ルビーの間 一
王宮の正門――波のような意匠を曲線で表した優美な門――をくぐって本殿へ向かう。
海から引かれている水路の両脇は、神話をモチーフにした数々の彫刻で飾られている。
噴水広場の翼蛇とは違って、ここの彫像たちはただの飾りだ。立派だけどあの精巧さはない。
勇者御一行――古の勇者らしき美しい若者、ともに旅した聖女らしき美少女、プレートアーマー姿の騎士、ローブを風に閃かせて杖を構えた魔術師――は、特に目立つ場所に飾られている。
討伐されたという数多の魔物たちの彫刻もあるけれど……うーん、私としては魔物たちがものすごく醜くデフオルメされているのが目についちゃう。
アーケロンやクラーケンは見たことがないけれど、海馬の彫刻についてはツッコミたくなるくらい酷いよ……。まるで腐ったトカゲだ。海馬はペガサスに劣らず美しい生き物なんだぞー!
友人のヒッポの名誉のために憤っているうちに、本殿の入り口についてしまった。
扉の両脇の衛兵はチラリとフリオくんに目配せして、略式だけど礼をしてくれた。目が『また胡散臭いのがきたわー』と言っている気がするけど。
宮殿の中は目が眩むほど豪華絢爛! さすが世界一富裕な王国……壁も天井もびっしりと隙なく装飾されていて圧が凄い。とは言っても統一感があってごちゃごちゃした感じはないな。でもねー灯台島で自然に囲まれて育った私にはちょっとキツイ。天井見上げているだけで鼻血が出そう。
ああ、家の簡素な木目天井が恋しい……。
「ルビーの間は右翼にあるので、もう少し歩きますね」
「わかりました」
比較的装飾がシンプル目な右の回廊を進む。
右翼っていうと水牢がある灰色の塔の方だよね。
「偽物だと分かったらすぐにでも水牢にぶち込めるように近くの部屋にしたのかな」
ルーカスに小声で聞いてみる。
「水牢の使用権は王にしかありませんよ。あそこに入れられるのは王の怒りをかった者だけです。その他の罪人は一応裁判がありますし、処刑場も別にあるんですよ」
「はあ、そうなんだ。王専用の水牢ってなんかやだね」
「しぃっ、宮殿内なんですから、口を慎んだらどうです?」
ひそひそやっていると、フリオがくるりと振り返った。
「こちらがルビーの間です」
そういって重厚な木製の扉を押し開ける。
沈んだ赤で統一された陰気な部屋だった。窓はあるものの、城壁が迫っているせいか薄暗い感じがする。
部屋に足を踏み入れた瞬間、ゾワっと鳥肌が立った。ほんとうに微かだけど禍々しい気配を感じるというか。
「え……霊がいそう」
思わず小声で呟くと、ルーカスが鼻で笑った。ムカつく。
「そりゃあいるでしょうよ。それもたっぷりと! ここはかつては拷問部屋だったところですからね。あなたのお父上もここで」
「まじゅつしだんちょう、いやルーカスどの。そんなくだらない作り話を信じているのですか? しかもこのお方の前でそんなことを言うなんて、本当に心がくさっていますね」
「は! 当時お前は生まれたての赤子だろう? 私はこの目で見たことを言っているんだ」
心がくさっていることは否定しないのね。ルーカス。
「そんな話は聞いたことがありません。たしかにきひんしつの中での格は低いですけど、昔から客人に使われていたと聞いています」
「そうだな、確かに特別なお客様に使われていたよ。王の怒りをかったものはここで丁寧なオモテナシにあい命を落とすか、息も絶え絶えで水牢に投げ込まれたのさ。私はこの目でそれを見てきたのだ。なぜならば私の一門への拷問と私の去勢もここで行われたからだ! はははっ!」
ちょっ、最後の……そんな情報知らされても困るっていうか。ルーカスのテンションに狂気を感じる。えーと、この部屋に入ったことでトラウマが刺激されたとか?
「ル、ルーカス? とりあえず座って……一緒にお茶でも飲まない? ほら侍女さんが今お茶を淹れてくれているし?」
「ふふふ、ふふふ、私は当時たったの八歳……あの時そこの窓際の台に押さえつけられて、両親と兄はあっちで」「ルーカス、口を閉じて座りなさい」
仕方がないので命令する。悲惨な事情があるとはいえこの男、精神不安定にも程があるよ。よくこんなんで団長務まっていたなー。どんだけ人材不足なんだよ王宮は。
命令の強制力で、ギシギシとぎこちなく長椅子に座った下僕の目を覗き込む。
「…………」
わー、これ逝っちゃってるわぁ。目が血走っていて、最初に灯台島の洞窟で会ったときより酷い。
フリオくんも完全に「うわー」って引いて、『えいへいと……それだけじゃダメかも。まじゅつしも呼んで来ますっ』と部屋を走り出て行った。
私の命令に強制力があるって知らないもんね。ルーカスの顔は狂気を孕んでいるどころじゃなくて、一触即発の劇物そのものという感じで……危険極まりない状態だ。「口を閉じて座れ」という命令による拘束がなければ、今にも大魔術でもぶっぱなして王宮を破壊しかねない様子だ。
紅茶を淹れてくれていた侍女さんも、『ひっ』と声をあげて逃げていってしまった。あ……あの焼き菓子食べたかったのにカゴごと抱えて行っちゃった。
ええと、私がパニックを起こしたとき、エル・クエロは鎮静作用がある魔法をかけてくれたよね。あれと同じことができないかな。口付けはやだけど。
白目を向いてブルブル震えているルーカスの眉間に人差し指を当てて、魔力の流れに集中する。
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