ルビーの間 三
「あのう、お取り込み中のところすみませんが、幸い彼もその、落ち着いたみたいなのでこのまま調べてもらっては」
「フリオくん」
ほっとした顔のフリオくん後ろから、紫のローブを纏った白髪の男性が進み出た。
(扉に詰めかけていた魔術師団や衛兵さんたちは、「まぁたルーカス団長のご乱心かぁー、治ったんなら帰りますねー」などと薄情な事を言いながら去っていった)
「シーロと申します。お疲れのところ申し訳ありませんが、少々確認させたいただきたい事項がございます」
白髪に赤い目の壮年の男性だ。紫のローブは王に仕える魔術師だと聞いたことがある。王族かどうかの真贋もこの人が確認するか。
「本物の王女かどうかの真贋確認ね。構わないわ」
「恐れ入ります。それではこちらの魔法陣に立って頂けますでしょうか? 痛みなどはございませんが、人により少々不快感が感じられるかもしれません」
ごく事務的に説明を受ける。表情にも口調にもなんの温度も感じられない。王族の真贋確認なんて日常茶飯という感じ。
「わかりました」
シーロさんが床に広げた、獣の皮のようなものに足を踏み出す。精密な線で複雑な魔術陣がびっちりと書き込まれている。
ちょうど真ん中に立つと、シーロさんが手を翳して魔法陣に魔力を注いだ。淡い光が私の体を取り巻いて魔術式に変わる。小さな魔術陣が次々と周囲に現れては消える。
興味なさげにそれを見ていたフリオ少年とシーロさんは、途中から驚いたように目を見開き始めた。
「まさか! 本物の……!」「しいっ!」
最後に蝶のような形の魔法陣がひらひらと飛んで、私の肩に止まって消えた。魔法陣自体からも光が消える。
どうやらこれで終わりみたいだ。
けっこうあっけなかったな。
ふと前を向くと、フリオくんとシーロさんが跪いて頭を下げるという、この国では最敬礼とされる形をとっていた。
「「王女殿下、ご帰還を心よりお慶び申し上げます!!」」
おお、ちょっと勢いに圧倒されてのけぞってしまう。
「……ええと、ありがとうゴザイマス?」
「改めてご挨拶申し上げます。私は王宮医療魔術師のシーロと申します。王族の方々の診察や治療も承っております」
「数々のごぶれいを、おゆるしください。ぼくは小しょう見習いのフリオともうします。急ぎ王女でんかのお部屋にごあんないできるよう、上に取り次いでまいります」
二人の態度の変わりっぷりにびっくりする。
シーロさんはただ事務的なだけだったから良いとしても、フリオ君は普通に無礼だったし。
本人も当然自覚があり、ものすごく小さくなって恐縮しているのが伝わってくる。
まあ私はぜんぜん気にしてないけど。むしろ気の毒。これまで偽物対応でいろんな思いをしてきただろうし、まさか本物の王女が現れるなんて思ってなかったんだよね。
なのでフリオくんの態度については流すことにする。
「わかりました、宜しくお願いしますね。あ、部屋にはこのルーカスも伴って行きますね」
完全アウェイなので、せめて王宮の事情に通じたルーカスは側にいてもらわないと。なんか心配で目を離せない男だし。
さっきも私が魔法陣に立っている間、じっと自分の左手を見つめるという奇行に走っていたし。
「畏まりました」
「それと、その後私はどうしたら良いのかしら? 王様ーーお祖父様には私のことはお知らせするのでしょう?」
「姫様ご帰還の報せもちろんいたします、が、王は今のところお会いできる状況ではないのです。ですのでしばらくお待ちいただくことになりそうです」
ん? 王様体調でも悪いのかな。まあでも別に会いたくないからいいや。だって私を海に投げ捨てた爺さんだよね? 狂王とか言われているし水牢とか拷問部屋とか怖いんだけど。
ルーカスとその親族を酷い目に合わせたのもその爺さんでしょ。裁判なしで拷問処刑かー、何でそんな狼藉が許されるんだ。いかに王とはいえ。
でもここで会いたくないっていうのも不自然だしなー。しょうがないな。
「お会いできるのを楽しみにしているわ」
「はい」
シーロさん、何だか歯切れが悪いけどなんかあるのかな? ま、なにするかわかんない王様とだから、また王女である私をどうこうするんじゃないかっていう心配かな? なんだろうね。
まあいい、何かされても私は死なないらしいし、魔法で身を守ることもできるかもしれない。練習必須だけど。
それより一番の目的、ママの居場所を聞かなくちゃ。
「それから、私を保護してくれていたシンマス・モレノはどうしているのか、至急知りたいわ」
「シンマス・モレノですか。王女殿下を保護していたと。了解いたしました、急ぎ調べさせます」
ん? さらに歯切れ悪くない? すごく気になるんですけど。
「シーロ殿。少し聞きたいことがある」
首を傾げる私を尻目に、ルーカスは何だか険しい顔でシーロさんを扉の外に連れて行って、何やら小声で話している。
もしやママに何ごとかよくない事が起こっているのだろうか。
フリオくんが運んできたくれた紅茶を飲みながら、焦る気持ちを抑えてしばし待つ。
その後、王女帰還の知らせを受けて、歓喜に咽び泣かんばかりの侍従長さんが現れて、私は離宮の王女の間に案内されるのだった。




