訪問 三
扉の向こうで綺礼をとっているのはフェリシアナ妃その人なのだが、ゲームキャラと大分印象が違うぞ?
犯人はやはり衣装、お前だ!
特にスカート! スカートの模様がおかしい。脚がたくさん描いてあるせいでギャグ漫画の急いでいる人みたいに見える……。
本当にどこのどいつなの?! こんな馬鹿げた発想ができるのは。
私は軽く頭をふってフェリシアナ妃の顔に集中した。これはタイマンなのだ。衣装に気を取られている場合ではないのだ。幸い化粧は普通だから顔を見ていれば平気だ。
歳の頃は二十代半ば?
私は人の年齢とかよく分からないんだけど、六年後のゲーム開始時に彼女は三十代前だったからそれくらいかなーと。
美しいけれどどこか陰鬱な印象の女性だ。細い鼻梁に尖った顎、薄く色味のない唇は酷薄そうにも見える。伏せられた瞳は灰色で、同じく灰色のまつ毛に縁取られていて地味な印象だけど、きらりと底光りして油断なくこちらを伺っている感じ。
うんうんミゲル王子お母さんに似てるわ。
トゥルーエンドの攻略対象としては地味……なんだよね。まあ美形なんだけどさ、こうキラッキラの正統派王子様キャラではないんだな。
地味で陰鬱よく見りゃイケメン、無口で何を考えているかよく分からないキャラ。生い立ちに難アリの解凍系で、それ系好きな人にはドンピシャらしいんだけどねー。
プレイヤーの掲示板でついたあだ名は『地味王子』だった。
うん、フェリシアナ妃も地味妃(腹黒)って感じだな。我ながら失礼極まりない感想だけども。
だって私を見た時の、目の底光りがすごい。ピカン! って光ったよ。私の黒髪紫眼に反応したんだと思うけど……。あ、あと仮面被ってるから不審に思ったのかもね。
「…………」
「…………」
フェリシアナ妃、ただ黙って立っている。
私も特にかける言葉が無いので黙る。
ん? 何しに来たのこの人。
「殿下から声をかけないと」
後ろからルーカスが囁く。
あっそうか! 下位の者から話しかけちゃいけないんだっけ。
口調は……どうしようかな。
まだ私は子どもだし、とりあえず丁寧な感じで話せば良いか。
「……どうぞ入ってください。フェリシアナ妃、ご訪問に感謝しますわ」
感謝してねーけど、本当は迷惑だけれども。
こっちゃ部屋着でだらだらしたかったんだよー。
「王女殿下にご挨拶申し上げます。突然のご帰還を聞き及び、いてもたっても居られませんでしたの。大変なご経験を重ねていらしたとお聞きしておりますわ。少しでもお慰めになればと香りの良いお茶など持って参りました」
「まあ、お気遣いに感謝いたします。どうぞこちらにおかけになってください」
わー、妃の後ろの侍女さんがティーワゴン押してきてる。
これから一緒にお茶しましょうってこと?
毒入りとかじゃないか気になるな。
どうしよう、でもルーカスに魔術で確かめさせるとか、さすがに妃に対してできないよな。
と思ったらルーカス魔術構築してた。
侍女さんがコポコポとティーカップに注いだばかりの紅茶に、毒味の魔法陣と思われる物を展開している。
わわ、ちょっとタンマタンマ、さすがにそれは不味いって!
あからさまに毒入り疑っている感じになるじゃん!
ほんっとアンタは空気読まねーな。
ほら、フェリシアナ妃怒ってるよー、上品にお膝の上で揃えた手がブルブル震えているし、顔も真っ青……。
「ルーカスおやめなさい。フェリシアナ様、大変失礼いたしました。彼はあまりに職務熱心でして……」
「おほほ……それは素晴らしいですわね。どうかお気になさらず……そんなことよりその」
「?」
明らかに様子がおかしい。
幽霊でも見てしまったかのように、蒼白な顔色だ。
震える指でぱらりと扇子を広げて顔を隠した彼女に、私は思わず声をかけた。
「大丈夫ですか? ご気分が悪いのでしたら……」
華奢な肩がピクッと震える。
「いえっ……、そんなことは。それよりもその×××」
「? すみません、少し今聞き取れなくて。なんでしょうか」
「そのドレスっ」
「ドレス? ああ私の着ている物ですか。これがどうかいたしました?」
「マダムの……マダム・シビラの……作のように見えますが」
「え?」
「このライン、この雰囲気……マダムの新作? そんなはずはないわ、だって彼女は……でも、でもマダム・シビラ以外にこんなドレスなんて! 王女殿下! このドレス一体どこで手に入れられましたの?」
叫びながら扇子でビシィッと私のドレスを指さす妃。
そしてザザザザっと一瞬で間合いを詰めてきた。
こわっ!
そして鬼の形相でドレスを掴もうと手を伸ばしてくる! 急にどうした? 地味妃(腹黒)認定が一瞬にして崩壊してやがる。
こんなエキセントリックなキャラだったけ?
思わず立ち上がってティーワゴンの後ろに逃げる。その拍子に持っていた袋の中の飴が、ぽちゃんとティーカップの中に落ちてしまった。
ああ大切な飴がー!
「不敬ですよフェリシアナ妃。許可なく殿下に近ずくなど」
ルーカスが間に入って止めてくれてほっとする。妃ちょっと目が血走ってて怖いよ。この豹変ぶりといいドレスへの執着といい、誰かに似ていないかい?
「もう我慢できませんわ、一目見てわかりましたの!」
そうだマダム・シビラに似ているんだ。
「御前で取り乱すなど……いくら権勢を誇るお妃とて許されませんぞ」
強い口調でギロ……とルーカスが睨むと、フェリシアナ妃ははっと息を呑んで大きく震えた。
おお、ルーカスの威圧で正気に?
「こちらも……マダムの手による衣装ですわよね! まああっ、まあ! なんて美しい」
そう言って今度は下僕の衣装に掴みかかった。
うん、全然正気に返ってない。テンションがマダムそっくりだ。
「うおっ、なな何を」
ルーカスは慌てて逃げようとしたがお妃に服を掴まれて固まっている。
私に掴みかかったのなら躊躇なく振り払えるのだろうけど、自分が掴まれたとなると対応に困るのだろう。
「お、お妃さまーおやめくださいませ!」
フェリシアナ妃の侍女たちが慌てて止めに入る。
しかし妃はなぜかルーカスの服にしがみついて号泣し始めた。
「おおうう、マダム・シビラ! これは間違いなく彼女の新作だわ。生きていたのねっ、生きていたのねー!」
「お妃さま!? どうなさったのですー?」
「お鎮まりくださいませっ」
私の侍女たちも加わって、なんとかルーカスの衣装にむしゃぶりついているお妃を剥がそうとしている。
下僕は『ヒィィィ助けろくださいご主人様』という視線を、私に投げかけてくる。が、私は紅茶に落ちた飴が溶けてしまったのを見て慌てていた。
だって貴重な飴だもん。一粒だって無くしたくないからね。この飴が溶けた紅茶は私が飲むぞー。
ちょうどその時、ティーワゴンの上にさっきルーカスが仕掛けた毒味の魔法陣が、ぱあああっと光りながら展開した。
けたたましい警戒音と共に、『猛毒混入あり』の文字が陣に浮かび上がる。
「猛毒混入だと? 殿下! その紅茶を飲んではいけません!」
「マダム・シビラはどこにいるのっ! 今すぐ教えなさい!!」
「お妃様〜! 落ち着いてくださいませっ」
「まあぁ、毒だなんてそんなはずはっ、お妃様〜ドレスどころではありません!」
……おおう、カオスだ。




