水牢 一
「フェリシアナ妃、どういうことですかなこれは?」
私を後ろに庇ったルーカスが、厳しい顔でお妃を問い詰めている。
ティーワゴンの上では魔術陣が赤く光り、『猛毒混入あり』の文字が浮かび上がっていた。
「そんな……私は毒など入れておりません!」
流石に正気に戻ったらしいお妃が青い顔で叫ぶ。
いくら権勢を誇るお妃といえども、王族に猛毒を盛ったとなれば死罪は免れない。
「ではあなたの侍女たちが勝手にやったとでも? もしそうであったとしても貴女の監督不行き届き。重罰は免れませんぞ。もちろん侍女は拷問の上処刑だ」
「ひっ……私ではありません!」「私もやっておりません!」
侍女たちも青ざめながら叫ぶ。
「ここで押し問答をしてもラチがあかん。そこの侍女、侍従長と衛兵長を呼んでこい」
ルーカスがララさんに指示を飛ばす。
「は、ハイ!」
「お待ちなさい! この場を動くことはなりまぬ!!」
ララさんの返事に被せるようにフェリシアナ妃が叫ぶ。
「こんな魔術陣ひとつでこの私に疑いをかけるなど……魔術師団長殿はご自分の立場がお分かりでない様子。この宮中であなたの言うことを真に受ける者などいないでしょうに。大事にしないほうが身のためですよ?」
「はははっ! 私の魔術陣は完璧だ。他の魔術師が見れば、ひとつの綻びも虚偽もないのが分かるでしょう。ご自分の立場が分かっていないのは貴女では?」
静かに睨みあう二人の間でララさんは一瞬固まっていたが、パッと弾かれたように扉に向かう。
しかし出入り口はいつの間にかお妃の侍女達に塞がれ、「退いてくださいませ」「なりませぬ」などと押し問答が始まっている。
(げぼくげぼく)
私は声をひそめて囁いた。これはまずい事態になった。
たらーっと額に冷たい汗が流れる。
(あのさーもしかして、私の飴かも。ティーカップに一個落としちゃってさ)
あの飴って確か、ヒトにとっては有毒なハーブで風味づけしてあるって聞いた。もしかしなくてもあの魔術陣は飴に反応しているよね!?
(ああ、あの少年の人魚がそんなこと言ってましたな。……まあちょうど良いから黙っててもらえます?)
そう言いながら肩越しにニヤリと笑うルーカス。その笑顔に私は軽い衝撃を受けた。
お、おお……。なかなか人間らしいというか、まるで悪戯考えついた少年のような笑顔じゃないか。
あの闇に呑まれて狂った男がこんな表情を……うん、良いことなのじゃないか? 若干なぜかイラつくけれども。
「こんなにも幼い王女様、しかもお辛い思いをしてやっと王宮に帰ってきたばかりの王女様が、お妃に毒を盛られたなど……なんとお労しい。王様のお耳に入ればどうなることか……。王宮としてもとても放置することはできない事態ですぞ。」
「ぐっ、だから私は毒など盛っておりません! 何かの手違いか、其方の魔術に問題があるのでしょう!」
「聞き苦しいですぞ、フェリシアナ妃! 今すぐに衛兵を呼んでも良いのですぞ。しかしお優しい王女様は騒ぎ立てることを好まれない……条件次第で有耶無耶にしても良いとおっしゃっています」
「なっ、そのような取引には応じぬ! 私は毒など盛っておりません! さてはお茶に毒を入れてわざと騒ぎ立て、私を」
「馬鹿げたことを! 夜分に一方的に王族の居室に押しかけ、そちらが持参した茶に毒が仕込まれていたのですぞ。下手な言いがかりはご自分の首を締めますぞ。しかし……」
ルーカスはニヤリと笑って溜めを作ると、ツンと顎を上に向けて澄ました顔を作った。
――なにブってんだよ。見てるだけでイラつく。
思わず心の中で叫ぶ。見てるこっちが恥ずかし過ぎてぶっ飛ばしたくなる……!!
「先程も言いましたが王女は騒ぎになるのを望んでいません。条件はひとつ、今すぐ茶会の会場をルビーの間に移すことだけです。それで今回の件はなかったことになる。いかがですかな?」
ああなるほど。
演技がかった下僕の口調に私の内心のイラつきは最高潮に達したが、むりやり抑えこんで意図を測る。
ルビーの間は水牢に近い。お茶会名目で目的地に疑われずに近付くつもりかな?
あそこは王宮内では格の低い応接室ということなので、王女とお妃の歓談場所としてはいささか場違いかもしれない。だけどお妃側にとってみれば場所を変えるだけで危機回避できるわけだし、乗ってくれるかも。
「は? ルビーの間で茶会ですって? 何を馬鹿なことを。意味がわからないわ。何を企んでいらっしゃるの?」
ゴミを見る目でピシャリと断るお妃。うん気持ち分かる。
このブってる演技も痛いし、きっとルーカスの日頃の行いもモノを言っているのだろうなぁ。相当変態だと思われているんだろうなぁ。
「あの……もしもそうしていただければ、マダム・シビラの情報もお伝えできますが」
こりゃダメだと判断した私は、ルーカスの背後からひょっこり顔を出して笑顔でそう告げた(仮面だけど)。
「まあ!! マダム・シビラのことを教えて下さるの? 行きましょう! 今すぐ!!」
そう言ってお妃は侍女たちにルビーの間を整えるように指示し、「それではまいりましょう今すぐ!」と鼻息荒く踵を返した。
侍女たちもそれに続く。ララさんは頭に疑問符をいっぱい浮かべつつも、「それではルビーの間にお茶の手配を。お茶菓子は厨房に頼んで」と他の侍女に指示を出してくれている。うん有能だ、助かる。
「ねえルーカス」
「はあ。なんですか殿下」
「脅しとか要らなかったね」
「…………」
スンとした表情の下僕を眺めて、私は内心快哉を叫んだ。
あースッキリした、ザマァ!
いやごめん、私の為に一芝居打ってくれたのはわかってるよ。でも魂が削られるほど見ていて恥ずかしくて! もう少しで何らかの魔法を発動してしまうところだった。
下僕は服装だけでなく心根も厨二なのだろうか。悪役参謀っぽい口調とか表情とかもう……!!
ああーっと叫びながら顔を覆って床をゴロゴロしたくなるような羞恥が、ゾワっと足元から上がってくる。これが共感性羞恥というものだろうか。初めて感じたぞ。つらい。
まあ下僕……ルーカスはまだ十八歳だもんな。前世で私が死んだ年齢と大して変わらない。まだ厨二が抜けていなくてもおかしくないし許そう。
でも、二度とああいうのはしないで欲しい。
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「呪いの部屋でお茶会だってよ」
「あんな不吉な場所でわざわざ?」
「いびりだろ」
「ああ、そりゃあんな王家の色彩の濃い姫様が現れたとなれば」
「趣味の悪いいびりだな」
誤解だよ、衛兵さんたち。
そしてルビーの間、呪いの部屋って呼ばれているのか。
年若いフリオくんが知らないだけで、やっぱりあの部屋が拷問部屋だったことは周知の事実なのか。
衛兵さんたちもうちょっと声をひそめなよ。お妃たちに聞かれたら首が飛ぶよ?
んーでもコレ聞こえてるの私だけ? 耳がよいのは半分人魚だから?
フェリシアナ妃は身に覚えのない毒殺容疑で脅されてお怒りだったのに、今やすっかりウキウキと興奮を抑えられない様子だ。
鼻息荒く私やルーカスの衣装を盗み見てきて……、ちょっと気持ち悪い。
「見ろよ、あんなに王女様のことを睨んで」
「よほど気に食わないんだろうな」
衛兵さんたちの誤解は止まらない。
ちなみにマダム・シビラの入ったびろうどの箱と裁縫箱は、ルーカスが抱えて持ってきた。
生前に王宮の衣装を手がけていたマダムとお妃は、既知の間柄だったとか。
フェリシアナ妃によると、マダムの衣装の大ファンだった彼女は、彼女の処刑を必死に止めようとしたのだそうだ……。
その願い敵わずマダムは水牢に入れられてしまったけれどね。
ということでお二人には感動の再会を果たしてもらいましょう。
お妃や侍女さんたちが着ている上質な生地を使ったトンデモ衣装について、マダムがどんな反応をするのかはお察し。
私たちはそのドサクサに紛れて隣の水牢へ行こうという計画だ。
う、うまく行くかなー?




