まぼろし森 二
大きなモモンガくんは、どうやら私に料理を作って欲しいらしい。
そのボタンのような瞳にじっと見つめられたら、断れないよね。
まあどうせやることもないし。
魔の森に来たはいいけど、帰り方が分からない。そして帰る理由もない。
何か大切なことを忘れている気がするけれど、きっと思い出さない方が良い。
私の人生は落ちていく夕日を待つのと同じだ。おしまいを待つだけ。それまで生きてやり過ごすだけ。
しかし、この小屋は不衛生すぎる。こんなところで料理を作ったらお腹を壊す事うけ合いだ。
料理の前にまず掃除が必要だろう。
と言っても雑巾ひとつ無い。小屋の裏に立てかけてあった箒は、触っただけで分解しちゃうし。
どうやって掃除しよ? とりあえずドレスを脱いで下着姿になる。それからガタピシいう窓を全開にして換気した。
「魔法でなんとかならないかな? 埃を吹き飛ばすなら風魔法?」
灯台島で暮らしていたときは、ママが生活魔術でちゃっちゃと掃除してくれたからなぁ。ちなみに私は魔術が全然使えなかった。
あれ、魔法で再現できないかなぁ。
ゴミや埃を集めるのに、ママは風の魔術を使ってた。
なので私も、家の外で風魔法を試してみることにする。ええと、前世の体験で風っぽいものはないかなぁ。
あ、風砲の実験は一時期熱心にやらされたか。よしこれだ。
ゴウッ
結果、目の前の木が根こそぎ吹っ飛んでいった。
うん、風砲は兵器だもんな。うん。
風魔法で掃除するのは諦めて箒を自作することにした。泉のほとりの葦原で、沢山の葦を束ねたものだ。これがなかなかに良い感じ。
埃払いのあとは、水魔法で天井から壁から床から流してスッキリ! ちょっと壁が一部剥がれたけど問題ないだろう。びしょびしょになった家は竈に火をガンガン焚いて乾かす。ちょっと天井が燃えたけどこれもまあ問題ない。
うん、風魔法は練習要だけど水と火は問題なく使えるみたいだ。
「ヅヅィ……」
大モモンガくん、なぜかとても疲れた顔をしているのだけど、どうしたのかな?
家が綺麗になったので、いよいよ調理に取り掛かる。
まずは料理に使う水だ。私の水魔法でも良いのだけど、せっかくなので魔の泉の水を使いたい。
一抱えもある水瓶を運ぶのは無理かなーと思ったけど、身体強化の魔法が使えたらか余裕だね。前世でパワードスーツを身につける機会があって良かった。
モモンガくんたちも、古いカゴを持ってきてくれたり、お椀を探してきてくれたり協力的だ。
「材料も道具も限られてるから、作れるのはスープくらいだよ。それでいい?」
「ヅヅィ」
大事モモンガくんの了承も取れたし、さあ調理に取り掛かろう。
まずは食器や調理器具を綺麗に洗う。包丁の錆もそのへんの石で落とした。
それから野菜の処理だ。大量にとれたイモは泥を洗い流した後、皮を剥いて一口大に切って水に晒す。といってもボウルなどの調理器具はないので、ザルに入れて泉の水に漬けることにした。大モモンガくんが引き受けてくれて助かる。小屋と泉は地味に距離があるので手間なのだ。
人参は半分野生化しているのか小さくて硬い。火が通りやすいように小さくカットしておく。弱火にかけた大鍋に潰したギョウジャニンニクを投入し、香りが出るまで炒める。
「なんか油とかスパイスがあればなー」
素焼きの瓶に入っていたのは僅かな塩くらい。奇跡的に湿ってなかったから良かったけど、塩だけじゃあ単調だよね。
ま、素材の味に期待するしかない。
水気を飛ばしたイモと人参を鍋に入れて軽く炒め、魔の泉の水をザザーっと注ぐ。
野菜が柔らかくなるまでコトコト煮込んだら、塩を入れて完成だ。とても簡単なスープ。イモを潰しながら食べるのだ。
塩漬けの豚肉なんかを一緒に煮込むと、旨味がイモに染み込んでおいしいんだけどな。
「ヅヅィ」
「なに? 大モモンガくん」
これでお料理は終わりなの? 何か足りなくない?
そんな声が聞こえた気がした。
「ちょっと物足りないかもしれないけど、材料がこれしかないからねぇ」
「ヅヅィ! ヅヅヅィ!」
大モモンガくんが後ろ足で立ち上がって、お鍋の上で小さなおててをんぱんぱと閉じたり開いたりして、つぶらな瞳で私を見た。
胸がぎゅっとなる。愛らしい。
「うーん? おまじないかな? 美味しくなーれってやつ」
あまりの可愛さに、思わず大モモンガくんの真似をしたら、掌からふわぁっと光が放たれた。
ひゃっ なにコレ!
さらに驚いたことに、お鍋に放たれた光はスープに溶けるように馴染んでいくのだ。
「ヅヅィ」
大モモンガくんがお鍋を覗き込みながら、満足げな声を出す。『そうそうコレコレ!』って言っているみたい。
「魔力が入った料理が食べたかったの?」
ほんのりと輝く魔力入りのスープを見ながら大モモンガくんに問うと、彼はそうだそうだというように盛んに頷いた。
恐る恐る味見をしてみたら意外に美味しい。ギョウジャニンニクから良い旨味が出ていて、心配していた硬い人参も驚くほど味が濃い。イモも甘みが強くほくほくした品種のようで食べ応え十分だ。魔力にどんな効能があるかは不明だけど、とりあえず味の邪魔はしていない。
待ちきれないように飛び跳ねはじめた二匹のために、私は急いでスープを器に盛り付けた。大モモンガくんのは欠けた木のお椀、小モモンガくんには小皿によそってテーブルに運ぶ。
大モモンガくんはいそいそと椅子に座り、小モモンガくんはテーブルに飛び乗った。
「あちあちだけど大丈夫?」
「ヅヅィ!」
大丈夫! と目をキラキラさせながらお返事をして食べ始めた大モモンガくんだが、途中でふと顔を上げて、周囲をキョロキョロと見回しはじめた。
なになにどしたの。そういえば外に何か気配がするかも。
そっと窓の外を覗いてみると、なんと沢山のどうぶつたちが小屋の周りを取り囲んでいた。みんな、大モモンガくんみたいに大きな体をしている。
大うさぎ、大リス、大ヤマネ、大ハチドリ、大カワセミ……それだけじゃない。
ギチギチギチギチッと音をさせながら飛びたったのは巨大バッタと思しきもの。ちょっと気持ち悪いぞ!
大カマキリもいる。ヒトの手くらいのカマを振り上げて興奮している様子だ。怖い。
私、島育ちだけど虫は苦手なんだ。
「ヅヅィ」
大モモンガくんが扉を開けて外に出ていく。ちょっと大丈夫なのー? どうぶつたちはともかく、虫は気持ちわるじゃなくて危険じゃないの?!




