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マダム・シビラ 一

本日二話目の投稿です。ご注意下さい。

 最高の衣装を手に入れるためにやってきたのは、王都にあるとある家。緑のドアにライオンのドアノッカーが付いている。

 ゲームではこのライオンに指を食べさせると鍵が開くんだよね。それをルーカスに教えたところ、こんな反応が返ってきた。


「はぁ!? なんて物騒なドアだ! 私は嫌ですよ!」


「えー? 指くらいなら私の血でも舐めればすぐに治るでしょ?」


「ご主人様の血を舐めるとか二度とゴメンです。吐き気がしますね! お断りします。命令しないでくださいよ?」


 私が命令すれば断れないからねー下僕は。だからって予防線張るなし。

 しかし私の血をしこたま飲んで再生したんだから、今更だと思うんだけど。ま、あの時は意識なかったか。

 でも言われてみると、起きている状態でこいつに血を舐めさせるとかキモいかも。指とかをこいつにペロペロさせるわけだよね。わー無理。


 んんん……、痛いのはやだけどしょうがないかぁ。

 ヒロインは攻略対象からもらったミイラの指(お守り)を喰わせて、扉を開けたんだけどねー。

 エル・クエロから死体の指でも貰ってくれば良かったんだけど、これ以上借りは作りたくなかったからなぁ。

 仕方ない。


 前世で臓器や四肢の交換を頻回にやっていたせいか、正直あまり抵抗はないのだ。痛いのは嫌だし、新品のオーガニックな体が傷つくのは忍びないけれど……って一度燃えて再生したっけ。まあいいや。


 私は意を決して左手の小指の先をライオンの口元にあてがった。


 ゴキッ、ゴキュンッ、ガリガリゴリゴリ。


「いったあ!!」


 ちょっ、小指の根元まで持ってこうとしたぞ、このライオン! ノッカーのくせに思ったより貪欲な喰いっぷりだ。


「ひっ、よく平気な顔をしていますね。さすがご主人様、化け物の血を引いているだけある」


 いや痛いよ? てかいちいちディスんなよ。

 血がボタボタボタって地面に垂れてるし、うわーどうしよコレ。ほっとけば再生すんのかな。

 あーもう血が止まってきたかも。でも小指が再生する気配はないなぁ。時間がかかるんだろうか。


「――ッつう! ああもう! やっぱり下僕にやらせれば良かった。次からこういうのはアンタね。じゃあ入るよー」


「嫌です! 命令しないでくださいね!」


「だが断る!」


 扉の中はシンとしていて、薄暗かった。長いこと人が住んでいない家らしく、埃が溜まっている。

 ここにいるのは伝説のデザイナー兼仕立て屋のマダム・シビラを象った人形だ。

 十年前にフェリペ王の不興を買い水牢に入れられた彼女は、収監される直前、自分の持てる技術や知識や才能の全てを人形に託し、この家に隠したのだという。

『まだまだ私はドレスを作り足りないの。まだ見ぬ私の美しいドレス……それを纏うのに相応しい人物が現れたとき、私は私の全てをかけて最高のドレスを作るでしょう。私はそれを夢見ながら死ぬわ……』

 

 ヒロインのセシリアは今から六年後に偶然この家の前を通りかかり、二階のガラスが奇妙に反射するのを見るのだ。興味を抱いてドアを開けて(ライオンにミイラの指を喰われてびっくりしながらだけど)、そこでマダム・シビラの人形を見つける。セシリアの美貌に反応した人形は覚醒して、最高のドレスを作る。

 そしてそのドレスを身についてダンスパーティーに参加したセシリアは、攻略対象と恋に落ちる……


 って言うのがゲームの筋書きなんだけどね。

 そこでだ。

 私もセシリアに負けないくらい、というかむしろぶっちぎりで美しい容姿を持っていると思うの。

 だからきっとお人形ちゃんは、私にもドレスを作ってくれるはず。そう見込んでここまできたんだけど……。今になってちょっと不安になってきたかも。

 だって私ってお腹空くと魚龍になるし……。はっ! 今のうちに飴を一粒舐めておこう。ぺろぺろ。

 なんかその辺見抜かれたらどうしよう。ドレス作って貰えなかったらこの格好で王宮に行くのかな。ローブは決して質は悪くないんだけど、異国の装いだし、裸足だしなぁ。……エル・クエロから念の為真珠貰ってくれば良かったかも。そしたら、二番街とかで貴族御用達の服飾店とかに行けたんだし……。


「ええい! 考えてもムダっ。自分の美貌を信じるのよ!」


「?」


 私は二階に続く階段を勢いよく駆け上がる。デザイナーの隠れ家らしく至る所に散らばるデッサン、蔓草のように垂れ下がるレース飾りやリボン、壁を埋め尽くす生地のサンプル。色の洪水に目眩がしそうだ。

 階段を登りきると広々とした板敷の間になっていた。壁に大きな鏡が立てかけられていて、部屋の隅っこにある古ぼけた椅子の上に、簡素なドレスを纏った人形がだらんと座っている。


「あなたがマダム・シビラ?」


 私は人形に近づきながら声をかけた。ローブのフードをふわりと外して、黒髪を肩の後ろに払う。

 床の上の雑多な物を踏まないように避けながら歩く。改めて見ると我ながら綺麗な足だ。長くほっそりとした足趾を桜貝のような爪が彩っている。美は細部に宿るというけれど、ヴィオレッタの肢体は正にそうだと思う。

 だからきっと大丈夫。


 私は項垂れているマダム・シビラの人形を覗き込んで、息を呑んだ。

 控えめだが整った容貌の彼女は、まるで生身の女性そのものだったからだ。

 しかし生きている気配はなく、かといって死体でもないのだった。

 なぜなら瞼を閉じた顔は無機質につるりとして、生きることが刻んでいった何ものも残されてはいなかったから。

 やはり人形と言う他はない。ただし名工の手による極上の。


 キリキリキリ……


 人形の瞼がゆっくりと上がった。


 

お読みいただきありがとうございます。

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