表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/104

ルビーの間 二

 いつの間にか無機質な扉が連なる薄暗い廊下に立っている。

 どこかで嗅いだ匂い、いつか聞いたことがある微かな叫び声。

 ああ、ここは研究所(ラボ)だ。前世で私が産まれ、弄ばれ、潰えた場所。

 

 誰かがすすり泣く声に向かって一歩踏み出したが、大きくよろけてしまった。ガシャガシャと不器用な音を響かせて体を立て直す。

 そうだった。

 外骨格を操作しないとうまく動けないのだ。なぜ忘れていたんだろう? いつだって私の歩みは滑らかな動きとは程遠かったのに。


 廊下を進むうちに血の匂いが漂ってきた。叫び声やすすり泣きも少し大きくなる。

 扉の中で何が行われているかは想像に難くない。治療と称する実験だろう。

 今夜実験台になっているのは私ではなく、他の子どもたちだ。もしかして私と血を分けたきょうだいたちかもしれない。あるいは私と全く同じ塩基配列を持ったもう一人の私かも。

 扉を開ける。でも中には誰もいない。

 あったのは、冷たい手術台の上に散らばった()()だけ。

 ……声の主がいるのはここではないらしい。静かに扉を閉める。


 ああ、いつかこんな夜があったな。研究所に溢れていた子どもたちの気配……一度で良いから仲間に会ってみたくて、夜の病院を探し歩いたことがあったっけ。結局見つけたのはさっきみたいな、仲間の残骸らしきモノだけだったけどね。

 けれど今夜は違うらしい。

 叫び声を頼りに廊下を進んでいくにつれ、血の匂いがより濃厚に漂ってくる。

 ああ……嫌だなぁ。行きたくないかもしれない。だって……、きっとこの先には目を覆うような惨劇が繰り広げられている。何故だかそう思うのだ。

 けれど足を止めるわけに行かなかった。

 だってさっきから聞こえてくる絶叫は、知っている子どもの声なのだ。『やめて』『たすけて』という叫び声に向けて、私は懸命に外骨格を操作して走る。

 『田舎者』と罵る声が一瞬頭をよぎって、なぜかイラついたけど。

 この研究所で他の子どもに会ったことなどない。

 それなのに、なぜ私はその子のことを知っていると思うのだろう?


 啜り泣きを頼りに無機質な扉の前まで進む。義手で冷たい取手を掴んで、重たい扉を渾身の力で開ける。

 そして現れた光景は……赤黒くて血生臭くて、悲鳴と痛みと悲しみと絶望に満ちた……。


 ああ……思ったよりずっと酷かった。


 ()()()()()簡単に癒せるわけがない。

 ()()()()()を抱えてよく生きてきたと言う他はない。

 狂気に陥るのも当たり前。

 何の咎もなかった少年が地獄の釜に投げ入れられて、声にならぬ絶叫を上げ続けている。それがあの人間の正体だった。

 私はその燃えるような赤毛の少年に義手を伸ばした。


 本当は、血みどろの体を抱きしめて、絶叫をやめない口に口付けて、絶望と恐怖と悲しみに見開かれた瞳に涙を注ぎたかった。


 でもいくら義手を伸ばしても、少年に届かない。

 力いっぱい走っても、その姿は陽炎のように遠ざかっていく。


 「ルーカス! ルーカス!」


 私は人工声帯を震わせて、知らないはずの少年の名を精一杯叫んだ。少年の絶叫に負けないくらい叫びまくって、泣きながら走って、ちぎれそうなほど義手を伸ばした。

 そうしてようやく、少年の左手の先を握ることができた。

 でもそれだけだった。

 少年は私に手を握られていることになど気付かず、その身に与えらる激痛と、目の前で繰り広げられる家族への拷問に泣き叫びつづけるのだった。


 ……ああ、何もできない。私は自分の無力さに歯噛みした。


 私の父親だという人魚と、母親だと言う王女の浮ついた恋の代償がこれ……? 

 罪深い……罪深いより他に言い表しようがない。

 こんなの、赦されるわけがない。

 ……。


※※※※


「ヴィオレッタ殿下! 起きてください。何だか衛兵とか魔術師がどやどやときましたよ! 真贋確認ですかね? 何でこんな大事な時に昼寝なんかしてるんですか!?」


 はっとして目を開ける。ルーカスの顔が迫っていてビクッと体が震える。


「ルーカス!? ……ええと、あんた大丈夫だったの?」


 ずいぶん長い時が経った気がするけれど、それほどでもないのかな?


「何がですか? 全くちょっと気を抜いたら、殿下が隣で眠りこけているじゃないですか。私の服に涎までつけて……。全くこれだから田舎」


「ルーカス! よかったぁ!」


 すっかり正気に戻った様子のルーカスに思わず抱きつく。もうあっちの世界に逝っちゃって戻って来れないのかと思った。

 あんな内面世界を知ってしまったら、今まで腐った性格の下僕扱いしていたのが申し訳なさすぎる。


「あんた偉いよぉ、よくこっちに戻ってきたねぇ」


 涙ながらにそういうと、下僕は無礼にも私の腕を振り払った。


「なななっ、なに抱きついているんですか! 寝ぼけているとはいえ慣れ慣れしいっ。田舎臭さが移るじゃないですか!」


「うんうん、完全に戻ってきたねぇ」


 嫌がるルーカスの頭を無理やりに撫でていると、遠慮がちに声がかけられた。


「あのう、お取り込み中のところすみませんが、幸い彼もその、落ち着いたみたいなのでこのまま調べてもらっては」


「フリオくん」

悪役令嬢ものなのに、攻略対象がまだ一人しか出てきていません・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ