まぼろし市場
今回は短めです。
エル・クエロとウアピに別れを告げて、王都に向かうことにした。
少年人魚の書いてくれた地図の通りに進む。
やっぱりミイラ小屋の近所が一番雰囲気が怪しいというか、怖い。
あの怪物の生首、シートに並べてあるけど売り物なんだろうか? 薄暗い路地に座り込んでいる痩せこけた影たちが、ずっとこっちを見ている気がする……。
「ねえ下僕、あれなんだと思う? あのうずくまってる人たちとか、生首とか」
「さあ、そんなものこの私が知るわけもないでしょう。ところでその呼び方はやめろ下さいご主人様」
「顔が固まっているよ。本当は怖いんでしょう? ちゃんと見てよ」
私の命令に逆らえないルーカスの顔が、ギギギと影たちの方を向く。
「ぐぬぬ……。見たくもないものを無理矢理見せるとは横暴な。さすが下賤な血」
下僕と喋っているうちに薄暗い場末の雰囲気は徐々に薄れていき、色とりどりのランプに照らされた賑やかな市場が見えてきた。
「わぁ、肉まんが売ってるー! 来る時には気がつかなかったけどいい匂い! あ、あっちは拉麺? うひゃあ食べたい!」
前世で憧れだった食べ物に思わずはしゃいでしまう。食事は完全管理されていて流動食のみだったからなぁ。学校の帰りに食べ物屋さんの前をとって、匂いで味を想像していたっけ……。
この体にとって大切なのは白い粉――に含まれる魔素だけど、普通の食事も摂れるし美味しさも感じる。
半分ヒトだからってわけじゃなくて、人魚たちもそうみたいだ。
ああ、この世界に中華料理があるなんて! ママの料理は最高だけどいわゆる西洋風だから、拉麺や肉まんはもちろん出てこなかったし!
「中華食べたい! あ、でも和食も食べたい! 市場を探せば和食のお店もあるかなー」
興奮している私を、下僕が冷めた目でせせら笑う。
「下賤なご主人様にぴったりの下品な食べ物ですな。好きに貪り食ったらいかがです? そして無銭飲食であの影どもに捕まってしまえばいい」
「え? 買って食べることもできるんだ。じゃあ今度お金もって来よう!」
「物狂いはよくここに迷いこむらしいですからな。ご主人様だったら簡単に来られるでしょうよ」
「あ、それスラムの人たちにも言われたわ。そういう意味だったのか。ムカつくわー」
「それはそうとご主人様、もうすぐ出口ですよ。その顔を晒して歩く気ですか? 王宮に着くまでは騒ぎになりたくないんですがね」
本当だ。ランプで彩られた夜市の端に白い輝きが見える。あれが出口かあー、どこに繋がっているんだろう。
王都に出るなら、ルーカスの言う通り王家特有の黒髪と紫の目は隠すべきだろう。
「どっかにタコ壺落っこちてない?」
「はぁ? 何が悲しくてタコ壺被った変人と歩かなきゃいけないんですか? ローブの余ったところでも巻き付ければいいんですよ」
ほら、と言ってルーカスは緩く垂れていた背中の布をすっぽりと被った。
なるほどー。これなら顔もほとんど見えないや。ルーカスも王族殺しとして探されているかもしれないから安心だね。
私もローブを深く被って、白い光の中に足を踏み出す。ここがまぼろし市場の出口だ。
ちなみに、エル・クエロたち人魚は、まぼろし市場から王都への出口には入れないそうだ。出口にも聖結界が張ってあるから、触れると「存在が解けてしまう」んだって。私も人魚の血は引いているけれど、無事に行き来ができるんだよね。『白夜』は魂が宿ってれば効かないんだっけ。
私の場合、【隔魂術】で魂は別の場所にあるんだけど問題ないみたいだな。
理屈がよく分からん。またエル・クエロにきいてみないと。
しばらくは眩しくて目が開けられなかった。
海に面した都らしく潮の香りがする。それから人々の話し声やゆっくりと進む馬車の音、街路樹の葉が擦れ合う音……。
裸足の足の裏に感じるのは冷たくざらついた石畳だ。
「ご主人様、ここはどうやら平民が住む五番街のようですよ」
お読みいただきありがとうございました。




