幼き者の棺
その後私は、もう一度泉の底に戻って魔法陣や棺、宝石箱を調べた。宝石箱にはルーカスの言った通り修復機能があるようなので、ママのアメジストを安置する。これで本当に治るのか分からないが、やらないよりマシだろう。
ひび割れた魔宝石からは、胸が張り裂けそうなほどの悲しみが伝わってくる。人魚たちにとっては、単なる子育ての必須アイテムで、メガラニアの時代に量産されたありふれた遺物に過ぎないのだろう。けれどそれがなんだというのだろう。私にとってこのアメジストは唯一無二のママの半分だ。
そしてもう半分はシンマス・モレノ――愛情深く庇護的な、身も心も美しい一人のヒトだ。
アメジストとシンマス・モレノさん(あえてそう呼ぶことにした)の回復と安全が今後の目的……そう私は心を決めた。
決めたら、すごく晴れやかな気持ちになった。
「よしっルーカス、次はシンマス・モレノさんを探すよ」
「はあ。と言っても手がかりは何もないですよ」
「うん、そうなんだけどね、ちょっと心当たりがあってさ。この毛髪を見てみてくれない?」
手のひらに髪の毛らしきものを載せて、ルーカスに見せる。
「これは……人間のものですか? 随分特徴的な色ですな。一見オレンジに見えますが、赤やピンク、紫にも見える」
「そう、光の当たる角度によって色が変わって見えるんだ。これ、ゲームのヒロインの髪の毛そっくりなんだよね」
「は? ゲームノヒロインって何ですか」
かくかくしかじかで〜とルーカスに説明するのに小一時間かかった。私に前世の記憶があること、この世界は前世のゲームにそっくりなこと、私が国を滅ぼそうとするラスボス王女であること……などなど。一応黙って聞いてくれたが、信じてくれたのかとか、理解できたのかとかは不明だ。
ただ、私が話終えた時に一言、「殿下はその前世とやらで義手をつけていましたか?」と訊かれて驚いた。前世の容姿のことは話していなかったので、なぜ彼がそれを知っているのか謎だ。聞いても黙り込むだけだし。
さて話は偏光オレンジの毛髪に戻るが、これは前世でやったゲームのヒロインの特徴的な髪色だ。そしてシンマス氏が胸につけていた真紅の人造魂も、ヒロインが身につけていたネックレスと特徴が一致する。だとすると……。
棺に居たのは、ヒロインその人か、彼女に関係する何者かだったのではないか。
棺を取り巻く魔法陣から推察するに、修復か創造または合成……なんらかの目的で、人造魂と共に棺に安置されていた肉体があったはずだ。その肉体が何処に行ってしまったのかは不明だが、人造魂だけが宝石箱に残されていた。そして経緯はわからないが、シンマスさんがその人造魂を身に着けるに至り、彼もどこかに去ってしまった。
どこに去ったのか? 心当たりが一つだけある。
ゲームのヒロインの家だ。
ゲームの中でセシリアが守っていた両親の店。悪役王女ヴィオレッタとその取り巻きに、めちゃめちゃに壊されちゃうあの家。
確か平民街の端の方にあったと思ったんだけど。
「平民街にあるはずの、ヒロインの家に行きたいんだけど。まずはここから出ないといけないよね。出口ってどこなんだろう。ねぇルーカス」
「さあ、皆目わかりませんなぁ」
「こっちだよ」
澄んだ声に振り返ると、銀髪の少年が立っていた。うん? 一体誰だろう、初対面のはずなんだけど、何処かでみたことがあるような。
「ヅヅィ!」
少年の肩から、小モモンガくんが元気に顔を出す。大モモンガくんにいつもくっついていたあの仔だ。
「あなたは誰?」
「ふふ、君のスープの力は凄いね。ほんの少しだけど、こうして元の姿に戻れるなんて。さあ、森の出口を教えてあげる。あの魔女が勝手に開けた抜け穴があるんだ。でも約束だよ、必ずまたスープを作りに来て!」
「え? 何を言っているの、ちょっと待って!」
銀髪の少年が駆け出したので慌てて後を追う。つぶらな黒い瞳が印象的な、美しい少年だ。豊かな銀髪はふわふわのもふもふで何かを連想させる。もふもっふの気持ちよさそうな髪の毛……ってあれ? 急に毛量増えてない? 髪の毛っていうかもう毛皮っていうか、むしろどんどんムクムクになっていって……。
「大モモンガくん!?」
「ヅヅィ!」
前を走っていた少年は、いつの間にかふかふかの大モモンガくんに変わっていた。小モモンガくんを肩に乗せたまま走る彼を追いかけていくと、森の中に魔法陣が浮いている場所にたどり着いた。
「大モモンガくん、あなたの正体は男の子だったんだね。もしかして他のどうぶつたちもそうなの?」
「ヅヅィ」
もう会話はできないらしい。小さなお手てでしきりに魔法陣を指し示している。どうやらここが森の出口のようだ。
「ありがとう、とりあえずここから出られるか試してみるね。それと、またどうにかしてここに来て、スープを作るから!」
「ヅヅィ」
魔法陣をくぐろうとする私の腕を、ルーカスが慌てた様子で掴む。
「殿下! なぜそう不用意なのですか。安全を確かめてからにするべきです。まずは私が行きますから」
「ルーカス、最近急に過保護になったよね。ほらっ、いいから一緒に行くよ!」
魔法陣の先には、平民街と思しき風景がゆらめいている。よおしっママを探すぞーっと、張り切って足を踏み入れようとしたその時、ゾッとするほど冷たい手が私の肩を掴んだ。
「その先に行かせるわけにはいかぬ」
静かでいて有無を言わせない声色に振り向くと、そこには黒髪の青年が、紫の瞳を尖らせて立っていた。
「狂王フェリペ!!」
そう叫んだのはルーカスだ。憎しみに染まった瞳で青年を睨み、即座に攻撃魔法を展開している。
狂王フェリペだって? ではこの青年が、私を海に捨てたという祖父、フェリペ王なのか。
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近々登場人物紹介をアップする予定です、




