出発
エル・クエロによれば、人魚たちが使える魔法は、血の再生・支配や召喚の他は、基本的には初歩の攻撃魔法や生活魔法など十数種類だけなのだそうだ。
稀にテレパシーやエル・クエロが使ったような沈静などの精神系の魔法が使える者もいる。
でも、私が使った魔法(水槍、過去に入り込む)はかなり特殊なのだそうだ。
「君がさっきやったような、誰かの過去に入り込むなんていう魔法は聞いたこともないよ。魔法と言って良いのかさえも分からない。……でも思い出したよ。滅多に産まれないけれど、亜人とヒトとの間の子は特殊な能力が使えるって。ずっと昔に君みたいな荒唐無稽な力を持っていた者がいたって聞いたことがある。龍人とヒトとの間に生きて産まれて生き延びた奇跡の子。ちょうど君みたいにね」
「ギュリギュリ(ただいま)」
「あれ? ウアピ、今日は早いね。そうそう、ウアピは龍人と人との間の子どもに会ったことがあるんだよね」
「ギュリギュリ(ええ、会ったことがある)」
「その龍人は普通じゃない魔法が使えたんだろう?」
「ギュリギュリ(そう。おかしな魔法を使っていた。確か前世に【魂】に刻まれた体験が魔法として発現するのだと言っていた)」
前世という言葉にドキッとする。私にも前世の記憶があるよね……。
てゆうか、私いつの間にかウアピの言葉が分かるようになってる。これって彼女の過去に入り込んだからかな。
そして言葉がわからない筈のエル・クエロ。なぜウアピと会話が成り立っているのか本当に不思議だ。
「ふぅん、前世の体験が魂にねぇ? ねえヴィオレッタ、もしかして君にも前世の記憶があるのかい?」
「ええ……まあ。最近思い出したんですけど」
前世の体験か。そういえば魔法を使う時は前世の実験の事を思いだしていた気がする。
となると、ホムンクルスとして受けた残酷な実験の数々が、私の【魂】に刻まれていて、特殊な魔法として役に立ってくれるかもってこと?
それが本当ならちょっとは報われるかもしれない。ちょっとは。
「ちなみに僕たち亜人や魔物には【魂】はないんだ。その容れ物の神精領域はあるんだけどね」
「そうなんですか。【魂】がない?」
「うん。もちろん心はあるよ。精神と【魂】はまた別だからね」
はあ。よく分からない。そもそも【魂】とはなんぞや?
頭を抱える私にエル・クエロは微笑んだ。
「【魂】は何処か分からない遥か遠くからやってきて生き物に宿り、また彼方へ去っていくものさ。なんのために有るんだろうね……尽きせぬ謎さ。【魂】の宿らぬ僕ら魔の者は、この星の魔素を循環させるために存在しているのだと思うけれど、【魂】もそんな役割があるのかもしれないな」
はあ……ますます分からん。
ちなみに『白夜』は【魂】の宿らない生き物を滅してしまうのだそうだ。メガラニア文明で魔物を生捕にする時に考えられた罠を応用した魔法らしい。
キルケーが勇者の神精領域にこの魔法を刻み、代々の王族に受け継がれたということだ。そしてなぜか、『白夜』とセットになっているのが黒髪紫眼という特徴らしい。
つまり黒髪紫眼=王族=『白夜』が使える、と言うことだね。
黒髪紫眼ってそんなに珍しい特徴かな。普通に市井にも生まれるんじゃない?と思ったんだけど、この世界ではアストリアス王家だけの色彩なのだそうだ。
もっと沢山聞きたいことがあったのだけど、少しでも早くママの無事を確認したかった私は、彼らに別れをつげ下僕と共に王宮を目指すことにした。
少年人魚は小さな袋いっぱいの飴をくれた。例のあの粉でできた飴だ。
一日数個舐めれば魚龍化は防げるそうだが、数えてみると一週間分ほどしかない。
つまり一週間以内には彼を召喚しなければ詰むということだ。
ちなみにこの飴はヒトにあげてはいけないそう。『僕ら人魚には美味しい風味だけど、ヒトが食べたら死んでしまうハーブが使ってあるんだ』だそうだ。
まあヒトにあげるつもりはないけどね。私にとっては貴重な食べ物だし、だいたい原料は……でしょ? ヒトにお裾分けとか悪趣味じゃん。
「ヴィオレッタ、ではまたね」
そう言いながら差し出された少年のしなやかな手を、私はちょっと迷ってから握った。
彼らが故郷を追われたことを知って、彼らに同情する気持ちはある。
ママの人造魂の件は許せないけれど、私が生きるのを助けてくれた恩義だって感じてはいる。
それに、私の血の半分は人魚のものだ……けれどそれらをチラつかされて魔の森奪還のために協力しろと言われたら、私は断っていただろう。
人魚たちのことはまだ信じられないし。
前世の記憶がある私は、簡単に誰かのために動くことはできないのだ。
傲慢に聞こえるかもしれないけれど、身を挺して尽くして報われないのは、もう沢山だから。
求められただけで喜び勇んで尻尾を振って、全てを捧げて野良犬のように死んだ。
そんな前世の私を、強く否定する気持ちがある。
でも彼らが私に求めたのは、ただ水牢で人魚を召喚するという簡単な事だけ。
それだけなら叶えても良い。私は傷つかない。
後から振り返ると、このときの私はとんでもない思い違いをしていたのだけどね。
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