王女の間 二
「ささ、三人とも王女殿下にご挨拶をしなさい」
「は、はいっ、マリアと申します」「え、エマと申します」「ら……ララと申します」
侍従長さんに促されながら、三人は再度カーテシーをして名を名乗った。
ええと、茶色のくりくりしたお目目がマリアさんで、切長の黒目がエマさんで、水色の垂れ目がララさんね。
あんまりここには長居しない予定だけど、住んでいる間は快適に暮らしたい。なので普通に感じよくするよ。
「マリアさん、エマさん、ララさん、どうぞよろしくお願いしますね」
「「「はっ、はい。恐れ入ります!」」」
「王女殿下、侍女や私どもへはそのような丁寧なお言葉遣いは不要でございます」
ああそうか、一応王族だものね。
「分かったわ。でも年長の方々に敬語を使わないなんて。しばらく慣れそうもないわ」
「私には敬語なんて使った事ないじゃないですか……」
ルーカスがボソッと言ったけど流した。
「本日はこのままお部屋でおくつろぎいただければと思うのですが、いかがでしょうか。宜しければ湯浴みとお着替えを……、その後こちらのお部屋に晩餐をご用意いたします」
そう提案してくれたのは侍女のマリアさんだ。一番年長なのかな? くりくりした茶色のお目目のかわいい系だけど、話し方がザ・できるという感じの侍女さんだ。
湯浴み……お風呂かぁ。すごく惹かれるなー。エル・クエロのところで水浴びはしたけれど冷たかったし。でもママのことが気になってそれどころじゃないんだよね。
「そうされてはいかがでしょう? シンマス氏のことならば、私が先ほどシーロに確認を頼みましたし」
お? ルーカス。君が進んで私に役立とうとするなんて、下僕らしくなってきたではないの。
でもようやく気が付いたんだけど、ルーカスってこれまで何も食べてないんだよね。灯台島で私とママを襲撃してウアピに呑み込まれて、私の血で再生して……これまで飲まず食わず眠らずでここまできたけれど、大丈夫なの?
「ありがとうルーカス。でもあなたも休んだら? ずっとろくに食事も取ってないじゃない。侍従長さん、ルーカスの部屋はどこなの?」
「はっ。お隣に専属侍従の部屋がございます」
「お言葉ながら私に休みは必要ありませんよ。そうやわな身体ではありませんからね」
おお? 下僕が自らブラック労働に突き進んでいく。確かに顔色も良いし疲れた様子はないな。でもさ。
「ルーカスあなた、休まないにしても食事は取らないとまずいんじゃない?」
「ではここで王女殿下と一緒に晩餐をいただきましょう」
「王女殿下と専属侍従が一緒に食事ですと? 身分をわきま」
侍従長さんが額に青筋立てて怒るのを、私はにっこり笑って制止した。
「良いのよ、私が許すわ。まだ色々と慣れないので知った顔と食事を頂きたいの。今日だけで良いので見逃してもらえないかしら? 侍従長さん」
「……仰せの通りにいたします」
渋々と言った感じだけれど、侍従長さんも許してくれた。
ルーカスが何かいいたげに目を眇めてみせる。ん? 油断するなって言いたいのかな? そういえば翼蛇で王宮に向かっている時に「消される」とかなんとか言っていたよね。
王族は王国にとって絶対必要な存在なんだから暗殺とかあり得ないと思うし、あれだけ沢山の人たちに王宮入りを目撃されたんだから大丈夫じゃない? と思ったんだけど、実際にゲームのヴィオレッタは何度も毒を盛られたり殺されかけたりしたしなぁ。
毒かぁ。お風呂や食事も危ないのかなぁ。
大局よりも目先の利に反応するのも人の性だしね。ここはルーカスに従っておこう。
「じゃあ私は湯浴みをしてくるから、出てくるまでここで休んでれば?」
「ふむ、では浴室に入りますよ。ちょっと失礼」
そう言いながらルーカスはドアを開けてズカズカと浴室に向かう。
「ちょっ、何してんのルーカス」
「ぶ、無礼な! 止まりたまえ魔術師団長!」
私と侍従長さんの静止をスルーして浴室に向かったルーカスは、何やら魔法陣を展開していた。
「ふむ……特に罠などはないな。アメニティも問題ない。他の部屋も点検しておきましょう」
「なんと! わ、我々が王女殿下のお部屋に罠など仕掛けるわけがない! 無礼にも程があるぞ魔術師団長!」
「魔術師団長? 侍従長殿もご存知の通り、私は十年前よりヴィオレッタ殿下の専属侍従ですよ。殿下の安全に万全を期すのは私の当然の職務。それとも調べられたら困ることでも?」
「なななっ、そのようなこと」
「それならば黙って見ているのが良いでしょう、侍従長どの」
そう言ってルーカスはあらゆるところを点検し始めた。
さっきから変だな下僕め。私から命令されたわけでもないのに勝手に安全点検始めたりして、それにやけに過保護だし。
突然下僕意識に目覚めたのか? それとも何か企みでもあるんだろうかね。
ああそういえば、私が死ぬと血の支配を受けているルーカスも死ぬんだっけね。それでかー。
浴室は安全だと言うので湯浴みをさせてもらうことにする。侍女さんたちも一緒に入ってきたけれど、ドレスだけ脱がして貰って(1人で脱ぐのは無理なので)、出て行って貰った……。
王族や上位貴族にとっては当たり前なのかもしれないけど、自分だけ裸になって洗ってもらうとか無理!
前世では具合が悪い時や術後は、ベッド上で清拭して貰うのが当たり前だったけど、やっぱり恥ずかしいものなのよ〜。
良い香りのするお湯に浸かりながら、今後のことをつらつらと考える。
ママのことはルーカスの情報待ちとして、飴の残数を考えると早いところエル・クエロを呼び出さなきゃならない。
多めに持たせて貰ってはいたけれど、飴が減るペースが早い。
お腹は不思議と空かないのだけど、万が一でも魚龍の顔になってしまったらマズイから、つい早いペースで食べてしまうのだ。
王宮内であの貌を晒してしまったら目も当てられないからなぁ。
エル・クエロの言っていた通り水牢に行って召喚魔法を使うか……確かそこに会わせたい人物がいるって言ってたし。
問題はどうやって水牢に行くかだなぁ。
忍び込む? いや無理だろう。深夜になっても昼と変わらず明るいし、衛兵たちも見張っていると思う。
水牢を見てみたいと頼む? いや変だろ。十年ぶりに見つかった王女が帰還早々牢屋見たいとか。
魔法でなんとかできないかなぁ?
透明人間になる魔法とか? 衛兵を眠らせるとか?
できるかもしれないけど、ぶっつけ本番になるしどうも不安だ。
魔法を使うとこう、体感的に体内の魔素を消費しちゃうのが分かるんだよね。
ここにくる前に翼蛇くんの石化解除してるし
んん? あ、そうか。その手があったか。
我ながら冴えているなー。王様の謁見まで待たなくちゃいけないけど、この方法だったら自然に無理なく水牢に行けるぞ。
よし、後でルーカスにも意見を聞いてみよう。




