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水牢 二

「怖いくらい上手く行ったねぇ」


「はははっ、私の計画は完璧です」


 拍子抜けするくらいあっさりと、私たちは水牢の前まで来ることに成功した。

 

 隣の棟からは「ギャー」、とか「イヤー」とか「許せませんわ!こんな衣装!」とか「シャキーン、ザクザク!」とか色々聞こえてきて阿鼻叫喚らしいけどね。


 ルビーの間に入ってすぐに、私はマダム・シビラを箱から出した。


 はい、ご対面!


 「こんなに小さくなっちゃって!」と人形に縋りついて咽び泣く妃と、オロオロする侍女さんたち。彼女たちの衣服を見て怒りに身を震わすマダム。袖口から滑り出る鋏……そんなカオスを残して、私とルーカスはそっと部屋を出た。後はお察しの通り。


 お妃はもとより、侍女さんたちごめんなさい。でも最悪の衣装を素敵に直して貰えるんだし良いよね? 別に痛いことされるわけじゃないし。

 マダムにとってみても、美しいまたはうら若き妃と侍女たちの衣装を作れるからウィン・ウィンってやつ?


 水牢の塔にいた衛兵たちも「なんだなんだ?」とルビーの間に集まってくれたのでこちらの警備は手薄になっているて助かる。

 牢の鉄格子の扉には鍵がかかっていたけど、私が触れるとあっさりと開いた。

 王専用の水牢と聞いていたけれど、王族なら開けられる仕組みになっているようで。


「ここが水牢なんだ。なんか海の洞窟みたいだね」


 ほの暗い魔石ランプのあかりに浮かび上がったのは、まるで海蝕洞の内部のようだった。


「その通りですよ。もともと海に突き出していた巨岩を基礎にして、この塔は造られたのです。この洞窟も建国以前からあるとか。今は満潮なので随分上の方まで汐が来ていますね」


「潮の干満を利用した牢なのね」


 闇を吸って黒々とした海水がゴツゴツした岩の間に蟠って、陰気な水音を立てている。

 私は靴と靴下を脱いで裸足になると、慎重に水牢に足を踏み入れた。マダムが作ってくれた美しい靴を岩だらけの床で傷つけたくないからね。


「なんか陰気な場所……」


「そりゃあそうでしょうなあ」


 あ、と思い口を閉じる。

 そうだった。ルーカスの一族はルビーの間で拷問されたあと、ここに連れてこられたんだっけ。しまったな。ルーカスはここに来て大丈夫なんだろうか。また昼間みたい辛いことを思い出させてしまったんじゃ?

 

 私は咄嗟にルーカスの手を握った。


「ご主人様?」


 けれど下僕は不思議そう小首をかしげるだけだ。良かった。今回はトリップしないみたいだ。


 ルーカスが魔石ランプで辺りを照らす。洞窟内には、流木やズダ袋などの漂着物のほかは何もない。そして天井にも壁にも、海藻や貝がくっついている。つまり大潮ともなれば完全に水没しているのだろう。

 ここに誰かが棲んでいるなんて、ちょっと信じがたい。

 

「エル・クエロはここにいる人に会ってみろっていってたけど、誰もいないよね」


「はあそうですなぁ。ここに棲んでいる者がいるなんて、何かの間違いじゃないですか。殿下、それよりも当の少年人魚を呼び出す予定では。飴を持ってきて欲しいのでしょう?」


「うん」


 私は例の呼び声を放つ。


【――!!】


 すると岩陰に溜まっていた僅かな海水に魔法陣がうかびあがり、少年人魚が姿を現した。


「やあ、随分早い召喚だったね。何かあったのかい?」


「いいえ、飴を結構沢山食べてしまって残り僅かなんです」


「少しペースが早くない? まあ不安で食べすぎてしまうよね。悪いけど今は持ち合わせがないや。でもここは思った通り魔素が濃いな。普通に過ごすなら飴は無くても問題ないくらいだよ」


「やはりそうですか。王宮に来てから魔素は感じていたんですが、特にこの水牢は濃い感じがします」


 ここにいるだけで力が満ちてくるのがわかる。


「念のため魔法は使わない方が良いけどね。君は体内魔素が足りなくなると姿が変わってしまうみたいだから」


 そうなのか。魔法を使わないでいて本当に良かった。王宮で魚龍化したら大騒ぎだし、スラムの時みたいに理性を失ってしまったら、今度は本当に人を食べてしまうかも。


「魔素がこれだけ濃いということは、魔の森の入り口が近いのかもしれないな」


「魔の森って千年前に封印された場所のことですか?」


「そうさ。キルケーが勇者の魂を利用して【白夜】を使って封じ込めた森だよ。魔の泉や、逃げ遅れた魔物や亜人ごとね」


 森の入り口? 私は水牢の中見回したが入り口はらしきものはない。

 首を傾げる私に少年人魚は微笑んだ。


「入口が見えるとは限らない。それにしても、ルーカスくんと随分と仲が良くなったんだね」


「え?」


 あ、手を繋いだままだったか。慌てて離そうとしたのに、なぜか下僕はぎゅっと手を握ってくる。

 

「ちょっ、離してよ」


「はあ。離したら殿下は転ぶんじゃないですか? こんな岩だらけの場所。ああ、田舎娘だから慣れっこですか」


 そう言ってパッと手を離す。いちいち嫌味をかまさないでほしい。

 私は気を取り直してエル・クエロに質問した。


「あの、ここに会わせたい人がいるって、言っていましたよね? でもここには私たち以外は誰もいません。ここに棲んでいる人なんているんですか?」


「よく探してみると良いよ。かの人はとてもシャイなようだね。さて、僕は取り急ぎナウエルを助けに行ってくるよ。彼は王都の時計塔にいるんだったよね? 助けたらすぐに戻るつもりだけど、念のため君の部屋を教えてくれるかい?」


「はい、ルーカス、私の居室の場所を教えて。それと念のために時計塔の場所も」


「ああ助かるよ、彼がいる方角は感じるんだけど、建物で入り組んでるからね」


 ルーカスが少年人魚に説明しながら地図を書いている間、私は洞窟内を探索してみる。意外に広い。

 水牢だって聞いていたけれど、囚人を繋ぎ留めておくような鎖や手枷などは見当たらない。

 大きなズダ袋みたいのが岩の間に挟まっているので、なんとなくつま先でつついてみる。ん? 中身が入っているみたいだ。

 魔石ランプで照らしてみると、ズダ袋の端から傷んだ頭髪らしきものが出ている。


「え? これヒト? 囚人なの」


 慌ててズダ袋の反対側の端を照らすと、やはりヒトの爪先らしきものが出ている。なんだか乾燥して半分ミイラみたいな感じだ。

 溺死した囚人の死体かな、と思っていたらビクッとズダ袋が動いた。


「うわっ」


 なに? 中にネズミでも入ってんの。グロ嫌なんですけど。

 恐る恐るその辺の木の枝で突いてみると、ズダ袋の端からにゅっと何かが出てきた。


「ヒッ」


 なっ、なんだなんだ?


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