間を待っていたのだ! チリ一つも残さず燃え尽きて死ね、狂王フェリペよ!」
ルーカスは私を背中に庇った状態で、渾身の力で魔術を解き放つ。
凄まじい速度で回転する炎の柱がフェリペ王に迫る。森の木々が根っこから引き抜かれ、旋回上昇しながらマッチ棒のように燃え尽きていく。
「火災旋風か、見事だルーカス。北の賢者さえも圧倒する魔術の使い手だな。もっとも儂には効かぬが」
黒髪の青年は僅かに微笑むと、その紫瞳で炎の旋風をちらりと流し見て大きく手を振った。周りの空間がぐにゃりと歪む。おそらく膨大な魔素が消費されたのだろう。瞬く間に炎は衰え、ただの生ぬるいつむじ風となって消えてしまった。
うわぁ、えげつない程の力量の差だなぁ。まあ魔術と魔法を比べることがそもそもナンセンスなんだが。
「ぐはっ」
ルーカスがいきなり白目を剥いて、私に倒れ込んできた。
「ルーカス!?」
ぐぐっ、重い。頭を打たないようにそっと地面に横たえてやる。
世話のかかる奴め。
「ふむ魔力切れだな、このままではすぐ死ぬぞ。だがお前の血の一滴でもくれてやればすぐに回復するはずだ。その者にはすでに血の再生と支配を行なっているのであろう? ヒトの限界を超えた魔力量はお前の血の恩恵だ」
フェリペ王には聞きたいことがいっぱいあるけれど、今は下僕の手当が先だ。
指を歯で傷つけてルーカスの口に血を注ぐ。
もー! 今日こいつに血をやるの何度目よ。本当に手がかかる男だよ。
「目を覚ましてまた暴れられたらかなわん。眠らせておくぞ」
フェリペ王がそう言うと、ルーカスの顔がピンク色のモヤで包まれた。ちょっとびっくりしたけど下僕を見ると安らかな顔でぐうぐう寝ている。これも魔法なのかあ、便利そうだな。ルーカスが興奮してやばい時とかうるさい時にかけたい。後で教えてもらおう。
フェリペ王の方に向き直ると、彼も私を静かな目で見つめていた。
これが私の祖父? 私と同じ黒髪と濃い紫の瞳。顔立ちは似ていなくて、ウアピの過去に出てきたレオみたいに平かな顔で肌がツルツルだ。そしてどう見ても二十台前半……若すぎないか?
「あなたが私のお祖父……さん?」
「気に食わん娘だ」
はあ?
失敬な返答に思わず眉間に皺がよる。
そんな私の反応など目もくれず、黒髪の青年はこう続けた。
「あの男に瓜二つとは……本当に気に食わない娘だ。海に投げ捨てたはずなのになぜ戻ってきた? 即刻この森と王都から出ていって二度とその顔を見せるな」
「は? それが久しぶりに会った孫娘にかける言葉? だいたいあなたは本当にフェリペ王なの? 五十歳にはとても見えないよ」
「魔の者よ、お前を孫娘などと思ったことはない。道を作ってやるからどこへなりとも失せるが良い」
そう言いながらフェリペ王は両手を開き、ふわりと魔法陣を浮かび上がらせる。
「何を勝手なことを! 私は帰らないよ。ママ……シンマスさんを見つけなくちゃいけないんだから。それに私は魔素がないと生きられない。魔素が濃いこの森は本当に快適なんだ。もう離れる気はないよ」
「お前の母親はもう消えたのだ。あの男はもう別人、諦めるのだな。魔素については人魚どもと死体漁りでもすれば良いであろう。そのために水葬の風習が根付くように儂も協力したのだから」
ああそうか、こいつは赤ちゃんだった私を海に投げ捨てたとかいう鬼畜だったわ。私は手を乱暴に一振りして、フェリペ王の魔法陣を吹き飛ばした。(怒りに任せて適当にやったらあっさり消えて拍子抜けだ)
「なんと、その魔力。まさかお前はすでに【白夜】を発動したのではあるまいな。いやまさかその幼さで」
「【白夜】ならとっくに発動しているけど?」
私があっさり答えると、フェリペ王は頭を抱えて叫んだ」
「なんということだ! その幼さで【白夜】発動だと? なんと残酷な……、それが本当ならお前の正気はあと一年も持たぬし、死ぬまでその幼き姿のままだ。いや信じぬ! 新たな聖結界など王国のどこにも生まれておらぬぞ」
「いや、ちょっと前に灯台島で発動したけど」
そう言うと、黒髪の青年はポカンと口を開けた。
「そんなことが可能なのか? 大量の魔素に暴露する必要があるはずだが、灯台島の魔素は乏しいはずだ。いや【白夜】らしきものを見たとの報告は受けていたが、誤報だと思っていたぞ。まさか、人魚たちの仕業か? 本当なのだとしたら、お前の魂はどうした?」
「人魚たちが保管してるって聞いたよ。大量の魔素については、メガラニアの魔法石を使ったって言ってた。」
「……っはははっ、これはやられた! そんな手があったとはな!」
呆気に取られた表情から一転、笑み崩れた青年は私の手を取った。そして魔法を使ったのかふわぁっと私の体を持ち上げて、その場でくるくると回り始めた。




