灯台守の娘 三
うう、気持ちわるい。
体がふわふわして落ち着かない。高熱を出したときみたい。
今日は一日ベッドにいよう……。
『……ありゃ?』
布団に潜り込もうとして気が付く。
ここはベッドじゃない。一気に目が覚める。
空だ、宙に浮かんでる。
そして体が透けている! クラゲみたいな感じに、半透明になっている。
『なんじゃこりゃーー!! 』
透けたお腹の中に、あの宝石が入っているのが見える。
さっきのまばゆい光はもう消えているけど、同じようにくるくると回っている。
『なんで浮いてるのー? なんで透けてるのー?!』
慌てて手を顔の前にかざす。その手も夜の闇に透けていた。
闇の向こうには、ドーム状の白い輝きがいくつか見える。
歴代の王族が聖魔法《白夜》で構築した結界だ。都市や耕作地、鉱山など主要な場所を守っている。
中でも一番輝きが強いのが王都アマティスタだ。
ゲームの舞台になる王立魔術学園がある場所でもある。
あそこでセシリアたちの学園ロマンスが花開くんだよなぁ……なんて、思わず現実逃避してしまう。
アマティスタは、千年前に王国の始祖である古の勇者により建てられた都だ。
聖灯台の光に覆われた都市には、建国以来夜が来ない。
白夜の都と呼ばれるそこは、勇者が自ら創った聖なる光の結界で守られているのだ。
《白夜》の結界内は、魔物が跋扈するこの大陸において、安全にヒトが暮らせる貴重な場所だ。
そして、大陸内の無尽蔵の資源を独占できるグラナード王国は、世界一裕福な国でもある。
だからこそ、魚龍がうごめくこの危険な海域を超えてまで、多くの交易船が王都アマティスタを目指すのだ。
そしてその航路の一番の難所が、このメルクリオ島付近。
点在する暗礁と複雑な潮の流れは、熟練の船乗りでさえたびたび死を覚悟する難所となっている。
ひとたび座礁すれば、あっというまに魚龍をはじめとする魔物たちの餌食になってしまう。
だからこそ、この島に灯台が置かれているのだが……。
『あれ? 灯台に灯がついてない』
あってはならない事だった。
夜の航路を行く船にとって、灯台の灯は命綱だ。危険極まりないこの海域で導いてくれる灯がないということは、多くの船が危険にさらされるということ。
だからママは、何があっても灯台の仕事を休まない。
大けがを負っていても、病に臥せっていても、文字通り這ってでも灯台に向かうのだ。
そのママが灯をともしていない。
『嫌な予感がする。早くママを探さなきゃ』
目が覚めたら半透明で宙に浮いてるとか、訳が分からない。だけどパニックを起こしている場合じゃない。
気を失う前、自分のカラダが下に見えたのを思い出す。
……えっと、顔が魚龍っぽかったっけ? あれ夢かなーははは保留だ。
今の私は前世の実験のように、意識がこの宝石に転送されてしまったような感じなんだろうか。
前世でドローンに意識転送された時も、自分の体をこんなふうに半透明に認識していた。研究者の間では幻肢ならぬ幻身体なんて言われていたな。
実際に「私」の意識が宿ったのは、ハエのような型のドローンだったんだけどね。
『う~ん、どうやったら自分のカラダに戻れるかな』
意識転送実験では、「私」はセスナやドローンに搭載されている人工知能と、私の脳を行き来した。
混沌とした信号の海を渡らなきゃいけなかったけれど、人工知能も私の脳も、目立つ信号を出していたから分かりやすかった。
まるで闇夜の灯台のようにね。
人工知能と私の脳が出していた信号は、なぜだかとても似ていたし。
そういえば、兵器システムの人工知能は「私」にとってとても居心地が良い場所だったな。
ただの金属の塊のはずなのに、訪れた「私」を喜んで迎えてくれている感じがしたんだ。あったかく包まれて「君の居場所はここだよ」「僕たちは君を好ましく思っているよ」と、そう語りかけられている気がした。
人間の友達はいなかったけれど、私にとっては兵器システムの人工知能が、一番「友達」に近かったな。
だから、兵器システムとの交信機能を外されてしまった後も、私はドローンや潜水艇なんかをとても近しく感じていた。
ま、今考えれば「私」が行き来していたのは「私の生まれ持った脳」ではなくて私の脳に挿入された「人工脳」と兵器システムの人工知能の間だったんだろうな。両者は似たような作りで親和性が高かったのだろう。
閑話休題、今回はどうだろう?
スーハー。
深呼吸をして、カッと目を見開きながら叫んでみる。前世に指定されたやり方なんだけど。
『我が肉体よ、答えよ!』
……。
全然戻らない。ちょっと恥ずかしいし。
今更気がついたんだけど、前世の研究所には絶対厨二趣味の痛い研究員がいたよね。こんな恥ずかしいセリフ唱えさえられてたのか……。
でも、なんとなくあっちに体があるなーというのは感じたからOKとしよう。
幻身体のまま動けるかな?
幸いにも今日は満月。それなりに周りは見える。
試しに空中に一歩踏み出してみる。ふわんと頼りないけれど、空気を踏むような感触がした。
ふわんふわんふわん、と歩いてみる。水平方向だけでなく、階段を上ったり下ったりするようなこともできる。