魔女火刑 二
まぼろし森 三 の続きになります。
「おろせー! 私を喰う気だな化け物め! はははっ塵芥に帰すが良い、我が火球をくらえっ、ぐうっ! もう魔力切れだ!」
「ルーカスうるさいっ!」
眠すぎて半眼のまま怒鳴る私の前に現れた下僕。なぜか、カマキリ君とバッタ君に担がれての登場だ。
スルーしてそのまま寝てしまおうかな? とも思ったんだけどまあーギャンギャン煩い。
「殿下!? なんとっ、そこの下賎なケダモノどもめ! すぐに殿下から離れるのだ!」
そう言いながらルーカスが特大の火球を、私に駆け寄ろうとしていたモモンガくんに放つ。
嘘でしょ、さっき魔力切れとか言ってたくせに!
「ちょっ、危ない! 馬鹿ルーカス」
モモンガくんに火の玉が迫る!
そうはさせるか! 私は猛ダッシュしてもふもふを突き飛ばした。
バヂィ!
――ああ、またこのパターン。
前回同様悔いはないけど、相変わらず強力な火魔術だこと。火球が私に着火してから燃やし尽くすまで二十秒ほどか。
落ち着いて時を計れるほど余裕があるのは、ちっとも苦痛がないからだろう。火葬の時と同じだ。
「ご、ご主人様ぁっ!」
「ヅ、ヅヅィ!」
絶望の叫びを上げるモモンガくんには「大丈夫だよぉ」とにっこりし、あほづらの下僕には燃えながら「ばーかばーかお前のせいだぞ」と口を動かしてみる。
そして私は再び燃やし尽くされ、どこまでも澄んだ 朝の大気に吸い込まれていくのだった。
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ぽっかりと意識が浮上する。
たくさん泳いだ後みたいに体がだるい。肌がやけにスースーするし、また全裸なんだろうな。
まだ目は見えない。手足も動かせない。おそらく肉体が再生している途中なんだろう。
それにしても、不思議な夢を見た。
いや、夢ではなかった。私は思い出したのだ。前世で焼け死にながら体験した未来を。
業火で肉体を焼かれながら、私は誰かのあたたかな腕に包まれて、歓喜の産声をあげていたのだ。
以前にエル・クエロが教えてくれたことを思い出す。亜人とヒトとの間に生まれた個体の中には、前世に魂に刻まれた体験を特殊能力として使える物がいるって。
私の場合は火葬されながら来世の誕生を体験して、それが魔法になったということなんだろうね。
燃え尽きて再生するってまるでフェニックスだよね。私ったら伝説級の神獣並の力を持ってるってこと?
えーすごいじゃん私。もう改名しようかな。ヴィオレッタ・フェニックスとか? うわぁ厨二くさい。
「実に馬鹿馬鹿しい独り言だ、なんとも殿下らしい」
はっと顔を上げて、ようやく再生したらしい目をぱちりと開く
「はうあっ!」
眼前に変態下僕ルーカスの顔が! 近いわ!
土気色の肌がゾンビみたいで不気味! 血走って瞳孔が開いた目が怖い!
「チッ、生きていやがりましたか殿下」
苦りきった口調でぺっと吐き捨てる、その顔つきは凶悪だ。
相変わらず下僕とは思えない態度だが、それでも私の体にふわりとマントをかけてくれた。
改めて見ると随分と体調が悪そうだ。私の体をマントで包む手もやばいくらいガタガタ震えている。
「ちょっ、アンタ大丈夫?」
「ヅヅィ!」
しかし白っぽい塊がモファッと抱きついてきた瞬間、私は薄情にも全てを忘れてモファッと抱き返した。ふあー幸せっ。
モッフモッフのモモンガくんが大きな瞳で私を見てる。ふっかぁっ、とした胸毛に顔を埋めて、おひさまのような匂いを満喫する。天国ってここですか? 小さなお手手が私の背中を抱きしめてるー。そしてモモンガくんの大きな瞳が涙で潤んでる。可愛い。
「ごめんね、心配かけて」
「ヅヅィ」
「うふふ、私は燃えても死なないで綺麗に再生するんだよ。だから大丈夫。……ねえルーカス、まだ朝ってことはあんまり時間経ってないの?」
「そうですね、多分二十分くらいですかな……ってあり得ないことが起きた! なんで生きてるんですか? さっき燃え尽きたのをこの目で見たのですよ、この化け物!」
「にじゅっぷん! 随分早いなー。灯台島で燃えた時は二時間くらいかかかったはずなんだけど。やっぱ魔素が濃いからかな。ところでアンタ、なんで土気色の顔してんの? あっ、腕も折れてるじゃない!」
左腕があり得ない方向に曲がっている上に、指が黒く変色している。
「……おそらく血の再生の“制約”が発動したのでしょう。結果的にご主人様を私の火魔法で攻撃したわけですからベヒャッ」
そう言いながら赤黒い血を吐くルーカス。腕だけでなく内臓もやられているということか。
血の再生――瀕死のルーカスに以前私が施した魔法だ。ハーフ人魚である私の血を飲ませて回復させたのだが、同時に相手を支配してしまうという特徴がある。私の下僕となったルーカスは私の命令に背くことはできず、私を傷つけることはできない。
そして意図せずとも、その“制約”を破った場合には、今回のように制裁を受けるのだろう。それも確実に殺しにくる凄まじいやつ。
黒い血を吐き散らしながら這いずりまわっているルーカスにびびる。
「嘘でしょ? どうしたら良いの?」
これって制裁どころじゃなくて、死にいたる壮絶な呪いじゃん……回復魔法? いや違う気がする。
そうだ、血! 私の血をまた与えればいいのでは? 慌てて腕をナイフで切り、半泣きで血を与えたらみるみるうちに回復した。
土気色だった肌には血の気がさし、折れ曲がって変色した腕や手は元に戻った。いやー血の再生って凄い。制約破った場合の反動もすごいけどさ。
とにかくよかった……。当の下僕が嫌そうに口を濯いでいるのが納得いかないが。
「全く! なんてものを飲ませるんですか! ばっちい」
「はぁ? アンタが苦しんでいるから私の血を口に垂らしてやったんでしょう? 感謝しないさいよ!」
「はっ、頼んでないですからな!
うわームカつく。頼んでないだってさ! 命を助けて貰ってそりゃあないっつーの。
ふん、もう口を聞いてやらないよ!
「大体ここはどこで、この蟲やケダモノどもは一体なんなのです?!」
ここは魔の森だよー。どうぶつ達のことはよく分からない。
「気がついたら空から落下している最中で、慌てて魔術をぶっ放して減速したから良いものの」
ああ、昨晩見た彗星みたいな光は、ルーカスが落下しながら使った魔術だったのかな。すごい光だった。
「もう少しで死ぬところだったのですぞ! 泉に落ちて溺れる寸前で岸に泳ぎ着いたら、気味の悪い蟲どもに担がれるし。それなのに殿下はうるさいだのと」
うん、めんごめんご。
「あ゛あ゛? 本当に悪いと思ってます? しかもさっきから何故一言も喋らないのですか」
喋ってないのに何故か謝り方が適当なのは伝わっている。
まだ眠いし、ガーガー起き抜けに怒鳴られて、正直めんどくさい。思わずはぁっとため息をつくと、下僕はあからさまにムカついた顔をして何処かに行ってしまった。
「なんなのアイツ、まったく」
ゴロンと草地に寝転がったまま空を見上げる。すっかり朝になっていて、どこまでも澄んでいて美しい。灯台島の朝と同じだ。
途端に胸がズキンと痛む。なに? ひょっとして胃痛かな。どうぶつ達に配ってばかりで、自分はほとんど食べてないもんね。魔素で満たされてはいても、ヒトとして胃や消化管を定期的に使う必要はあるのかも?
「なんか食べるかー、昨日のスープ余ってたっけ」
のっそりと起き上がって小屋に向かう。モモンガくんやリスくんの姿も見えない。皆帰ってしまったらしい。昨日の狂乱? が嘘のように小屋の周りはひっそりとしている。扉を開けるとスープの残り香がふわんと漂ってきたが、鍋の中は空っぽだった。
「あー」
私は肩を落として泉に向かった。せめて水でも飲んで畑から人参掘って齧るか。消化管も使わないと機能低下しちゃうからね。でも自分のためだけにまた料理するとか、だるいのだ。
ついでに顔も洗っちゃうかぁ、とザプッと泉に顔を突っ込む。するとさすが人魚のハーフ。自動的に眼に透明な膜が張られて、水中がクリアに見えるではないか。おお、澄んでいるけどかなりの深さがあるようで底が見えないぞ。沐浴がてらちょっと泳いでみるか。
「我が内に眠りし魚の心よきたれ」
うろ覚えの厨二おまじないを唱えると、スルリと下半身が魚のそれに変わる。耳の後ろを触ってみると既にエラが稼働中。軽く蹴るだけでぐんぐん進むのが気持ちいい。
よし、暇だし底を目指してみるか。




